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6話・初詣

 年明けの初詣。親戚の集まりから抜け出した僕は、浅草寺を訪れていた。三が日の来場者数は二百万人を超えると有名な場所だが、六日目の平日ともなれば多少の落ち着きがある。

 普段外出はしないほうではあるが、年に一度の参拝だけは欠かしたことがなかった。


 バスケの試合の日以降、葵とは合ってない。年末に「来年もよろしく!」と年明けに「今年もよろしく!」との連絡があったきりだ。


 参拝を終えて、出店を横目に通りを歩いていく。すると、屋台のほうから見知った声が聞こえた。


「葵、さっきから食いすぎじゃね?」

「育ち盛りだからいいってかーちゃんが言ってた」

「葵―。ベビーカステラ食べる?」

「お、食う食う」


 世間は狭い、とはよく言ったもんだ。合計三名の男女混合学生グループは、葵をはじめとした同級生らだった。正直、葵以外の面子は初対面。葵の隣を歩く細身の男子生徒は、確か同じバスケ部………だったような気がする、程度だ。


 気づかれないように立ち去ろう、と思ったのに。


「あ、九条」


 背の高い葵が、真っ先に僕のことを見つけてしまった。


「誰? 葵の知り合い?」

「体育んときに話しかけてたやつ?」


 残り二人の視線も一気に集まり、僕はその場で視線を落とす。すると目の前までやってきた葵が、能天気に口を開いた。


「九条も初詣帰り?」

「う、うん」

「俺らも。一人で来たん?」

「そうだよ」


 なるだけ周囲の人間を気にしないよう、葵との会話に集中する。が、彼の後ろにいた女子生徒が「あ」と何かを思い出した表情をした。


「あ、九条って。あれじゃん、九条グループのボンボン」


 女子生徒の声に、ギクっと肩をすくめる。


「アタシのお兄ちゃんがコイツの兄ちゃんと同級生なんだよね。超頭良くってさ。海外の大学に合格したんだって」


 自分から発した記憶はないのに、どうしてこうも周りは情報に聡いのか。早く立ち去りたい気持ち悪さを覚える。葵を見れば、バツの悪そうな顔をしていた。おおよそ、僕が以前言った「目立つから話しかけるな」という言葉を思い出して、反省しているのだろう。


 葵の性格を考えれば、反射的に声をかけてしまっても仕方がない。注意して以降、学校内でむやみに話しかけることはなくなっていたのだから、事故だと思おう。


 どうやってこの場を立ち去ろうかと言葉を探していると、グループのもう一人の男子生徒が欠伸を噛み殺しながら口を開いた。


「どうでもいいわ。俺らには関係なくね?」


 その言葉に顔を上げる。


「つーか、アカリ。お前、そうやって人の情報ペラペラ話す癖、どうにかしなよ」

「アタシは別にそういうつもりでいったわけじゃ……!」

「見知らぬ人間から勝手に家族を引き合いに出されるの、お前が思ってる以上に気持ちわりぃから」


 彼の歯に衣着せぬ物言いに、女子生徒は眉尻を下げて顔を俯けた。


「……ごめんなさい」


 落ち込む女子生徒の様子を見た彼は、ふうっと息を吐き出し、僕に視線を向けた。


「うぜぇって、別に言っていいよ」

「い、いや! 僕はそこまで思っては……」

「じゃあ、許すん?」


 別に許さないとまでの憎しみは持ってない。コクコクと何度も頷くと、彼は彼女の頭に手を置いた。


「優しい奴でよかったな。一件落着っつーことで、切り替えな」


 彼から頭を撫でられ、女子生徒は耳を赤く染める。あ、彼のこと好きなんだな。と恋愛に疎い僕でも分かるくらいには表情に出ていた。

 男子生徒は相変わらず温度感のない無表情をしつつも、僕に再び視線を向ける。


「詫びに、なんか奢らせてよ」

「いや、本当に気にしてないから!」

「まあ、言葉を変えると……俺らの中にある罪悪感を、多少の偽善で帳消しにしたい。あんまり君の遠慮がどうとかは考えてない」


 これまたストレートな。だが、人間関係の駆け引きが苦手な僕としては、利害を含めて直接的に伝えてもらった方が割り切れる。

 葵の方を見れば、彼はハッとした顔をして頭を掻いた。


「俺は……九条と一緒に遊びてぇなって。いつ誘おうか年末年始ずっと迷ってて、つい声かけちまった……ごめん」


 淡白な業務連絡に近いメッセージの裏で、コイツそんなこと考えていたのか。と、驚いた数拍後にはおかしさがこみあげてきた。

 葵は僕の様子を窺うように恐る恐る、でも恥ずかしそうに言葉を続ける。


「だからあの、さ……一緒に回らね?」


 葵の妙に弱弱しい姿を見て、僕の中で早く立ち去りたいという気持ちがいつの間にか消える。そして理由も根拠もなく、「まあいいか」という感情に気持ちが寄った。

 いつもの僕であれば、頑なに帰宅することを選んでいたと思う。しかし、「葵がいるなら、まあいいか」という思考に流されてみようと思った。


「いい、けど」


 僕の返事を聞いた途端、葵の表情が明るくなる。


「やった!」


 いつもの調子に戻って肩を組まれ、僕の口からも「離れろよ」といつもの可愛げのない言葉が漏れる。


「こっちが海斗(かいと)。んで、こっちが朱里(あかり)な」


 改めて僕たちは自己紹介を交わした。平均的な背丈をしたダウナー味溢れる男子が、荒川海斗(あらかわかいと)。ややギャルっぽい女子が御堂朱里(みどうあかり)

 成り行きに任せてグループに加わった僕は、場を回すのが葵だったということもあり、会話自体には困らなかった。

 話を振られたら答える。そんな可もなく不可もなくの距離感で時間は進んでいった。


 一時間くらい経ったころだろうか。焼きとうもろこしを食べたいと列に葵が並び、朱里さんはその間にトイレに行くと言って場を離れた。二人の帰りを待つ間、流れで海斗君と二人きりになってしまった。


(い、今更緊張が……)


 悪い人ではなさそう、と最初に庇ってもらった感覚から安直な人柄を導く。が、喜怒哀楽が基本的に分かり辛く、何を考えているのか分からない彼との時間は居心地の悪さが勝った。


「葵、いい奴でしょ?」


 自分もトイレだと言って離席しようか、と考えていた時、彼の方から話を振られる。


「は、はい」

「同級生なのに敬語? ウケる」

「えっと。う、うん」


 言い直せば、海斗君はようやく少し口角を上げた。


「いつから仲いいの?」

「期末のあと……くらいからかな?」

「へぇ」


 会話が続かない。振った本人は、それ以上会話を広げる気もないようだ。何か、何かと頭を回し、僕の方から今度は話題を繰り出す。


「あ、あの! さっきはありがとう」

「さっき?」

「僕の家族の……庇ってくれてありがとう」


 海斗君はしばらく考える表情をしたあと、「ああ、あれか」と呟いた。そして目を伏せる。


「別に。俺が嫌な気持ちしただけで、君の気持ちを汲んだわけじゃないから」

「そ、そっか……」


 またこれで会話終了か、と次の話題を探していると、意外にも海斗君は言葉を続けた。


「……俺の兄貴、バスケの指定強化選手でさ。次期オリンピック代表入り筆頭って言われてるんだわ」

「え、すごい!」

「かたや俺は、中学バスケレベルですらレギュラー入りできない出来損ないなわけ。兄貴の話題を周りが勝手に出すたびに、うぜぇなっていつも思ってる」


 ため息と共に空を見上げる彼の横顔は、「うんざりだ」という気持ちで溢れているように見えた。


「俺だって、兄貴と変わらないくらいバスケが好きだし、兄貴がやってた練習メニューと同じ量こなしてる。なのに、生まれ持った才能の差で扱いが変わる。ガキみたいな考えかもしれねぇけど……俺を語るときは俺だけを見ろよって思うわけよ」

「……分かるかも」


 海斗君とすべての境遇が同じなわけではないけれど、彼の考えは理解ができた。同調とは、このことを言うのだろう。同時に、彼のことを強い人だと思った。

 僕は彼のように、自分の気持ちを言語化できない。なにより、誰かに対して訴えかけることも抗議することもできない。


「でもさ」


 海斗君は少し間をあけ、初めて嬉しそうに笑う。


「葵といると、割とどうでもよくなる。アイツの才能は嫉妬の次元を超えて尊敬するし、色々と諦めもつく。なにより、俺の等身大と向かい合ってつるんでくれんのが、心地いいんだわ」


 だから、葵がいてくれてよかったわ。と海斗君は歯を見せた。


「僕も、葵が友達になってくれてよかったなって思うよ」

「だろ? 俺と違って分かりやすい性格だし、最初は合わねぇなって思ったけど」

「そうそう! 最初は何だコイツって!」

「分かるわぁ。ズカズカと人のパーソナルスペースに押し入ってくるしな」

「でも、まあ葵なら仕方ないかって」

「対して出会って時間も経ってないくせに思うんだよな」


 入学してから初めてといっていいほど、他人との会話がスムーズに進む。自分の頬が自然と上がっていることに気づいた。


(他人に勝手な偏見ばかり持ってたのは、僕の方だったな)


 葵と海斗君というたった二人だが、会話をしてみれば笑い合えることのほうが多い。他人との交流は悪いことしか起こらないと思い込んで避けてきた僕の人生経験のなかに、「話せてよかった」という経験が増えていく。


「あ、二人とも戻ってきた」


 海斗君の声で正面を見れば、葵と朱里さんが戻ってきているのが見えた。


「ねぇ、皆! あっちに焼きそば屋あったよ! 海斗が好きな細麺のやつだよ!」


 朱里さんの言葉に、海斗君が体を動かした。


「なんでこう、女って並んでまで食いもん欲しがるんだろうね」

「それ……葵もじゃない?」

「確かに」


 クスクスと海斗君は笑い、葵の帰りをまたずして朱里さんの方へと向かおうとする。が、去り際に僕に耳打ちしてきた。


「あと。アカリ、俺の彼女だから。好きにならないでね」

「な、ならないよ!」


 海斗君はそのまま朱里さんと合流し、会話をしたあと人ごみの中に消えていった。


「海斗と何話してたんだ?」


 僕の元に来た葵は、不思議そうな顔で首を傾げる。両手には二つの焼きとうもろこしが持たれていた。


「秘密」

「なんだよ、教えろって」

「嫌だよ」


 葵は不満そうであったが、まあいいかと僕に焼きとうもろこしを差し出してきた。


「食う?」

「……ありがとう」


 初めての友人。初めての遊び。初めての人との距離感。


(葵と出会ってから、人生が変わったみたいに思える)


 葵といれば、自分の置かれている環境も卑屈さも考えなくて済む。絵を描くこと以外で、何も考えなくていい時間があるとは知らなかった。


「葵」

「ん?」

「……ありがとう」

「なんだよ、二回も言わなくていいってば」



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