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私のために

 指輪は和音がくれた。

 俺が切り換えることができるようにと。


「修。時間よ。お墓参りにいきましょう」

「承知いたしました」

 今日はお祖父様の命日。

「自分はここでお待ちしております」

「ありがとう」

 修は決まって車で待つ。

 お墓には私一人で向かう。

 ……お父様たちがすでにいた。

「ごきげんよう」

「……きたのか」

「はい。お変わりないようで何よりです」

 お父様とお母様。そして二人のお兄様。

 目を伏せて、通り過ぎて、花束を置く。

「お祖父様。和音にございます」

 挨拶をして。

「俺たちはいく」

 お父様たちが立ち去られた。

 ……満足にお話もされないのね。

 まあいいけれど。

「ご報告いたします」

 命日の日には必ず業績を報告する。

 当主として。

 託された身として。

 私にはもうわからないほどの人の人生がかかっている。

 だから。

 こうして報告することで、気持ちを整える。

「……さらに拡大をという声も出ていますが、必要以上に広げるのは、管理ができなくなる恐れもあるため止めています。今後、役員の動向を確認しつつ、必要に応じて人員を増やしていきたいと考えています。……私はきちんとできているでしょうか。あなたの自慢の娘でしょうか。孫でしょうか。いつだってあなただけが私の味方でした。望んだ私のために。親に目を合わせてもらえない私に。修も元気にしています。向こうにいますよ。あなたの事を敬愛しています。あなたのようになることが今の私の目標です。見ていてください。先代の皆様が積み重ねてきたものを。私も守ります」


 和音お嬢様が自分にくださった指輪は、俺から自分にかえるためのスイッチだ。

 当主として。

 常に自身の言動に注意を払われるお嬢様の側にいる自分が、それでは疲れるだろうと。

 オンとオフの切り替えができるようにと。

 指輪をはめているときは、俺は自分で。

 外しているときが、自分は俺に。

 そうやって自分のことを気遣うのに、お嬢様は常に当主であることを基礎とされている。だから、学園でも目立たないようにされている。悪目立ちしないように。


 容姿端麗。

 品行方正。

 深窓の令嬢。


 それが学園でのお嬢様。

 だから、誰も不用意に話しかけない。

 子どもの恋愛事情など子どもの中の事でしかないが、お嬢様の場合、お見合いの話もあるため、スキャンダルになる可能性を考えられている。

 考えすぎだろう。

 けれど、そんな考えが出てしまうほどに、お嬢様の背中には、多くの人の生活が懸かっている。

「来ていたのか」

「……皆様お変わりないようでなによりです」

 ご両親とお兄様方も来られていたのか。

「お前も早くあれから離れられるといいな。……その時はこちらでひろってやる」

 耳元でお父様がささやかれた。

 ……。

「お気をつけておかえりください」

 目を合わせず。

 頭をさげて。

 ジッと通り過ぎるのをまった。

 ……親子そろって自分を側に起きたがるのはどういうことか。

 自分は和音お嬢様が契約しているというのに。

 と言ってもそんなことも知られていないのだから言ったところでなのだが。

 皆様、自分が普通に社員だと思われている。

 いわゆる秘書だ。

 それとはちがうのだけれど。秘書の延長線上で動いているという判断なのだろう。

 もちろん社員であるが、副業可能になっているため、問題はない。

 お嬢様、いい気分ではないだろうな。

 お嬢様が向かわれてから、さして時間が立っていないところを見ると、たいして話をされていないのだろうから。


 ……和音お嬢様はそんなこと気にされないか。

 だから俺はお嬢様を選んだのだけれど。

 ……帰ったら、お嬢様の好きな紅茶を淹れよう。

 お菓子も途中で買って帰るか。

 確か帰路にあるのはあのお店。お嬢様のお気に入りのチョコを買って。……連絡だけしておくか。

 それを買って帰って。

 ティータイムにして。

 晩御飯もお嬢様の好きなものにして。 

 ……そうやってお嬢様の好きなものを自分の手で用意したもので囲んで。

 自分だけのお嬢様にする。

 ……これを恋だと言われたことがあった。

 でもそれは違う。

 恋のようなきれいなものじゃない。

 誰かを好きになる。愛する。

 そういう感情は、きれいで、純潔で、聡明で、透明で。

 何よりも尊いものだ。

 俺の持っているものはもっと汚くて、間違いで、薄暗いもの。

 ただの執着。

 ただの依存。

 俺はすがっている。

 和音のためにあることが俺にとって全て。

 そうあの時俺は思ったし、今も思っている。


 だから和音が幸せであるのであればなんだってする。


「お待たせしたわね」

「いえ。大旦那様とはお話できましたでしょうか」

「ええ。報告してきたわ。……お父様たちにあったかしら」

「はい。ご挨拶いたしました」

「そう。お変わりないようでなによりだったわ」

「……ではもどりましょうか。帰りに寄りたいところがあるのですがよろしいでしょうか」

「ええ。もちろんよ」

 お嬢様の了承ととれたところで。

 気に入っておられるお店にいって。一通り買って。

「お待たせいたしました」

「いいえ。お目当てのものは買えたのかしら」

「はい。戻りましたら、ティータイムにいたしましょう」

「ありがとう」

 にこやかにほほ笑むお嬢様は、どことなく疲れた様子なのが気になるけれど。


 今日も眠るまで側にいるようにというお嬢様の願いにそって。

 ……小さく丸くなっている。

 和音お嬢様のために、この身の全てをささげることを決めたあの日。

 今日のように、ご家族からお嬢様のもとをはなれて自分のもとに来るようにと声をかけられる。

 それだけ、自分の能力を高く評価していただけているということだろう。

 といいように受け取っている。

 だからといってそれの手を取るなんて考えにもなくて。

 和音お嬢様のためだけに俺は生きていく。それが俺の願い。


 指輪にそっと口づけをする。


「俺の全てを。自分のありのままを。あなたに」


 それが俺の願い。

 

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