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6人の嘘つきな正ヒロイン  作者:
第二章
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第二章 1 喪失感

 鐘梨珊瑚は朗らかで接しやすい女の子だ。

 恵まれた家庭の生まれではなく、打たれ強くて手先が器用。やや抜けたところにも愛嬌があり、家庭的で結婚するならこういう子がいいのかもと思わされた。

 独田苺はとてもちっちゃく、可愛らしい女の子だ。

 隣の席の僕に分け隔てなく話しかけてくれたおかげで、僕は転校してから不便を感じることはなかった。見た目は小学生だが時折ドキッとすることを言う小悪魔でもあった。

 まぁいずれにせよ、それらは幻想でしかないのだが。

「御坊ちゃま。そんなため息ばかりついていないで、はい! もっと働く!」

「今くらい休ませてくれよ。こっちだって疲れてるんだ」

 パーティが終わった後の部屋を月夜と一緒に片付けている。というか主人に後片付けの発破をかけるなよ。

「なるほど、お疲れでしたか……。『立場をわきまえよ! 平民が!』。などとおっしゃっていたので、てっきり元気なものかと思っておりました」

 下唇を突き出しながら僕の真似をする月夜はマジて人をむかつかせる天才だな。

「それはさ、ちょっとアドレナリンが出てただけじゃん! 僕だって別に、好きで『平民が!』なんて言ったわけじゃないからね」

「まぁ、そういうことにしておきましょう」

 そうなのだ。僕だって仕方なくそんな偉そうな言葉を言ったわけで、けっして言いたかったわけじゃない。あるいは僕自身じゃなく王沢の血がそうさせたのかもしれないが、僕の本質は絶対にそうじゃない! そうだよね⁉︎

「まぁこれだけ手ひどく裏切られれば、そうなってしまう気持ちもわからなくはないですが」

「いやもっとスパっとわかって欲しいよ。僕のことを好きだと言っていた女の子が暗殺者だったんだぞ」

 その後、月夜が王沢のSPを数人呼びよせ、彼女たちはどこかへ連行された。苺は大人しく、珊瑚は激しく暴れたがだからといって逃れようはなかった。

「……二人はどうなるんだろうな……」

「まぁありとあらゆる手段で目的をはかされるでしょうね。なんとか彼女たちに指示を出していた人間に辿り着ければ良いのですが……」

「まるでこうなることがわかっていたような物言いじゃないか」

「わかっていたかと聞かれればなんとも言えませんが、当然想定はしております。王沢に仕えるとはそういうことじゃないですか」

「……それもそうか」

 月夜の言う通り、命を狙われた形跡が今までなかったわけではない。月夜と出会って以降、何度か刺客に遭遇したし、つい最近屋上に呼び出された件だってあわよくば殺そうという算段かもしれない。僕はただ王沢なだけなのに、勝手に殺されそうになるのだから溜まったもんじゃない。

 まぁ一旦、僕は助かったのでこの件はいいとして。

「彼女たちもさ、これをきっかけに普通の女の子になれればいいんだけど」

「そうはいかないでしょう。王沢に牙を剥いたのです。それ相応の罰が必要です」

「月夜はドライだなぁ」

「いえいえ、御坊ちゃまがお優しすぎるのです! それでは王沢の跡はけっして継ぐことはできませんよ! 彼女たちを甘やかして、再び殺しにきたらどうするおつもりですか!」

「……そうなんだけどさぁ」

 きっと彼女たちは、ずっと前から有力な中学、高校にスパイのように潜入していたのだ。そして普通の学園生活を送りながら、誰かの指示を待ち続けていたのだろう。そうでなければ突然転校してきた王沢に、殺す算段をつけられるはずがない。見事王沢のヒロイン候補になったことも含め、それは素晴らしい仕事をしたと評すべきだろう。

 ……なんていうのは流石に相手を持ち上げ過ぎだろうか。

「御坊ちゃま、とにかく今は一刻も早くお二方のことは忘れるのです。まだ『王沢の伴侶選び』は始まったばかりじゃないですか。そんな態度では、他のお嬢様方に失礼です」

 そう簡単に割り切ることができれば、きっと生きるのが楽なんだろうな。

「月夜は随分王沢に染まったよなぁ。昔はそうじゃなかったのに」

「そうでしたか。覚えていないですね」

 ドライだなぁ。

「そんなことはどうでもよろしい。それよりも御坊ちゃま。御坊ちゃまはお嬢様を選ぶ存在であると同時に、選ばれる男でなければなりません。そんな状態で、胸をはって『あなたを幸せにします!』と言えるでしょうか」

「そんな正論言われたってさ……」

「来週はいよいよ、お嬢様方のお宅訪問なのですよ。つまりはお嬢様をこの世に生み出したご両親に、御坊ちゃまが素敵な男であることを伝えなければならないのです! シャキッとなさい!」

「そうなんだけどさぁ……え? 今なんて? お宅訪問?」

「はい。言っておりませんでしたか」

 聞いておりませんでしたが。

「結婚にとって、大切なことはお相手のご両親に気に入られ、お嬢様を安心して送り出していただくことです。御坊ちゃま、覚悟はよろしいですね!」

 報連相って知らないのかな?

 それはともかくとして、結婚するのは家と家の繋がりだからご両親との相性も大切なのは確かだろう。もっとも、僕自身は自分の父親に会ったことはないのだけれど。


 土日は雨で、じっと家に引きこもっていた。

 なんでもスマホ経由でフィアンセ候補と接触を取ることは禁止されているらしいので、連絡がくることもない。鬱になりそうな土日を終えると月曜は嘘みたいな快晴で、僕は月夜を送り出し食器を片付けた後に家を出た。

「お、おはよ!」

 そこにはいつものように、一華が待っていてくれた。にこりと笑って首をかしげる姿が少し悲しく見えるのは、僕が勝手にそう解釈しているからだろうか。

「金曜はすごかったのにさ、あの後すぐに帰されちゃうんだもん。あたしの気持ち、誰に話せばいいのよ!」

 それはまったくその通りだ。僕は月夜と話すことができたが、一華たち少女は気が気ではない想いで土日を過ごしたに違いない。なにせ、友人だと思っていた相手が、暗殺者だったなんて。

「てゆーか怜は大丈夫なの? 殺されそうになるだなんて、レア体験」

 言い回しが軽いな。

「まぁないことじゃないしな」

「すっごーい。さすが王沢」

 ため息をつく。彼女は前日のことを気に病んでいるようにはぜんぜん見えない。しかし、これは一華にとっても恐ろしい問題だと思うのだけど。

「……もしかするとさ、僕が一華を選んだとして、僕が王沢の後継者になったとしたらさ、一華も命を狙われるかもしれないよ?」

 それは普通の少女が夢見る幸せな未来とはかけ離れている気がする。

「僕の結婚相手に選ばれるの、嫌じゃない?」

 一華は顎に指を当て、考える仕草を見せる。

 返事はすぐにやってきた。

「でもさ、怜は生きているよ? きっと何かあっても、怜や月夜くんが助けてくれるでしょ。それにあたしだって結構しぶといしね」

「……頼もしいなぁ」

 なるほど。この場で気がついたことではあるが、それは確かに重要な要素になるかもしれない。彼女たちの誰かが王沢になるとして、だとすれば命を狙われることもあるだろう。

 それに臆さない胆力。それを乗り越えられる生命力。

 それらが僕のフィアンセには求められる……のだろうか。なかなか相手にそこまで求めるのはハードルが高い気がするな。

「……そういえば、苺とは親しかったんだろ? 大丈夫?」

 僕が最初に苺を暗殺者だと告発した時、「そんなことを言うのは許されることじゃない」と突っかかってきたのは他ならぬ一華だ。

「……特に仲が良かったわけじゃないよ。同じクラスだったこともないし。でも、喋っていて楽しいなって思ったのは本当。あたしって、人の見る目がないんだね」

「苺が凄すぎただけかもよ」

 もちろん、珊瑚だってそうだ。僕は彼女たちと喋っていて、居心地の良さを感じていた。

「怜はすごいね。洞察力っていうの? あたしはね、あれからもっと怜が気になるようになったよ」

 彼女は僕の前に立ち、笑った。

「王沢じゃなくて、怜が」

 はっきり言われると、僕はその言葉を受け止めきれない。

 彼女に目を合わせられず、視線を落とす。そういえば、苺に言われたっけ。

『格好いいところをたくさん見せて、メロメロにしてください。怜くんじゃなきゃ絶対ダメなんだって、苺に思わせてください』

 だから僕は、その言葉を受け止められるくらいにならないといけない。そうじゃなければ一華にも、双葉にも、栞にも夢羽にも、失礼じゃないか。

 ううむ。珊瑚も苺も、僕を殺そうという下心はあったとしても、その言葉は残念ながら僕の心に届いている。


 苺と珊瑚の処遇がどうなったのか深いところは知らないが、彼女たちはクラスからいなくなった。そのことについて担任は、親の都合で転校することになったと説明した。ただ、当然クラスメイトは『王沢の伴侶選び』に関しての噂を知っているので、担任の言葉を素直に信じてる人は少ないだろう。

「王沢くん、ロリコンなのに独田さんを落としただなんて、何があったの⁉︎」

「いやロリコンじゃないけどな!」

 後ろの席の小田がウキウキしてるのはなんでだよ。

「フィアンセ候補から外したら転校させるだなんて、王沢くんは厳しいねぇ」

 まさか命を狙われたことまで話せず、僕はなんと言っていいか困った末に言った。

「王沢と結婚しようっていう覚悟があれば、それくらい当然さ」

「うわ、ロリコンのいうこととは思えないな……」

 なんかマジで小田とは仲良くなれないわ。


 昼休み。昨日までは席で食べても隣で苺が食べてくれたからなんとなくぼっちな感じはしなかったが今日はどうしよう。なんとなくクラスの真ん中らへんを見たら月夜がクラスメイトたちとわちゃわちゃ弁当を食べている。その集団の中には小田も入っている。はぁ? どういうこと?

 などと思っていたら、夢羽がお弁当を持って僕の席にやってきた。そして僕の方を見ながら黙ってしまった。これは流石に、こちらから声をかけた方がいいだろう。

「……あの、一緒にお弁当食べる?」

 夢羽はコクコクと頷いた。

 ……少なくとも夢羽はまだ泣いていない。少しは慣れてくれたのだろうか。

 空いてしまった苺の席に座り、そこにお弁当を広げた。僕も自分の席にお弁当を広げる。正直、高校生にとってお弁当をどこで誰と食べるかは死活問題なので、隣の席にきてくれて大変助かった思いだ。

「金曜は災難だったな……。夢羽もびっくりしただろ?」

 お弁当の唐揚げをかじる夢羽が、箸をおろした。やばい……泣くか……と思ったが、夢羽はぜんぜんそんなことはなかった。

「ぜんぜん平気です」

「……そうなの? 怖くなかった?」

「平気です」

 いつもあれだけヒッヒと泣いていた彼女だが、あの場で取り乱した様子はなかった。

「……実は結構心配してたんだよ。だってこれから結婚しようとしてた人が殺されかけるだなんて、トラウマものだし。それにもし僕のフィアンセになって結婚するってなったらさ、夢羽も王沢になるんだし、危険な目にあうかもしれないから」

「適任です」

「てきにん?」

「え、いいえ、なんでもないです……」

 言うと、再び夢羽は箸を取りお弁当を食べ始めた。そして咀嚼し、飲み込むと、彼女は言った。

「ずっとうかがっていたのです。いつも、他の方と一緒にいたので、近づけませんでした」

「……それは気が付かずに、ごめんよ」

「いえ、いつも感極まってしまって、しゃべれませんでしたし……」

 言うと、彼女は真っ赤に頬を染めた。なんか可愛いな。ただ、感極まってたってなんだよ。

「今日泣かないのは、なんか心変わりがあったの?」

「ええ」

 彼女ははっきりと頷いた。

「なんていうか、理想を押し付けようとしてたかもしれないなって思いました。自分から動かなきゃ、取られちゃうから……」

 そこまで言うと、また恥ずかしそうに彼女は下を向いた。そして、気がついたように「あ、そうだ!」とお弁当箱の中から箸で唐揚げをつまみ上げた。

「これ、食べてください」

「え、いいの?」

 いわゆる、あーん、だ。正直恥ずかしいが、もはやクラスで婚活が行われているのはバレているようなものだからテレてもしょうがない。

 僕は彼女が箸で持ち上げたそれを口にした。

「う、うめぇ!」


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