第二章 3 大喜仰邸
翌日の放課後は一華のお家へ。
双葉のようにリムジン登園はしていないようで、僕たちは電車で一華の家に向かった。
「一番初めに一番緊張するとこ終わったんじゃない? 怜的には」
「いや、そんなことは」
城悠凛子は、フィアンセ候補の両親の中ではダントツで有名人だろう。知っているから緊張する面と、まったく知らないから緊張する面がある。
「一華のご両親は両方社長なんだろ? 十分緊張するよ」
「えー? でもあたしん家は気さくだからね。ぜんぜん平気だと思うよ〜? てゆーかちょっと凛子さんって怖くない。ここだけの話、あたしあんまり好かれてない気がしてて」
「昔からの知り合いなの?」
「うん。小中高って同じだし。あとあたし一時期子役の事務所にいてね、そこでも一緒だった」
「一華も芸能人だったんだな」
「ううん。一瞬入って一回だけドラマのオーディション受けてやめちゃった。だからなんもやってないよ」
「そうなんだ」
「その事務所入ったのもママの知り合いに勧められたからだし、別にやりたいことじゃなかったしね」
一華であればそうやってスカウトみたいなことがあっても不思議じゃない。これだけの美形は芸能人でもそうはいないだろうし。
「オーディション落ちたの?」
「ええと、まぁ、そんなとこ!」
明るく言うが、なんだか引っかかる言い方だ。そういえば、昨日凛子さんが双葉に対し『また持っていかれちゃうかもね〜』と言っていたことを思い出す。ひょっとすると、そのオーディションは受かったが、双葉のために辞退したのかもしれないな、なんて想像してしまう。
一華の家はオフィス街近くのタワーマンションだった。
当然高級で、エントランスのカーペットの毛足でさえものすごく長くふかふかだった。そして驚いたのが、大喜仰家は最上階をまるまる所有しており、そこに行くまでのエレベーターにはボタンが一つしかなかった。つまりビルに、大喜仰家専用エレベーターがあるのだ。
僕も最近は一人暮らしで高級マンションに慣れたつもりではいたが、上には上があるものだと思った。
「お待ちしていましたよ、王沢怜くん」
襟付きだがポロシャツのラフな格好をした一華のお父さんと、上品なワンピースをきたお母さんに出迎えられる。二人とも社長だし、やり手なんだろうが一見そう言うふうには見えず、有り体に言えばとても普通だ。
リビングに通される。もちろん部屋も広いし、いい設備なのだが、中は意外とシンプルで余計な装飾品が少ない。
「今日はゆっくり話したいんだ。夕食は食べていけるかな?」
「もう準備しちゃってるんですから、食べていってもらわなきゃ困りますよ」
二人は和やかに笑っていた。
「すみません、そんなに準備してもらっちゃって」
「こういう機会がなくちゃ家でゆっくりなんてしないから、お気遣いなく。ところで怜君と、お付きの君は、お酒は?」
「ちょっと、ダメですよ。二人ともまだ高校生なんですから」
「そうなの? ちょっとくらい」
「すみません、遠慮しておきます。でも二十歳を超えたらぜひ飲ませていただきたいです」
「しっかりしてるなー! お婿さん検定合格!」
「ちょっとお父さん! 何よお婿さん検定って! まだただのクラスメイトなんだから、変なこと言わないで!」
「そ、そうか。わるいわるい。先走っちゃったよ」
なんとも鷹揚にお父さんは笑う。
「ところで君の、その仮面はなんなの?」
と、そこで初めて月夜の仮面に触れられた。そりゃ、気になるよな。
「ああ、これは王沢の付き人専用の仮面です。格好いいので、つけるようにと定められているのです」
「確かに格好いいな! はっはっは!」
大喜仰家は本当に居心地がよかった。一華のお父さんもお母さんも本当に人当たりのいい人で、夕食も豪華ではあったが家庭料理の延長で肩肘張らないものだった。喋ることは本当に雑談で、最近学校では何が流行ってるの?とかそんな話題だ。あまりにも僕と一華の関係について触れないものだから、帰り際に僕から話題を振った。
「お二人は、一華さんが僕と結婚するとなったら、賛成なんですか?」
両方とも大企業の社長である。政界にも強い王沢とのコネができれば、さまざまな恩恵はあるかもしれない。和やかな食事の裏でそんな思いもあるのだろうかと、僕の意地悪な部分が勘繰ってしまう。
お父さんは、豪快に言った。
「一華が決めることだから、どっちでもいいんだよ。なぁ、母さん」
「そうですねぇ」
言われると、一華は嬉しそうに笑った。そんな姿を見ると、少なくとも僕には両親が本当に一華を信頼しているんだなぁと思えた。
夕食を終え、帰り際にお父さんに言われた。
「怜くんも、自分の人生を考えなさい。一華のことは、気にしないで」
フェアで、真っ当で、やや冷たい言葉に僕は背筋を伸ばされる。
そうなのだ。
僕だってこのゲームに参加させられたわけだけれど、それでも僕の人生なのだ。




