表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

おめでとう

 昨日の事のように覚えている。

 だからこそ。私は。


「あなたのために死を選びましょう」

「……私がそれを、望まなくても?」

「望んでいなかったとしても、それがあなたのためになるのであれば。自分はそれを選びます」

「……わかったわ。あなたの想いは」

 立ち上がってそっと抱きしめた。

「なら。私のために」

 私が知るどんな笑顔よりも、深く、幸せな笑顔を浮かべている。



「では今日はここまで。皆様。また明日」

 一斉に立ち上がって、先生に一礼。

 足音が聞こえなくなるまでそのままで。

 ゆっくりを頭をあげると。

「今日はどうしましょうか」

「あの紅茶をまた飲みたいわ」

「ここなのだけれど理解できた?」

 話始める生徒たちを横目に、静かに教室を出る。

 誰にも気にも留められない。

 ……はあ。

 やっと終わった。

「おかえりなさいませ。お嬢様」

「ありがとう」

 門の前についている車に乗り込むと、運転席に返事をした。

「本日はいかがでしたか?」

「変わりないわ。代り映えのしない毎日よ」

「さようですか」

 平坦な声。

 心地いい。

「……お兄様たちは?」

「戻っておられません」

「そう。いつ帰ってくるか聞いてる?」

 先月は二日ほどおられたけれど。

「いいえ。旦那様がたと同じく自由な方ですから」

 ……なら家は私だけか。

「いかがされましたか?」

「なんでもない」

 窓の外を眺める。

 娘の誕生日であろうとも。

 妹の誕生日だろうと。

「この家はここまでおおきくなったのね」

「……いかがされましたか?」

 門からまだまだ遠い玄関への道のり。

 庭を眺めながら歩くのはきらいではないけれど。

「玄関と門の距離をちかづけてくれない?」

「それはできません。旦那様がこの長さにと指定されたのですから。それの応じて庭師が設計しておりますので」

 無駄のない。

 きれいに整えられている庭。

 ……好きだけれど。

「すぐに夕食のご用意をいたします」

「ゆっくりでいいわ。私しかいないのだから」

 部屋に入る私を恭しく見送っている。

 ……そういうのいらないのに。

 誰も見ていないのだから多少雑に扱われても気にしない。

 静かだ。

 大きなお屋敷にいるのは私ともう一人だけ。

 まったく。無駄なまでに大きい。

 維持費にどれだけかかっているのやら。

「お兄様たちはどのお屋敷にいるの?」

「第五のお屋敷と第八のお屋敷に。旦那様と奥様は第十七のお屋敷に」

「お父様とお母様、移動されてない? 前に聞いた時は十二のお屋敷だったと思うけれど」

「はい。先日うつられたそうで。会社の方に連絡はあったそうです」

「そう。専務たちと話はできているのならいいわ。まあ。今はどこにいても電波でつながっていれば、仕事はできるからね。お兄様たちもそれがあるから自由に移動しているのだろうけれど」

 お父様が統括して、お兄様と私でそれぞれいくつかの家業を分担している。

「こちらをまた、目を通していただければと思います」

 タブレットがそっと置かれた。

「いつものようにしてくれているの?」

「はい」

「ありがとう」

 先に夕食をすませましょうか。

 並べてくれているものを丁寧に食べ進めていく。

「うん。どれもおいしかったわ」

「お口に合ったのであればなによりです」

「紅茶をお願いするわ」

 すっと音もなく片付けて、テキバキと動いてくれている。

 いつものことながら本当に無駄がないなと思いながら。

「これはこっちがいいわね。で、この色に変更して。……これはここまでに納品がされるのであれば、こっちの店舗を多めにしようかな。うん。この時間なら授業休めば参加できるけれど……。数は足りるね。それなら参加にして。資料は三日前にくださいっと返信して。これ現地参加したほうがいいかも。うーん空いている日がこことここでだすか。このあたりの教科は飛ばしても大丈夫。で」

「すべて声にでていますよ」

「家だからいいでしょう? 聞かれて困ることなんてないのだから」

 淹れたての紅茶の香りがふんわりと漂っている。

「ねえ。これって学園のイベと被るかしら?」

「年間行事でしたら、こちらに」

「あら。……かぶっているわね。でも参加しなくても問題なさそうだからこっちにいくわ」

 紅茶がおいしい。

「甘いものにさせていただきました」

「うん。とっても好き」

「なによりです」

 一通り見終わった時にはそれなりに時間がすぎていて。

「そろそろおやすみされてはいかがですか?」

「……そうね。その前に。あれはいったいなにかしら」

 私が指さした先。

 大量の箱が積み重なっている。

「お誕生日おめでとうございます」

「ありがとう。……だれからかしら」

「全て自分からになります」


 ……。

 めまいがしたわ。


「頭が痛いのですか? 大丈夫でしょうか」

 額に手を当てている私をみて、とても心配そうにしているこの男は、本当にどうかしている。

「修。何をかんがえているの?」

「お嬢様のお誕生日です。自分のもつ全てでお祝いをさせていただきたいと思い」

「すでに十分してもらったわ。今日の夕食はすべて私の好きなものだった。紅茶だってそうでしょう。……こんなことを聞くのは野暮なのはわかっているし、失礼を承知できくわ」

「なんなりと」

「……一体いくらかけたの?」

「自分の一年分のお給料を」


 ……。

 またしてもめまいが。

 何を考えているの? 一年分?


 住み込みだから家賃はない。

 仕事の内容としては、私の執事だ。送り迎えに仕事の補助。この第一の屋敷の家事全般。お給料はそれなりに出ている。その一年分……。

 ざっと計算できてしまうのが本当に嫌。

 それがここに……。


 箱に印字されているロゴからして、どれも一流ブランドのものばかり。

「あなたは何を考えているの?」

「お嬢様の美しさの前にはどんなものの霞んで見えてしまいますので、何をどう選んでいいのか大変考えました。お嬢様のお眼鏡にかなうかどうか……。お嬢様がご担当されているお仕事からして、自分の眼など。どうぞ。お気に召さなければ、すべて破棄していただいて構いませんので」

「あのねえ。どうして毎年毎年あなたは、こんなにも用意するの? 昨年は私に土地を買ったわね。その前は太陽光発電の収益権利。その前は、大手企業の株。さらにその前は、三ツ星レストラン5店からシェフを出張させて5日間の食事。私に何を与えたいの?」

「何がお嬢様に良いのかわからなくて。試行錯誤しております」

 恭しく頭を下げているけれど。

「そんな試行錯誤はしなくていい。いつも言っているでしょう。ただ誕生日にあなたからおめでとうと言ってくれればそれでいいと」

「それではお嬢様の存在に対して、足りません」

 平然とした顔で言ってのけるのだけれどこの執事。

 ……。

「あのね。修。私は何かが欲しいわけじゃないの。ただ祝ってほしいの。それだけよ」

 いくつになった時からか覚えていないけれど、両親からも兄からもお祝いの言葉すらもらうことがなくなった。

 だから、おめでとうの一言で十分なの。

「お嬢様。お嬢様が控えめでおられることは十分理解しております。ですが、それはあまりにも無欲すぎます。上に立つお嬢様がそれではいけません。強欲であることはいけませんが、無欲なのもよくありません」

「だとしても。修のこれは与えすぎよ!」

 全ての箱を開けたけれど、頭からつま先まですべてのコーディネートができてしまった。

 ……悔しいけれど私の好みだ。

 一流ブランドだけれど、ブランド色が強くないもので構成しているからそれがわかりにくくなっている。

「お嬢様は何をお召しになってもお似合いになりますので。大変困ってしまいまして。いっそ店舗のもの全て購入しようかと」

「……そうしなかっただけよかったと思うべきなのかしら」

「お褒め頂きありがとうございます」

 ……ほめてないのだけれど。

「お嬢様が気になっておられたカフェを予約しております。明日参りましょう。制服では目立ってしまいますので、お着替えをご用意ください」

 ……カフェの予約……。まさか。

「貸し切りとかではないわよね?」

「貸し切りにございます」

「何考えてるの!」


 私が担当しているのは、ファッションとジュエリー、建築、不動産。

 これらの連絡がタブレットにたまっている。

 お昼に一度端末を確認して。急ぎのものだけ回答して。

 必要なものは電話もするけれど、さすがに聞かれると問題なので、屋上に駆け上がる。

「ええ。その件について確認しました。もう少し費用を抑えられないでしょうか。予算はありますが、もう少しだけ余裕を持たせたい。……ええ。お願いします」

 ふう。

 ……仕事があってよかったわ。

 まったく修は何を考えているのかしら。貸し切りだなんて。

 もちろんカフェに行くのは楽しみよ。だからといってやりすぎなのよ。なにもかも。昔からそうだった。修は私の望みを叶えるし、何でも与えてくれる。私が望めば。小さい頃はそれが嬉しくていろんなことを望んだけれど、それはダメだって思ったし、私も高校生だからちゃんと考えるようになったけれど。

「お待ちしておりました。お嬢様」

 いつもと服装が違う。

「お嬢様もお着替えがすまれているのですね。では参りましょう」

 ……エスコートしてくれるのはいいのだけれど。

 仰々しいわね。

「お嬢様」

 椅子をいつものように引いてくれて。

 正面に座った。

「自分までよろしいのでしょうか」

「ええ。私の望みよ」

「承知しました」

 私だけの予定だったのを同席させた。


 一人なんて嫌よ。


「こうしてお嬢様のお誕生日をお祝いでき、自分は幸せです。本日も大変お美しい」

「ありがとう」

 まったく。感情の起伏を感じさせない声なのに、なぜかそれが心地よくて。その声で言われると、ただありがとうしか返せない。

「気に入っていただけて何よりです」

 ……うるさいわね。

 目がまっすぐ向けられている。

 そうよ。

 修がくれたものをすべて着ているわ。アクセサリーもすべて。

 ……修が選んだんだもの。気に入らないわけがない。

「お嬢様」

「なにかしら?」

「来年もお祝いをさせていただきたいのですが。よろしいでしょうか」

「あら。それ毎年聞くけれど答えは同じよ」

 まっすぐ見つめ返す。

「あなた以外からの祝いなどいらないわ。修からのおめでとうだけが私はほしいわ」

「承知いたしました。お嬢様」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ