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ありがとう

 誕生日に見合いに。

 お嬢様が少しだけ崩れてしまったけれど、見た目はもとに戻られている。

 また崩れるようなことがないといいが。

 というとフラグになりそうで怖い。


 私が崩れたのがとても怖かったのか。

 修がいつも以上に私を溺愛してくる。

 私の好きな食事。

 私の好きなものを買い与えてくれる。

 服にカバンにアクセサリーに。

 ついにはぬいぐるみまで。

 何も言っていないのに。

 たった一言。

「お嬢様にお似合いだと思いまして」

 そればっかり。

 修は昔からそういうところがあった。

 だから私の部屋は修からのものでてんこもりだ。

 ベットの上にはぬいぐるみでいっぱいだけれど。

 そのおかげか寂しくはない。

 本来なら三人くらい寝れるはずなんだけれど、私しか寝られないぐらいにいっぱい。

 ……この圧迫感は好き。

 安心する。

「到着いたしました。お嬢様。……いえ、社長」

 今日は現地にて会議に参加する。

 オンラインでも参加はするけれどたまにはね。

「ありがとう。資料は?」

「タブレットにいれています。会議は第一会議室。時間はあと三十分ほどありますが向かわれますか? オフィスを見に行きますか?」

「そうね。見に行くわ。差し入れも用意しているのでしょ?」

 手さげ袋にはお菓子のはこ。

「はい。社員分とは行きませんでしたので、会議に参加する分と今回のチームの分を」

 ファッション部門で、冬のショーに向けて動いている。テーマも場所も日時も決まっているけれど、主となる服のデザインが固まっていない。目玉さえ決まればあとはそれに沿ったものを。

「チームのほうに行きましょう。お菓子、分けてるのでしよ?」

 ふふふっと笑うと、にっこりと笑い返してくれた。

 ……最近よく笑い返してくれるけれど。何かあったのかしら。

「失礼します」

 会議前のミーティング。

「社長!」

 バタバタとチームリーダーが立ち上がったのを見て、他のメンバーも慌てて頭を下げた。

 ……メンバーが入社年数の少ないのは見ていたから気にしていない。社長の顔は出してないから。

「今日の会議よろしくお願いします」

 そういうと修が袋を机においた。

「みんなで食べて? うちのが選んだの。美味しいとおもうわ」

 修が選んだのなら、まちがいないから。

「ありがとうございます」

 袋は高級店ではなく、近くの話題のお店のもの。

「並んでも買えない可能性の高い数量限定品!」

 チーム最年少の嬉しそうな声。

 きゃきゃしているメンバー。

 女性が多いから甘いものを多めにしているようだけれど、男性もいるから甘くないものちゃんと混ぜている。

「またあとで」

 部屋を出て、会議室に向かった。

「ぐるっと回る時間はあるかしら」

「このフロアであれば可能です」

「さらっといくわ」

 すっと歩いて回る。

 ……うん。みんな空気が悪い。

「ねえ、社員っていま何人かだったかしら」

「……電話で確認しておきます。どこまでご要望にお答えできるかわかりませんが」

「ありがとう」

 ふふふっ。

 やっぱり修は私の願いを叶えてくれる。


「こちらが案になります」

 おそるおそる出されるスケッチブックが四冊。

 びっしり書いてある。

 ……。

 …………。

 ………………。

 さて。

 私はどうしようかしら。

 好みのものはあるけれど、どれもテーマとずれる。といっても微々たるズレだ。

 その程度として流してしまうこともできるけれど……。

 この会議室の空気としてはそれはない。

 というかデザイナーが納得してない。

「いっそ。テーマを変えてしまいますか?」

 私の一言に顔が上がった。

「しかし、それでは会場のレイアウトなども変更が必要になるのでは?」

「そうかしら。現時点でのもので見たけれど。これらの服であれば場にそぐわないということはないと思うけれど。それに服のテーマが少しズレているようだけれど、だからといっておかしいわけじゃない。正直に言うわね」

 にっこりと笑おう。

「私はこれらのデザインに問題があるとは思わない。テーマとも大きくズレているわけじゃない。ただなんとなく違うという程度。それを押し通してしまうこともできると思うの。でもそれはあなたたちが納得しない。企画から準備、当日。関係各所とのやりとりだってあなたたちがすること。私じゃない。だから。あなたたちが納得するものであってほしい。そのために資金がいるというのなら可能な限り私は動く。私にできることをするわ。それがテーマの変更だというのならそれでもいいわ」

 用意してくれているお茶を飲んで。

 様子を見る。

 ……黙ってしまっている。

 会議でこんなにも無音になるのは問題だと思うのだけれど。

「……よろしいでしょうか?」

「ええ、もちろん」

 チームリーダーが手を上げた。

「おっしゃる通り、テーマにそって考えてきましたのでズレているわけではないのはそうです。ただテーマを今から考え直すのであれば、これらも一からになります。……彼らのこれまでの頑張りはどうなるのでしょうか」

 ……そういうこと。

 言葉足らずだったわ。

「ごめんなさい。言葉足らずだったわね。テーマを変えるといったのはその通りだけれど、変え方ね。私、このデザイン気に入ってるの」

 一番左のスケッチブックを開いて、一つ指差した。

「だからね。こっちに合わせればいいって思ったの。服にテーマを合わせるの。いまのテーマに合わせて考えた服だし、会場レイアウトだから問題ないかなって」

「……現在のテーマは大人の冬です」

 私の視線に修が答えてくれた。

「冬は変わらないわね。冬服だし。ただ大人の冬ってざっくりよね。まぁうちはもともとざっくりテーマがほとんどだけれど。キッズモデルをいれるのはどうかしら。それだったら大人っぽい服で、大人の冬。背伸びしたっていう大人。あとは単純に年齢。そういう意味の大人。この辺りは子供服にしたらどうかな」

 て話しながら、テーマじゃなくて人でどうにかしようとしてるわね。

「……たしかにそれならあうかも」

 スケッチブックの持ち主が私から引ったくるとさらさらと書き始めた。

 ふふ。

 うん。

「あとは、任せるわ。決まったら報告を」

「よろしいんですか?」

「ええ。みんなが納得するものであれば一番いいわ」

 さぁ帰りましょう。

「お持ちいたしました」

「ありがとう」

 頼んでいたものが会社のロビーに届いていた。

 さて配りに行こうかしら。

「修」

「承知しました」

 手分けして各担当にもっていった。

「よろしいのですか?」

 前もって連絡していたけれど、恭しくされるのは好きじゃない。

 お菓子をただ配ってるだけなのに、喜ばれるようなことはない。

 少しでも気分転換になったらいいのだけれど。

「少々骨がおれました。同じ店で揃えたかったので無理を言いました。……こちらが領収書です」

「修。あなたのことだから私のためとして株なりなんなりして、貯金してるでしょ。そこから出しておいて」

 金額は見ない。

 私のもっている貯金は修が管理してる。

 必要なときに受け取っているけれどそんなことほとんどない。

「承知しました」

 月に一度収支決算をしてくれる。

 そこに不備はない。

「また貯金を増やしていたわね」

「うまくいきまして」

「ありがとう」

「いえ。いつものようにしておいたらいいでしょうか」

「ええ。お願い」

 けっして動かない口座がある。そこは貯めるだけ。

 いつかの日のために。


 久しぶりに会社に行くと疲れるわね。

「ごゆっくりおやすみください」

 体調を崩してしまった。

 ……ふぅー。

 ドアの向こうに意識を向ける。

 きっとお父様たちに連絡してるわ。

 私が倒れたこと。

 それでもふたりは来ない。

 ……ふふふ。いいのよ。わざわざ、連絡しなくても。二人が来ても来なくても私にはどっちでもいい。

「……何か食べたいものはございますか? 旦那様よりお嬢様の望むものをと」

 ほらやっぱりそうじゃない。

 お金が振り込まれたみたい。

 そういう人。

「修のご飯が食べたいわ。消化のいいものがいいかしら。リンゴを切って。皮はきらいよ。あと」

 指輪を抜いて。

「眠るまでそばにいて」

「わかった」


 和音が倒れた。

 屋敷のなかだったからよかったものの、学園だったら騒ぎになっただろう。

 そうなればさすがに旦那様たちが出てこないわけにはいかない。

 屋敷だから俺だけですんでいるけれど。

 ……最近は和音に電話をしているそぶりもない。

 俺との連絡のみか。

 ……仕事中の和音は大人で。

 学園の和音は年相応で。

 こうして眠っている姿は幼くて。

 ……どれも俺だけが知っている。

「おやすみ」

 握りしめている指輪をそっと取り出して。

「自分は職務に戻ります」

 部屋をあとにして、残っていることをしないと。

 お嬢様につきっきりだったから、まずは掃除から。洗濯は明日まとめてしよう。で自分の食事は……どうでもいいか。

 ……ん?

 だれだ。

「どなたですか?」

 玄関をこっそり開ける影に声をかける。

「……俺だ」

 お声はお嬢様の一つ上。次男のお兄様だ。

「こんな夜遅くにどうされたのですか?

 泥棒かと思いました。 

 と付け足した。

「俺の家だろ。帰ってきてなにが悪い」

 怒りの含んだ声が帰ってきた。

「こちらは和音お嬢様のお屋敷です。旦那様や奥様のお屋敷ではありません。お兄様のお屋敷でもありません」

 静かに返した。

 あまり騒ぐとお嬢様を起こしてしまうかもしれない。

「……ちっ」

 舌打ちを聞こえないふりをして。

「いかがなさいましたか」

「この屋敷に置いているもので必要なものがあったから取りに来た」

「おっしゃっていただければ、郵送でもなんでもいたしましたのに」

「いぞぎのものなんだ!」

「そうですか。失礼いたしました。しかし……」

 小言ぐらい許されるだろう。

「このような夜遅く。お越しになるのであれば前もってご連絡いただければ、こちらも準備いたしましたのに。これでは、出迎えも準備もなにもしてなかったお嬢様が大変失礼をしていることになってしまいますので」

「どうでもいい。わざわざ出迎えなどいらない。聞いたぞ。あれが倒れたって。会議に参加して、まかせっきりにして、点数稼ぎに菓子をくばったとか。会社の経費は動いていないようだから、あれのポケットマネーなんだろうけれど。そんな金どこにあるんだ」

「お嬢様の個人の資産について、自分がお答えできることはございません。社員の皆様にお任せしているのは、現場の皆様が一番どうしたいのかという思いが強いのでそちらを尊重されたまでにございます」

「ふんっ。しらん。あれがすることに意味があるとは思えない。あれに経営の何がわかる。おじい様は当主にしたが、あれは何も知らない子どもなのに。まったく」

 ……。

「お前もお前だ。あれについたところで何もないというのに」

 ……。

「あれの価値などない。あれが個人で持っているものなどたかが知れている。会社のものだ。あれ個人のものではない。当主という立場だって、他のものに変われば、あれがもっているものなど何もなくなる。あれは本当に価値なんてないんだよ」

 ……。

「あら。お兄様」

「お嬢様!」

 パッ指輪から手を放して、振り返った。

「こんな遅くにどうされたのですか。今夜はお泊りになりますの? すぐに戻られるのであれば、お気を付け下さいね。何のお構いもできず申し訳ありません」

 階段からゆっくり降りてくるお嬢様。

「構いなどいらない。体調を崩していると聞いている。寝ていろ」

 だんだんと足音をたてて、乱暴に階段を上って部屋に向かわれた。

「失礼いたしました。お兄様。……修。私は部屋に戻っているから。お兄様の見送りをお願いできるかしら」

「承知いたしました」

 対象的にお嬢様は一切の物音をたてずにお部屋に戻られた。

 ……お嬢様のおかげでどうにか保つことができた。

「今からでも、こちらにこい。お前なら俺が使ってやる。最大限に活用できる」

 俺の肩に手を置いて。

 ……。

「お気をつけて」

 ……。

 足音がなくなって。

 バサッと上着を脱ぎ棄てて、指輪も引き抜いて。

「和音」

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