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おやすみ

 いつかの記憶で。

「私のために、私をこの家の当主にして。家業のすべてを私に」

「承知いたしました。お嬢様」


 そういって数ヵ月で修は私に与えてくれた。

 だから、私が家に一人なのも。

 親から誕生日にお祝いされないのも。

 すべて私が望んだ結果。

 祝われないのも当然だ。

 私がそう願って、修が叶えて。

 当主は私なのだから。

 だからといって家を。一族を守ることはできないから、お父様に統括していただいて、それぞれで家業を分担している。

 それを認めたのだ。当時当主だったおじいさまが。

 息子ではなく。孫娘に。

 お父様もそれを受け入れた。

 お兄様たちも。

 お母様もお父様たちがいいのならと。

 おじいさまという絶対君主の命により、私が当主になって。お父様たちは私に従う存在になった。

 その時の目をいまでも夢に見る。

 人ではない何かを見ているような目で私を見て。

 私から離れた。

 場所を移すのは、同じ場所にいて私に会いに来られては困るから。

 ……逃げられているのだ。私は親から。

 怖がられているのだ。私は兄から。

 父が手に入れるはずだったものを。いずれ自分達に与えられるはずだったものを。その未来を打ち砕き、永遠に奪った存在。

 ただ願ってしまった。それを、叶えてくれる存在がいたから。

 私を見つめる修に、微笑む。

「修。これからも私のそばにいてね。あなたがいてくれるのなら。私はそれだけで十分よ」


 あのときの繰り返しはしないように。

 私は無欲なのではない。

 無欲にならないといけないの。

 無邪気に望んだことが、いまにつながっている。

 これ以上、失いたくないから。

 修まで失ったら私は。



「はずしてくれる?」

 お部屋に戻られたお嬢様は、自分にそうおっしゃりながら、俺の指輪を抜かれた。

「わかった」

 髪飾り。

 ネックレス。

 イヤリング。

 ブレスレット。

 指輪。

 俺が贈ったもの。

 服だってそうだ。

 俺が用意したもの。

 全部全部俺が和音に用意したもの。

 ああああ。

 よく似合っている。

「修」

「なんだ?」

 俺の方に向きをかえて。

「お父様から連絡があったの。お見合いのお話し。次の日曜。明後日ね。このお屋敷に来るそうよ」

「俺に何を望む?」

「なにも。ただの連絡事項よ。……ねえ修」

「どうした?」

「名前をよんで」

 すがるように俺を見上げている。

 ……俺はこの目が好きだ。

 俺に向ける。

 俺だけに向ける目だ。

 俺だけが知っている。

 学園では空気のように、誰の目に留まらないように、ひっそりとしていて。

 この家では、家族から避けられて。

 ひとりぼっち。

 小さな子供が望んだいつかの望みを俺が叶えたから。

 それをあの大人たちが受け入れたから。

 和音の周りがそうさせたんだ。

 簡単だった。

 ひとりぼっちになった和音に俺だけをみるようにさせるのは。

 俺が願いを叶えたから。

 俺はそばを離れないから。

「和音」

 俺が呼ぶと、俺に手をのばして。

「私のために生きて」

 俺に抱きついてきた。

 あぁ……。

「もちろん。俺は和音のためにいるよ。和音が望むなら。和音のためならなんだって」

 可愛い可愛い俺の和音。

 大丈夫。

 俺以外いらないというその言葉のとおり。

 俺だけがそばにいるよ。


 すやすやと寝息をたてる姿は年相応で。

 指輪をはめて。

 さて。

 お嬢様がお目覚めになる前に洗濯をして、朝食の用意をしなくては。

 お嬢様の望む執事に。

 ……? 端末がなっている……。

「……はい。おはようございます」

 旦那様だ。

「はい。お嬢様からうかがっています。日曜日。明日来客があると。はい。承知しております。失礼のないように。……はい。一つ。よろしいでしょうか。少し前から誕生日の前後でこういった婚約の」

 ぶちっと切られた。

「……失礼いたしました。出過ぎた真似を」

 まあ。あれがプレゼントなんてわけないか。

 だとしたらよっぽど当主の座を動かしたいと見た。

 婚約者を決めて。

 そうそうに結婚して。

 出産、育児。

 家業から遠ざけて。

 表向きは当主は旦那様になっている。

 お嬢様が担当しているものを減らして、息子にうつすのか。

「お嬢様がそれを望まないのであれば、どんな婚約者であれ、丁重に扱うまで」

 指輪をくるくると回す。

 さてさて。

「お嬢様がお目覚めになるまでに片づけておかないと」

 お屋敷の掃除、お庭の手入れ。

 食材はどうしようかな。

 お嬢様がお好きなものをそろえて。

 お嬢様のためのものを用意して。

 お嬢様のためにお洋服を用意して。

 お嬢様が好まれるもので囲って。

 さすがにお屋敷をお嬢様の好みに立て直すことはできないけれど、可能な限りお嬢様のものにしていく。そうすることで、このお屋敷。第一のお屋敷の主人がお嬢様であることを示していく。

 執事である自分にできること。



「婚約者候補のかた。すぐに帰られたけれど、ご体調わるかったのかしら」

「そのようですね。旦那様からまたご連絡が入ると思います」

「……中学からお父様がこうやってお見合いのお話を持ってこられるけれど、どうしたいのかしら」

「当主として、家を途絶えないようにすることを求めておられるのかと」

「……どうでもいいわ。今は家をまずしっかりと地盤を固めることが必要だから。結婚はまだ先かしら」

 お嬢様が担当されている業種は右肩上がりだけれど、お兄様方が割り当てられているものは平行のまま。下がってないだけよしとされているけれど、明確にお嬢様の分だけ上がっているのは見栄えが良くない。

「噂をすれば。旦那様からです」

 メッセージをお見せする。

「あらあら。……そう。向こうからお断りなのね。承知しましたわ」

「お伝えしておきます」

「ありがとう。……疲れたわ。部屋に紅茶をお願いできるかしら」

「承知いたしました」

 ……今日のお嬢様のお召し物は、自分が以前見立てたもの。

 とてもよくお似合いです。

「お嬢様。失礼いたします」

 からからと紅茶を運ぶと、ベットで横になっておられた。

「服にしわがつきますよ」

「修」

「はい」

 伸ばされた手に、自分の手をのせると。

「紅茶。さめるぞ」

 指輪をするっと抜かれて。

「私、粗相でもあったかしら? 前回もそうだったけれど、帰られるし断られる。何かしたのかしら」

「それを俺に聞くのか?」

「あら。そうじゃないと修、決まって私に非などないって言うでしょ?」

 俺と自分を分けているのはいいけれど。

 だからって俺が言うわけないだろ。

 料理以外の家事をして、学年首席の成績をとり続け、家業も業績を残している。

 見目麗しいことは言うまでもない。

 欠ける点などなく。

「和音に非はない。向こうが勝手に萎縮してるんだ。和音が完璧だから」

 俺に聞いたって回答は変わらない。

 和音はなにも悪くない。

 というか間違ってなどない。

 そもそも間違いなどない。

 和音が間違うことなどないのだ。

 いつだって完璧で、美しい。

「ちゃんと修の意見よね?」

「ああ。俺の意見だし、和音はちゃんとやってるよ」

「私と結婚して何の価値があるのかしら」

「価値しかないだろ。お前は。泣く子も黙る名家、大企業の当主。年商いくらだと思っている? 従業員は何名だ? お前の一言で会社が傾くことだってあり得る。そんな存在だ。それによる価値はどうなんだ? 価値がないなんてだれも思わないだろ」

 会社の総資産バカみたいな金額なんだよな。

 俺は従業員だから知ってるわけだけれど。

 それを価値と見るなら、和音は価値しかない。

 本人としてはそれをどう思うかだが、他人の目はそうだ。

「この家がほしいの? 家族とまともに過ごしていないのに、私に家族をしろと?」

 ……少し様子がおかしいな。

 すがる目はいいけれど、声が違う。

「どうした?」

「なにが?」

「おかしいと思う。何かあったのか?」

 聞きながらそれはないと自答する。

 何か変わったことがあれば自分の耳にはいる。それがないから間違いなく、学園で何かあったことはない。

 誕生日の日は問題なかった。

 いつものように俺の行きすぎたプレゼントに怒ったり、あきれたりして。

 学園でも変わらず一人で、端末で仕事の確認をしていたし。

 だけど、明らかに違う。

 ……崩れてるな。

 婚約者候補に何か言われたか?

 だとしても、それでこんなことなるか?

 これまでだってお見合いはあった。

 その度に断られているけれど、落ち込むこともなく、それでどうした?といった様子だった。

「何か言われたか?」

「どうして?」

「明らかにおかしい。立て続けに俺に話しかけないだろ」

 和音は俺を避けてる。

 俺はやりすぎるから。

「なにもないよ。ただ聞いてるだけ。答えて」

「和音。俺がお前に答えることは変わらない。和音は完璧だし、問題ない。お前がそんな風に何か思うことはない。和音は何も心を動かすことはない」

「でも私のことよ? 私に何かあるから断るのでしょ? 私に価値があるというのなら、その価値を捨てるほど私に興味がない、もしくは価値がないのでしょ?」

「もう寝ろ。で明日は休もう。いいな」

「どうして? 何もおかしくないわ。変わらないわ。何もないわ。大丈夫よ。私は問題ないんでしょ?」

 ここにきてそうきたか。

 確かに見た目は変わらない。

 学園での穏やかな笑みを浮かべている。 

 それは変わらない。

 だけれど。

 そうだけれど。

 目が違う。

 声の奥にあるものが違う。

「問題なくても休んでいいんだ。なあ俺の願いだ。かなえてくれるだろ?」

 頬をなでる。

「修の願い?」

「ああ。俺の願いだ。言ってくれただろ? 和音の願いをかなえるのが自分なら、俺の願いをかなえるのは和音だって」

「……そうね。そうよ。私が修の願いをかなえるの」

「ああ。だからな」

 頭をなでて、一房髪を救い上げて。

「おやすみ」

 口づけた。


 確実に何かあった。

 あんなにも崩れるなんておかしい。

 自分がいない間のことか?

 といっても席を外したのは少しだ。

 その間に?

 でも前後で変化はなかった。

 ……いや変化するわけないか。

 和音が崩すはずがない。

 それが和音だ。

「お忙しいところ申し訳ありません。旦那様。少しお時間よろしいでしょうか」

 指輪をくるくると回しながら。

「先ほど、ご連絡いただきましたお見合いの事ですが、先方からお断りのお話でしたが、他になにかお聞きになっていませんか。申し訳ないですが、これまでの皆様、そうそうに退席されたのち、お返事も旦那様からのみ。いくら親が持ってきた話とはいえ、少々態度が悪いのでは?」

 語気が荒くなるのを、指輪を見ておさめる。

「とくにはなかったと。……そうですか。いえ。お嬢様が、自分が粗相をしたのかと気にされていましたので。そうでないのならよかったかと。ところでこのお見合いは来年もあるのでしょうか」

 声にとげが乗らないように。

「そうであるのならば、こちらも毎年そのつもりで準備をしておこうかと思いまして。ああ。そうですか。それは不明と。承知いたしました」

 その時にいい家があれば。ね。

「お時間を割いていただきありがとうございます。失礼いたします」

 ……何が言いたいのやら。全く。

 親心とか言っていたけれど、そんなものないくせに。

 そっとお嬢様の部屋のドアに手を当てる。

 この向こうで眠っている。

 ……。

 和音。

 俺は決して離れないよ。

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