第二章 8 王沢の都合
「わたくしのお父様は政治家ですから、スキャンダルは許されません。城悠さんは言ったのです。『お父様と関係がある。女子高生と関係があることがバレたら職を失う』って。
「もしバラされたくなければ、いう通りにしろって言われました」
嫉妬とは恐ろしい。
正直、僕には理解できない。
きっと双葉は、このゲームにも一華に勝つためだけに参加したのだ。そして旗色が悪くなったら一華に勝ちそうな少女に目をつけ、彼女が優位になるように仕向けた。
それは自分の評判を落とすことさえ厭わないほどに。
「冷静に考えれば、嘘だと思うんです。だってそれが本当だったら、双葉ちゃんの方がダメージ大きいと思いますから」
「騙されてたら、許せない?」
僕が尋ねると、首を振った。
「わたくし、双葉ちゃんの友達になりたいなって思うんです。だってそんなことをするにしても、そんな嘘をつくにしても、きっとすごく寂しかったんだなって思うから」
ケレン味のない表情で彼女は言った。それはあまりにも爽やかな表情で、僕は彼女がここで去るのが本当に惜しい気がした。彼女はキンセンカを両手で握って言った。
「怜様。わたくしはこれから、もっと素敵な女性になります。これからわたくしが欲しくなっても、知りませんからね!」
早速欲しくなったなぁ、なんて思いながら、僕はいなくなる彼女を見送ったのだった。
女の子たちがいなくなり、僕は部屋の片付けを開始した。
なんだか心が落ち着かない。それは栞がいなくなるのが寂しいのもそうだが、本当の理由はそこではない。
「あと二人ですねぇ」
ソファーで寝転ぶ月夜が言った。いや、片付けを手伝えよ。
「それにしても、栞様の変わりようはすごかったですねぇ。あんなに変わると、ご両親もどうしてこんなに変わったのかなと不思議に思うかもしれません」
「そんなことはないだろ。栞は自分で学内のアルバイトを探したり、本来はアクティブで、自分で決断できる子だと思うよ」
「そうやって正当化してるんですね」
どうしてそんな風に、月夜は笑えるのだろう。
「……なんだって?」
「人の人格を変えてしまうことを、『もともと持っていた性格を引き出しただけだ』って言って。そりゃ、人間は多面的な生き物ですから、何を、どう変えたところで、その理屈は通用するかもしれません。でもね、御坊ちゃま。御坊ちゃまは一人の栞様を殺し、新しい栞様を生み出したのですよ」
心臓が、バクバクした。そんなことはわかっている。でも、必要だった。彼女があれほどまでに自分を卑下する必要は到底なく、そのせいで人に利用されるようになってしまうのであれば救うまでだ。
「なにが悪い」
「なにも悪くないのですよ。素晴らしいです御坊ちゃま。御坊ちゃまは王沢なのですから、王沢の都合で人なんて変えてしまえばいいのですよ」
頭に血が昇る。しかし、月夜の言っていることはもっともだ。僕はたった今、他人を変えた。しかもそれは、決して人から非難されるような人ではない、善良で素晴らしい少女だった。それを僕の恣意的な思いで、変えたのだ。
そして、それは王沢にとって覚悟しなければならないことだ。
力がある。それは誰かを救う可能性がある。
であるのであれば。それを使わないことは、きっと悪なのである。




