第三章 5 片側月夜
僕と月夜はテーマパーク内の喫茶店にきていた。
ちなみに月夜は楽しそうにギザギザに刻まれハリネズミの形に成形されたパンケーキを食べている。実に楽しそうだ。
僕は苦いコーヒーで喉を潤しながら、彼に言った。
「そういえば、いなくなるもんな、半年とか一年とか。それって、入れ替わるためだったんだな」
仮面の彼は頷いた。
「さすがは御坊ちゃま、お見それしました」
悪びれることもなくそう言った。
最初の片側月夜が僕の付き人になって、せいぜい一年で彼、あるいは彼女はどこかに消えた。そして半年が経ち、新しい片側月夜がやってきた。
新しい月夜に会ったとき僕は、声変わりしたんだなと思った。成長期の半年が人をどれだけ変えるか僕はわかっていないし、そのうえ彼は常に仮面をつけている。おそらく情報の引き継ぎもきっちり行われたのだろう。
「片側月夜というのは個人名ではございません。いわば役職名なのです。王沢怜、その人をサポートする仕事の通称と言っていい。当然一定期間で変わった方が好ましいでしょう。情が移ると、仕事に支障がございますので」
「女であればなおさらってわけか」
「ご名答!」
頭を抱える。
今現在の月夜に関していえば、確かに昔話をしようとすると知りませんとか忘れましたとかそんな回答ばかりだった。そうなってしまうのは一緒に時間を過ごしていないのだから当然とも言える。
が、引き継ぎはちゃんとしろよ。仕事だろ!
「まぁ最悪それはわかったとしてさ、どうしてわざわざ僕を騙すような真似を? 別に『新しい片側月夜です』って僕のところに来てくれればよかったじゃないか」
「それはセキュリティ上よろしくありませんね。片側月夜が何人もいることを敵に知られた場合、任務を解かれた片側月夜が命を狙われるかもしれません。一人だと誤認させた方が得だし、敵を騙すにはまず味方からです」
にっこり笑いかけられても、僕はただ腹が立つだけだ。そもそも仮面で笑ってるかもよくわからないしな!
「てっきりおまえのことは幼馴染だと思ってたよ。それがまさかまだ会って二ヶ月とは……」
「いえいえ、私は御坊ちゃまの昔からの情報を結構知っていますので」
「引き継ぎ不足なんだよ!」
「まぁまぁ怒らないでくださいよ。それよりどうです? このパンケーキ。テーマパーククオリティで美味しいですよ?」
月夜はフォークでアーンをしてくる。なんだかムカつくが、僕はそれを頬張った。なんだかパサパサする。テーマパーククオリティって低い方かよ。
ただ不思議なもので、甘いものを食べていると少しずつ心は落ち着いていくものだ。
「どうですか。どちらをフィアンセにするか決断できましたでしょうか?」
「……たぶん決まった。それでおそらく、次のパーティのときに完全に決まるよ」
「ほう。なぜです?」
「その前に月夜、一つ聞きたいことがあるんだ」
月夜は首を傾げた。
「王沢を継ぐことって、重要なことだと思うか?」
「……それはもう、重要でしょう。王沢の伴侶選びだって、そのために行われている面が大きいのですから。豪一郎様のお眼鏡に敵うフィアンセを選ぶ必要がございます」
「僕の目的は別に、王沢を継ぐことじゃなかった気がするんだよ」
「ほう? じゃあ一体なんなのですか」
「教えてやらない」
「な!」
月夜は怒ったような表情になる。仮面をしているのに器用なやつだ。
「ちょっとなんですか。気になるじゃないですか!」
「別におまえが気になろうと関係ないね」
「はぁ? 私は御坊ちゃまの付き人ですよ⁉︎ 御坊ちゃまのことでわからないことがあると、セキュリティに支障をきたすじゃないですか!」
そんなことないだろ。
「まぁいいからいいから。ほら、これ食べなよ」
僕はフォークに突き刺したパンケーキを月夜の口に押し込んだ。
「むふう」
彼はむしゃむしゃと咀嚼し、それを飲み込む。
「相変わらずテーマパーククオリティですねぇ。いやそれよりむほう」
再び彼の口にパンケーキをつっこむ。
「さて、じゃあもう場所を移そうか。きっと一華と夢羽もギスギスしていることだろうしな」




