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鹿の恩返し

 「お前のような生意気な奴と、結婚なんてしない。聖女なんて言うのも、まやかしだろう。よって、婚約は破棄させて貰う!」


そう叫ぶ王太子ミルツカーナは、態々執務をしている婚約者の所へ来て、指を差して叫んだ。周りの文官達はオロオロするばかりだ。


「急にどうしたのですか、王子。夏負けですか?」

突然の爆弾発言に、思わず心配して声をかけた。


「何て呑気なことを! お前は用済みだと言ったのだ。解ったか?」

何だか怒られてしまったわ。

でもそんなことを、勝手に決めて、国王に怒られないのかな?

愛だの恋だのはないけれど、情だけはあったのに。

やっぱり、あの噂は本物だったのかな?

真実の愛と言うやつ。

好きな人でも出来たのか、年頃だもんな。


私は別に、構わないのだけどなぁ。

側室でも愛妾でも、好きにしたら良い。

子供もその人と作ったら良いのにと、一瞬思った。


でも、出て行けと言われたなら、出て行くよ。

まあ、邪魔物は居ない方が良いわよね。



「承りましたわ、殿下。今までお世話になりました。

どうぞ、お幸せに」


綺麗なカーテシーをして王宮を去る私は、ラズモアナ・ギルイワン侯爵令嬢。


ギルイワン侯爵家の長女だ。

王太子との婚約は、幼い時に決定していた。

なので歴で言うと、13年目。

16才になる来年に、結婚が決まっていた。


私は侯爵家に帰り、王子から婚約破棄されたことを告げた。

「申し訳ありません、お母様。王子のお役に立てなくなりました。気まずくなるので、隣国へでも行こうと思います」


「貴女のせいじゃないわ。でも貴女は、一人で隣国へ行くのに不安はないの?」


「はい、大丈夫です。幸いなことに、聖力がたくさんありますので」


「そうなのね。寂しくなるけれど、元気でね」


「はい、ありがとうございます」


優しいお母様は、心配そうに私を抱きしめてくれた。

こんな私を慈しんでくれた人。



「お父様もお元気で」


「ああ、ありがとう。君がいないと、寂しくなるよ」


「………嬉しいです。本当にありがとうございました」


がっちり筋肉のお父様は、いつも妹と同じように大事に育ててくれた。頼りがいのある善良な人だ。



「お姉さま、行っちゃうの? もうマユナと遊ばないの?」


「そうね、もう遊べないわ。でも、お手紙とお土産は送るわ。そのうちマユナが遊びに来て、ね」


「うん、行く。すぐ行くから。元気でね。

うぇーん、お姉さま。いやぁ」


「マユナも元気でね。………じゃあ、行くわ」


可愛い可愛い、私の妹。

抱き合いながら、泣きそうになる。

出来るなら、お嫁に行くのを見たかった。

離れたくない気持ちが強い、けれど………



私は挨拶を終えて、この国を去った。

これ以上の迷惑はかけられないから。


元気でいてね、みんな。



◇◇◇

「なんじゃと、勝手に婚約破棄をしただと!」


国王は、息子(ミルツカーナ)の言葉に絶句した。

王子は昔から視野が狭いから、思う通りに事が運ばないと横暴になることがあるのだ。


「だって父上、ラズモアナは生意気です。いつもいつも上から目線で、たかが侯爵令嬢の癖に威張り散らすし。その点アクアマリンは、治癒も回復も出来て、奥ゆかしい素晴らしき女性です。彼女なら「もう良い! 好きにしろ」な、父上」


もう遅いのだ。

息子は自分から、幸福を逃がしてしまった。


でも、これで良かったのかもしれない。

彼女の力は、息子には過ぎたものになっただろうから。



「ラズモアナよ。

貴女はもう、気が済んだのだろうか?

私の愚息が済まないことをしたね。

でももう、気にしなくて良いんだよ」


私は彼女の覚悟を聞いていた。

だから息子と婚約させたのだ。


ただラズモアナは前世鹿だったので、人間の機微には疎かった。所詮動物的な求愛行動のように、押せ押せ一直線である。またそこが、彼女の敗因であった。


◇◇◇

前世でラズモアナは、密猟からミルツカーナに助けられた神の鹿だった。彼女を庇って毒矢に倒れ、命を落とした彼に後悔と感謝の念が宿る。


「今度は私が、貴方の盾になります。助けてくれてありがとう」


そうして記憶を持ったまま、ラズモアナとして生まれたのだ。

1才を過ぎた頃から彼女は流暢に言葉を操り、姑に苛められていた母スワンを助けた。


「誇り高き侯爵夫人が、嫁を苛めるのはいただけませんわね」と。

なんといってもオムツも取れない赤ん坊が、母親を庇ったのだ。姑も絶句した。

スワンは美しく気立ても良いが、息子には王女と結婚して貰いたいと言う目論見が外れたことで、やつあたりしていたのだ。


「何なのこの子、気持ち悪いわ」


そう言って睥睨したきり、寄り付かなくなった姑。

それからスワンは、ズタズタの自尊心を少しずつ取り戻し、元気になったのだ。


「ありがとう、ラズモアナ。ごめんね、頼りない母親で。でも心配かけないように、頑張るからね」

ぎゅっと、愛娘を抱きしめるスワン。

その温かさに、ラズモアナは目を細めた。



その後、父ダーリンにも渇を入れた。

「お父様! 仕事は大事ですが、妻を守れない男は甲斐性なしと言われますわよ。たまには労って、愛の言葉でも囁きなさいな」


「えっ、ラズモアナ。お前が言ったの?」

驚くダーリンだが、娘の言葉は胸に染み込んだ。


「済まないな、スワン。俺は口下手で、気のきいたことも言えずに不安にさせた。愛しているんだ、ずっと昔から」


妻の手を取り、真っ赤な顔で愛を囁く夫に、妻も応える。

「私も、大好きです。幼い時から」


そして見つめ合う二人は、仲直りを果たし妹も生まれた。

ギスギスした、嫁のドアマット展開は回避されたのだ。



でもはっちゃけたラズモアナは、そのまま隠してはいられない。自分は前世の記憶を持って生まれたのだと、この段階で伝えたのだ。


なので、それを信じた両親と彼女は、2才からは大人としての付き合いが始まっていった。流石に神獣の鹿であることは隠した。

盛りだくさんだと、情報処理が大変そうだから。


そんな感じなので教育もスイスイと進み、王太子の婚約者候補となった。

ラズモアナは、お世話になったミルツカーナの前世に、恩返ししたいと両親に伝えた。そしてそれは国王夫妻にも、密かに伝わっていた。


ラズモアナの優秀さは群を抜いており、理屈では説明出来なかったが、前世持ちならば納得だった。

過去にも、そのような者は存在していたからだ。

ただ、前世持ちでも残念な人は多かったようなので、資質は言うものがなである。



こうして婚約者となったラズモアナだが、ミルツカーナからすれば彼女は優秀過ぎた。

やることなすこと、完璧なのだから。

そして親目線で、こちらを見つめてくる。


「ゆっくりで大丈夫ですよ。私もお手伝いしますから」


そう言って、教師のように自分を導くのだ。

最初は、優しくて美しい彼女が好きだった。

けれど限度がある。


周囲だってラズモアナを評価するばかりで、自分の頑張りを認めてくれないのだから。


「畜生、もう、やだっ。あんな奴嫌いだ!」


そんな時に出会ったのが、アクアマリン・チャンター子爵令嬢だった。彼女はミルツカーナを、「イケメン王子、格好良い」と憧れて好きになった。


他の令嬢達はラズモアナには敵わないと、一線を引いて王太子妃候補から撤退していたので、意地悪もされずに近寄ることが出来てしまった。



そこで惹かれ合ってしまった二人は、逢瀬を重ねて愛し合っていく。だが、反対することもないラズモアナに、ミルツカーナは疑念を抱く。


「もしかしたら、ラズモアナは俺を好きじゃないのか? 王妃になりたいだけなのか?」


ずっと共に過ごし、家族のように思っていたラズモアナを信じられなくなったミルツカーナ。


そして執務室に押し掛け、衝動的に婚約破棄を告げたのだった。



◇◇◇

彼女が隣国へ旅だって暫くし、ミルツカーナに手紙が届いた。彼は恨み言を覚悟して、それを読んだ。


「拝啓、ミルツカーナ様。

お元気ですか?

私は今、教会で聖女の力を使い、人々に奉仕しています。

私は前世で、貴方に命を救われました。

その時貴方は、私を庇って矢に刺され絶命したのです。

生きていたなら、その時に恩返しできましたが、叶わずに後悔が残りました。

記憶を持って生まれたのは、きっと恩返しをする為だと頑張ったのですが、空回りしたようです。


貴方を不快にするつもりはありませんでした。

許してくださいね。


私の願いは貴方の幸せです。


遠い国から、貴方の健康と幸福を祈っております。


ラズモアナより」



手紙を読んで涙するミルツカーナ。

「言ってくれれば、信じられたのに。ごめんな、尽くしてくれたのに…………」


流石に彼も、前世で自分が死んだことを話さなかった気持ちは理解できた。ずっと恩返しと思って傍にいられるのは重いことだから。

本心で尽力してくれた優秀な彼女のいない今、彼はとても多忙を極めていた。


隣にはアクアマリンが、四苦八苦しながら王妃教育を受けている。


「寝る暇もないですが、ミルツカーナ様の為なら頑張ります!」

ガッツのあるアクアマリン。

彼女は凡庸だが、愛情深い女性だった。


王妃はラズモアナと茶飲み友達だったから、嫁と言うのがピンとこなかった。前世持ちなのを知っているから、対等に会話していた。それが出来る知性もあったから余計に。


ミルツカーナと和解したなら、もう帰ってくれば良いのにと待っている。


ミルツカーナもアクアマリンもそう思っているけれど、単純に、隣国の食事が美味しくて戻ってこないラズモアナ。

「前世は鹿の姿だったから、人間の料理を食べられなかったの。実は、ずーっと羨ましかったのよ。今は食べ物が美味しくて、嵌まっちゃった。全料理を網羅したら帰るわ」

なんて、今世の侯爵令嬢は、ふくよかになっていた。

羽目を外し過ぎて、可愛いけどプクプクしている。


「帰る前に運動しなきゃ、誰だかわからないかも?」



そうして痩せて、銀糸の髪と紅の瞳で元の国に戻ったラズモアナ。

そこにはミルツカーナと肩を寄せ合う、アクアマリンの姿があった。


「やっと帰ってきたな、お帰り」

「お帰りなさい、ラズモアナ様」

「ただいま戻りました、……殿下」


仲良さげな二人の出迎えに、一瞬だけ顔がひきつってしまった。そして婚約者ではない私は、名を呼ぶことさえ出来ないのだ。


チクリと痛む胸の痛さに気づく。

嫌われても平気だと思っていた。

けれど、彼の隣が自分でないことに漸く気づき愕然とする。

ああ、これが失恋なのだと、やっと解った。

彼のことを、恋しても愛してもいないと言ったのは只の意地だ。

そうじゃなければ、追いかけたりなんかしない。

神獣を辞退して、輪廻の輪に飛び込んだりしない。


「好きだった………………」



神獣だから、何でも上手くいくと高を括っていた。

全てをかけたなら、思い通りになると思った。

なのに、今人間の感情はこんなに悲しい。


前世なんて、覚えてなければ良かった。

そうすればきっと、知らないことを一からミルツカーナと学べたはず。

優秀なんて言われなくても、同じ課題で悩めたはずだった。


最初から何でも出来ることは、決して良いことじゃないのね。

こうして一つずつ、学んでいくのが人間なんだ。

きっと、生きている間はずっと。


もう自分の手には戻らない、ミルツカーナを思いながら。

何が悪かったのかを自問自答する日々を越えて、人間1回目の時間は無情に流れていく。


「これから私にも、愛せる人が出来るのかしら?」


誰もいない草原で、一人呟くラズモアナ。


少なくとも彼女には、家族の愛はしっかりと残っている。

今後の出会いは、ラズモアナ次第。


彼女を過去に助けた彼は、初めから此処にはいなかった。全ては過ぎ去った過去なのだから。


辛くても、今を生きるしかないのだ。




どうやら、鹿の恩返しは只の初恋だったようだ。






太ったのは、やけ食いかもしれない。


7/18  11時 日間童話 (すべて) 1位でした。

ありがとうございます(*´▽`*)♪♪♪

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