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6人の嘘つきな正ヒロイン  作者:
第一章
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第一章 8 パーティ前のちょっとした余興

 夜にパーティを控える大切な日。マンションから出ると、そこには一華が待っていた。

「一緒にいこ?」

 彼女が笑顔を見せると、なんだか僕はとても落ち着いた。昨日の双葉の余韻が薄まるようだ。はっきりいって、一華は双葉に匹敵する美人だ。均整のとれた体つきも、小さな顔も、大きな瞳も。

 彼女はきっと、待っていればたくさんの男が言い寄ってくる。父親も母親も有力者で、黙っていても足場は固められ、受け身でも素晴らしい人生を謳歌できるに違いなかった。それなのに、こうやって僕がマンションから出てくるのを待って一緒に歩く。思わず、彼女の顔をじっと見ていた。

「あたしの顔に、何かついてる?」

 彼女は可愛らしく小首をかしげる。

「いや、一華は美人なのに、一緒にいて落ち着くなと思って。双葉と何が違うのかなって」

「でしょー! あたしは美人だし、したしみもあるの! 完璧な女の子なのだよ」

 不遜だなぁ。でもそこまで開き直られると、もはやそれを指摘する気にもならない。別の誰かとのキスを見せつけ僕を動揺させた双葉と、僕に直接キスをすることを選んだ一華。一華は飾らず、直接的だ。

「ねぇねぇどうだった? 昨日はあたしのことずっと考えちゃった感じ? どうだった?」

「いや……そうはならなかったけど」

「えー! めっちゃムカつく! この場では考えちゃったって言えばいいのに!」

「な、なるほど! そういうものか……」

「ふふ、でも怜のそういう正直なところはいいところかもしれないかぁ」

 少し悩んだように、一華は顎を触っている。

「でももう明日はパーティでしょ? あたしは残してよね」

「はっきり言うなぁ」

 しかし確かに、隠す理由もない気がした。

「まぁ残すよ。一華は」

「ふふふー」

 一華の笑顔は本当に幸せそうで見ているだけで満たされるから、彼女を落とす理由なんて一つもない。


 その日の授業も滞りなく終わり、放課後。

 僕のスマホに着信があった。メッセンジャーアプリではなく、メールだ。それもフリーメールアドレスからで、『話したいことがあります。放課後屋上前の入り口に来てくれますか?』とのことだった。

 なんだこのメールは、と思ってるところで隣の席の苺から話しかけられた。

「怜君、どうかしましたですか?」

「ああ、いや、なんでもないよ」

 なんだか嫌な予感がしたので、僕はスマホを隠す。

「ああーわかりました! 女の子からの連絡でありますね! 今日はパーティだから」

 そうかもしれないような、そうでないかもしれないような。僕が答えに窮していると、苺は続けた。

「……怜君にはわからないかもしれないですが、みんな不安なのです」

 僕にだけ、生殺与奪の権利が与えられており、彼女たちはみなその結果を受け入れるだけ。あまりにも一方的な婚活だ。その不安は理解できる気はするが、わかるよだなんて軽いことは口が裂けても言えない。

「怜君、お願いであります。きっと、苺を落とさないでください。苺はとっても、素敵な女の子なのですから」

 傲岸な言葉と、不安そうな表情。苺は隣の席で、今日まで僕をフォローしてくれた。彼女がいたから、このクラスでも不安がなかったし、学園生活をスムーズに送ることができた。僕は彼女に感謝でいっぱいだ。

「苺、一つ聞きたいことがあるんだけど」

「……なんでしょうか?」

 僕はひとつまみのフェイクを混ぜて、苺に質問をする。

「『ガリガリさん』って知ってる? 栞の飼ってるラットなんだけど。なんでも僕にすごく似ているらしいんだ」

「もちろんですとも! 目がクリクリしていてとっても可愛らしかったので、見ていると怜くんを思い出しますです」

「僕は一重であんまり目がクリクリしているタイプではないと思うんだけど」

「何言ってるんですか、人類まぶたを切り落とせば皆目はクリクリしておりますですよ!」

 今めっちゃ恐ろしいこと言わなかった!?

「……ところで、どうしてそんな質問をするのでしょうか? 何か意味が?」

「いや、ちょっと気になっただけ。ごめんね苺、この後寄るところがあるから、僕はこれで」

 ふわりと、シャンプーの香りが僕に届いた。そして、僕の体は優しく締め付けられた。苺が僕に抱きついていた。

「……私、さよならしたくないであります」

「もちろん、僕もさ」

 彼女がいなければ、僕はこの教室で誰としゃべればいいのだろう。クラスメイトの目は確かに気になる。しかし、どのみちもう噂はたっており、気にするのは最初から意味のないことかもしれない。

 僕は一瞬だけ軽く抱き返した。彼女の立ち位置が、わかる。とても近くで、彼女は僕を見上げる。可憐で愛くるしい女の子だ。

 でも、ずっとそうしているわけにはいかない。

「ごめん、ちょっとこの後寄るところがあるんだ。もう行かなきゃ」

「そ、そうでありますよね。ごめんなさい。苺ももう行きますね!」

 苺は鞄を掴んで急いで教室から出ていった。

 後ろからクラスメイトに声をかけられた。小田だ。

「王沢くん……ロリコンここに極まれりじゃん」

 はぁ? うっさ。


『話したいことがあります。放課後屋上前の入り口に来てくれますか?』

 無視してもよかったのだが、大切なことかもしれないため一応屋上へ向かう。そもそもこの校舎は屋上への扉に鍵がかかっており普段は出ることができない。なので、入り口にこいというのは階段の上がった先の袋小路にこいということだ。とても治安の良い学校のためそこで陰湿ないじめが起こることもなく、あるとすれば愛の告白くらいらしい。もっとも僕の場合は、このゲームに参加する時点で愛の告白をする意味がないので、呼び出すとすれば別の理由だろう。

 と、階段を上がり屋上の入り口が見えた段階で人影は見当たらない。まさか、身をかがめて隠れているのか? そんな子供っぽいことをするものか、などと考えつつ階段を上がると、僕はつるりと何かに足をとられ体のバランスを崩した。

「うわっ!」

 咄嗟に手すりを掴む。なんとかことなきを得たが、階段から落ちたら大怪我を負ったかもしれない。

「……なんだよこれ」

 足元を見ると、そこにはぬるぬるの液体があった。匂いからして、おそらく洗剤だろう。掃除の後にこぼして気がつかなかったのだろうか。

 僕は一息ついて、改めて入り口のところまで上がる。結局そこには誰もおらず、僕は三十分ほど手持ち無沙汰でそこで待っていた。それでも、誰も現れることはなかった。

「……帰ろうかな」

 一体なんなんだろうと思う反面、おそらくここに呼び出した理由はちゃんとあるのだと確信していた。もちろん、洗剤がその理由。

 僕は王沢。王沢豪一郎の後継者候補。

 王沢の側にも、その外側にも、僕がいることで邪魔な人間くらいいくらでも存在する。

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