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6人の嘘つきな正ヒロイン  作者:
第二章
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第二章 5 宮仕邸

 そして放課後、いよいよ夢羽のうちへやってきた。

 ……こう言ってはなんだが、夢羽のうちはとても普通だった。都会の一軒家ではあるが駅からだいぶ離れた不便なところで、築年数も古い。庭のない、狭い敷地の建物は前の二人の家と比べるとまるで身分が違うとさえ感じる。

 僕と月夜はリビングへあげられる。敷かれているのは畳に座布団。テーブルは折りたたみ式。僕の実家もそんな感じなので、正直とても落ち着いた。

 夢羽の両親はとても緊張しているようだった。

 娘の卒業式にでも参加するのかといういでたちで、僕と月夜が座るテーブルを挟んで正座して座っていた。僕もつられて、正座すると。

「いえいえいえ足をお崩しください、王沢様!」

 と、妙な恐縮され具合だった。

「では、お言葉に甘えて」

「いや甘えないでください御坊ちゃま。なぜいの一番に足を崩せるのですか!」

「え、そうなの⁉︎」

 罠的なやつ? 僕は慌てて足を戻したのだが、夢羽のご両親は滅相もないと両手をふりふり。いや、そんなに恐縮しなくても……。

「こんな狭いところでびっくりしたのではないでしょうか。まさか娘が王沢様を連れてくるとは思いませんで」

 やや禿げた額にハンカチを当てながらお父さんが言う。

「僕の実家の方が全然狭いですよ。母子家庭なので。母親は本妻じゃないので、王沢豪一郎には僕も会ったことないくらいですから」

「……いえいえ、それでも王沢様の血を継いだご子息なのでしょう。それが我が家に上がるだなんて!」

 場所は落ち着くものの、そこまで緊張されると居心地悪いなぁ。

「お、お父さん! 大丈夫だよ、お、王沢くんは優しいから!」

 僕、優しかったっけ?

「ほら、ケーキを作っておいたので、食べてください」

 そう言って、夢羽はチョコレートケーキをテーブルに並べ始めた。マフィンみたいな形のやつに白い粉砂糖がかかっていて、隣にバニラアイスが添えられている。フォークを入れるととろりとしたチョコレートが流れ出し、それはアイスを侵食して溶けあった。なんと美味しそうなフォンダンショコラ。

 ひと掬いして口に運ぶ。

「う、うめぇ!」

 僕の手は自動的にそれを掬っては口に運び、フォンダンショコラはあっという間になくなっていた。

「いや、相変わらずすごいな、何を作っても夢羽は美味しくて」

「たくさん練習したものね」

「ふ、ふふふ」

 お母さんがいうと、何やら夢羽は我慢するように笑っていた。

「もともと料理好きだった、とかじゃないんですか?」

「いいえ? 彼女はぜんぜん料理なんてしなかったんですけど、練習したんですよ。中学生になる前に」

 小学生のころからやっていたのなら昔から好きだった、でいいんじゃないの?

「なんでも、同級生に料理を馬鹿にされたのが悔しかったんですって」

「そうなんですね」

「でもこの子、とっても物覚えがいいし、手先も器用だからすぐに私より上手くなっちゃったんですよ」

 褒められると、夢羽はとても小さくなった。

 正座して猫背で、自分を目立たなくするみたいに縮こまっていく。

「この間、体育の授業のサッカーもすごかったな」最初のパーティで、月夜が彼女を文武両道と言っていたからおそらく勉強もできるんだろう。「夢羽さんはなんでもできるんですね」

「そうみたいで」

 そうみたい?

「本当に、すごい子なんです」

 お父さんが力をこめて言う。

「王沢様のフィアンセ候補の他のお嬢様もきっと素敵な子なんでしょうが、絶対に夢羽が一番ですよ。こんなに素晴らしい子は、他にいません」

 お父さんが力をこめるほど、どんどん夢羽は小さくなっていく。

 彼女はもちろんすごい。だとすれば、ご両親としてこんな婚活パーティをやるような人間に娘を差し出すことに抵抗があるのではないか。

「逆に聞きたいんですが、そんな素敵な娘さんを僕なんかに差し出せますか?」

 大切な娘であればあるほど、普通の幸せを手にして欲しいとか思うんじゃないだろうか。確かに僕は王沢の後継者候補ではある。それは価値の一つであると同時に、大きなリスクでもある。安心できることばかりなはずがないのだ。

 しかし、ご両親はブレなかった。先に喋り出したのはお母さんだ。

「差し出すだなんてとんでもない。夢羽が決めることですから」

「夢羽が絶対に参加するんだって、言ってきたんですよ」

 夢羽は下を向いて赤くなっていた。僕は、なんだかすごく不安になった。

「…………なんで?」

 いったい夢羽は、僕に何を求めているのだろう。僕は確かに王沢だ。そして、それ以外に持っているものは特にない。その上僕は、王沢を継げるかどうかもわからない。彼女は何も知らない僕に何を期待しているのか。

 なぜ君は、そこで下を向いてテレつつも幸せそうな表情を浮かべているのだろうか。

「僕はいったい、君に何をさしだせばいいの?」

 思わず口をついた言葉だった。

 それに対して夢羽は寂しそうな表情をした。

 そして「ヒッヒッヒ」と例の嗚咽をあげ始める。いや、やめてよ! なんでご両親の前で僕が泣かせたみたいな形に!

「ああ、夢羽ちゃん。大丈夫だから」

 お母さんが宥めるが、なかなか夢羽は落ち着かない。

 ダメだ、本当に彼女が理解できない!

「いや〜、御坊ちゃまは本当に女性を泣かせることにかけては天下一品ですね!」

 いや月夜は急に何を言い出しているのかな?

 なんともまぁ、上手くいかないものだ。その後夢羽は自室に戻ってしまい、僕とご両親はギクシャクしたままやりとりを終えた。

 僕はどうして自分が夢羽に好かれているのかわからない。昔会ったことでもあったか?

 しかし、あんな女の子を僕は知らない。

 彼女は一体、僕をなんだと思っているのだろう。


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