俺の願いを
和音。
和音。
まってくれ。
違うんだ。
足音なんて気にしてられない。
うるさいけれど赦してくれ。
俺は。
おれは。
おれは。
「和音!!!!!」
「あらあらあら。そんなにドタドタとしてどうしたの? お兄様がまだお帰りになってないのかと思ったわ」
「俺の目を見てくれ。俺の言葉を繰り返してくれ」
「どうしたの?」
「くりかえしてくれ」
「あらあら」
「俺は、和音と契約している。俺は和音のものだ。俺は和音のものだ他のだれのものでもない和音のものだ俺が望んだ俺の願いだ俺が和音のそばにいることを選んだ俺の意識だ俺の願いだ」
「しゅう? どうしたの?」
「頼む。くりかえしてくれ。俺は和音のものだ」
「……修は私のもの」
「俺が望んで和音のそばにいる」
「修が望んで私のそばにいる」
「俺の願いだ」
「修の願い」
「俺をそばに置き続けてくれ」
「……もちろんよ。そばにいて」
俺の手をそっと握ってくれた。
ゆっくりと手を開いて。
「そんなに強く力をいれていたら痕がつくわ」
きれいに丸い痕がついていた。
「指輪。つけようね」
可愛い可愛い私の修。
寝るまでそばにいてと言う願いのために。
私のベッドの脇で眠っている。
何かかけてあげないとね。
……。
しあわせ。
はじめて修に出会ったあの日。
私のなかで今までにないどす黒い感情が動いた。
どうして黒いのか。
それは、修のこともなにも考えていい自分勝手な感情だったから。
修がほしい。
それだけだった。
修も私を選んでくれた。
嬉しかった。
あとは、修がずっと。
私のものでいてくれるようにするだけ。
修が特別なのは一目でわかった。
お兄様たちにはどう映っていたかはわからないけれど。今さらになって修がほしいだなんて虫がよすぎる。
私の修。
始まりはお祖父様との契約だったけれど、私が当主となるときに修に問いかけた。
会社と契約するのか
和音と契約するのか
もちろん、修は社員よ。
私の担当しているところに属している。
それとは別で。
個人事業主として、私と契約している。
それが執事。
私個人の。ね。
「お前が当主となった祝いをやろう。なにがいい?」
「お祝いしてくださるのですか?」
「当たり前だ。私が選んだ。和音は孫であり娘なのだから」
当主になるために、私はお祖父様たちと養子縁組した。
相続の関係上、そのほうが便利だと。
結局はお父様名義人ほとんどのものをしているけれど、それでも私には、お祖父様とお父様の娘としてどちらの相続権も有している。
今日のこの会は、お祖父様亡き後、私が当主となることの宣言のための会。誰一人としてお祝いなどしてくれない。
叔父様たちは興味がないようで。
そのほうが私としては嬉しい。
お父様やお兄様たちの視線に比べたら。
……聞こえているのだから。
「どうせ、あれたちは祝いの言葉すらないのだろうから。ほら。じい様に望んでごらん」
優しくて威厳溢れる人徳のあるお祖父様。
福祉もボランティアにも積極的に参加されるお祖父様。
私の憧れ。
何代も続くこの家を、さらに大きくしたのがお祖父様。
すべての業種で黒字。
億万長者。
良妻賢母の妻をもち。
三人の子宝。
孫だって、10人いる。
絵に描いたような成功者。
そんなお祖父様がまだ子供の私に。
「お祖父様。……いえ。お父様。私、修がほしいです」
「あの子は今お前の側使えだね」
「はい。お父様と契約していると聞いています。これからさき、修が大人になったら、社員として雇う予定ですが、私とも契約してほしいのです」
「それをあの子が望むかどうかなだね」
「もちろんです。当事者の同意あってです。……しゅうー?」
少し離れたところで控えていた修と目があった。
「いかがされましたか?」
音もなく私の横に来てくれて。
「お父様がね。私にお祝いをって。なにがほしいかって」
「そうですか。なにを望まれたのですか?」
「ふふふ。修はなにを望む?」
「自分ですか?」
首をかしげながら。
「そうですね。いつまでも和音お嬢様のお役に立つことでしょうか」
「ほら! お父様。ね!」
「ああ。そうだな。では。後で二人とも部屋においで。これからのことを話そう」
「承知いたしました」
「ありがとう。お父様」
私と修は契約した。
「和音が望まないその日まで」
「修が望むその間だけ」
私が修を求めて。
修もその手をとってくれて。
いつまでもそばに。
互いが不要とするまで。
「和音。この契約は和音個人のものだ。けれど結婚して家族ができたらそれは変わる。共有財産というものがある。そのことについては、修と相談しなさい。いいね」
修は今は私のもの。
でも。今の契約では、いつか家族のものになる。
「和音お嬢様にご家族ができたら、自分はその方たちのためにも働きたいです。お嬢様にとって大切なものを自分も大切にしたいのです」
修がそう言ったから。
でも。
もうしばらくは。
「私だけのもの」
穏やかな寝顔を眺めて。
指輪をそっと撫でた。