前代未聞災害
これは、私が普段通り、本当に普段通り学校で授業を受けていた時のことだった。
何も、変わりはなかった。本当に、なにも変わりないはずだった。
朝のニュースにも、変わったものは一つも無かった。それなのに。
それなのに。
アレは私達に突然襲ってきた。
――――――――――――――――――――――
今は、給食が終わった後の5時限目。
今日も睡魔と闘い、真面目に授業を受けたかしこい私に、もうすぐご褒美の休み時間がやってくる……!
私は、ラストスパート、落ちてきそうな重い瞼を必死に上へ上へと持ち上げた。
そして、ようやくあと三分で授業が終わる……!というときに、放送が入った。
『ウゥー……ウーウーウーウーウー!!』
放送――私、いや私達は、その放送を聞いた瞬間、今までに無い凄まじい恐怖を感じた。何が起こっているのか全くわからなかった。
慌てて先生のほうを見ると、先生も何があったのかが全くわからないようで、吃驚した顔をしてスピーカーを見つめていた。
地面は全く揺れていなかった。地震ではないだろう。火事だとしたら、サイレンの音が違う。避難訓練なら、避難指示など何かは絶対流れているはずだ。しかし、今は先生がじっと見つめても、みんなが必死に耳をすましても、サイレン以外に何も流れてこなかった。
……やっとスピーカーから、サイレン以外の音が、何か聞こえた。
(ガタッ、ガタン、……ゴトッ、ガサッ、ガサガサッ!ガンッ……)
……静かになった?と思ったら、スピーカーの奥のほうから「キャーッ!!」と女性の叫び声が聞こえてきた。そして、その直後に校長の
「速く逃げろ!すぐに……今、すぐにっ……!あ、あぁ……ア゛……ア゛ア゛……ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――!」
という緊急指示が流れた……。
はっと我に返ると、もう皆んなは廊下へ飛び出し、無我夢中に逃げていた。あちらこちらに、とにかく逃げていた。
私も廊下に飛び出すと、そこには信じ難いことが起きていた。
得体の知れないナニカ――白い無底穴のようだ――が濁ったゼリーのような触手を数人の生徒に絡めつけ、穴に引き摺り込んでいた。恐怖に耐えられず、生徒は泣き出していた。そこに居合わせていた先生らが、力ずくに生徒たちを救出しようとしたが……、そのナニカは生徒を取られるどころか、先生諸共引き摺り込んでいってしまった。
静かになったも束の間、そのナニカは不気味なことに、あちこちに発生していた。勿論、何人もの人間をその穴の中に収めて。
もう、皆んなは必死に逃げた。ナニカに捕われないように。
私も、必死に逃げた。この恐怖の事態から脱出するために。だが……
『ズサァァァァっ!』
あまりに慌てすぎて、勢いよく転倒してしまった。こんな、誰一人経験の無い緊急事態だから、転けた私を気にかけてくれる人なんていなかった。
すぐ立ち上がろうとしても、後から押し寄せてくる逃げる人たちの群に巻き込まれて、そう簡単に立てはしなかった。
「ちょっ、ちょっと大丈夫?!ほら早く立って!逃げないと!」
唯一、声を掛け、立ち上がるのを手伝ってくれた人がいた。――親友の、歩華だった。
「……!うん、ありがとう」
手を引っ張られ、ようやく立ち上がると、もう私は全力で逃げて、逃げて、逃げた……。
身を隠す場所も見つからず、さっき走ったところをまた走っていると……
『ドンッ……!ガコンッ……!ガタッ……ガシャンッ!』
……突然、誰かにすぐ横にあった手洗場の個室に閉じ込められた。慌てて出ようとすると、
「ごめん……でも、このままだとアンタもやられちゃう。」
歩華の声がした。
「……いい?この危険が過ぎるまで……何も音が聞こえなくなるまで、絶対に開けちゃダメ。ちゃんと隠れてるんだよ?――アタシと、約束、ね?」
そう言うと、歩華はダッと手洗場の外へ飛び出し、廊下を駆け、そして……この事態の元凶、ナニカの方へ向かった。
元凶――改めてよく見ると、それは、まるで稲妻のような白い光を放った無底穴だった。眩く眼を突き刺す、稲妻のような光。その得体の知れない穴からは、無数の何か――幽霊の腕のような、木の根っこのような……そんな触手が伸びている。
そして……ナニカは問う。
「……もう、この現実世界で残っているのは御前だけか?」
「……そうだけど、なに?」
「ふふっ……何も力を持たない御前なんぞ、すぐに捕らえられよう。」
「……ッ」
「……おや、応答無しか。それにしても、先刻からよく逃げるのう。おまけに、その顔。実に良い。その怒りに満ちた表情からは、大変良いものが作り出せるとみえる。」
「!?……作り、出す……?」
歩華が聞き返した時には、もう触手がすぐ側にまで迫っていた。
「……っ!?あ……あぁー!!」
何本ものその触手で、歩華はがっちりと縛り上げられていた。
そして、歩華はそのまま元凶の――その白き無底穴に引き摺り込まれたのだった……。