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せいちや 2

「そろそろ又ここが痛む季節だよ」

 柿本は、腎臓辺りをさすった。

「崇くんはお元気ですか」

 黄島がお絞りで手を拭きながら聞いた。

「ああ、元気元気、やんちゃが過ぎるよ。もう五年くらい経つかな、あれから」

「あの時はびっくりしましたよ、三男の崇くんのために、大事な総裁選の直前に生態腎移植された時は」

「ああ、そうだ。普通はやらないね。私だったら、どんな手を使ってもドナーを探すね」

 大川は、真っ白なお絞りをパシパシとテーブルに打ち付けながら喋った。

「でもそれが功を奏したんですよ。世論は柿本総理誕生を強く望みましたからね。ねっ総理」

 佐倉女史は当たり前のように柿本の横に座っている。

「まあ、結果的にそうなったわけで、当時は、目まぐるしく状況が変わり、ホントのことを言うとあまり覚えていないな」

「術後三日で、投票日前日。いきなり街頭に立たれ演説されたときは、鳥肌が立ったね。柿本総理の誕生をそのとき確信したね」

「あの時の声が良かった。後方に医師が見えていてまだ万全の体調じゃないのに、声には張りと艶があり気概に溢れ、力が漲っていた」

「とても三日前に腹を切った人とは思えないほどだったよ」

「そういえば、久しぶりに先週崇に会ったが、奴が君に礼を言ってくれと言っていたよ」

 大川を見た。

 大川は、顔を上げず、手を横に振った。

「あぁだいぶ前に銀座で。たまたま同じ店に居たから奢ってあげただけだよ。やんちゃな外見に似合わずしっかりしているね、崇君は。何か月も前の話だよ」

 柿本は頷き、穏やかな笑みを浮かべ、五人を見渡した。

「本題に入ろう。聞いていると思うが、本国にテロリストが侵入し、国会を標的に活動を始めたそうだ」

「最新の情報では、すでに二名を拘束し、内一人は戦略的開放をしたと。辺見君間違いないわね」

 佐倉が辺見へ返答を求めた。

「はい。本日総理到着前のナキ大使館周辺にて、不審者を拘束。警視庁へ護送後、取り調べ、一名を東京拘置所へ移送。一名を逃亡に見せかけて開放」

「はっ。本当は、逃げられたんじゃないのか」

 大川は憎まれ口をたたく。

「いえ、確かに手違いでテロリストと疑わしき者を、皇居、国会議事堂に隣接する警視庁に連れてきたのは我々のミスです。彼らは仲間を取り返す習性がありますから、わざわざリスクを高めたことはお詫びします」

 辺見警視総監は頭を下げた。

「開放した一人は特殊訓練を受けた傭兵で、尋問しても時間効率が悪いので一計を案じ、彼女を開放しました」

「彼女!いま彼女って言ったの。傭兵のテロリストって女なのか」

「女性で何か問題がありますか」

 佐倉が、大川を窘めるように言った。

「いや、ソルトだっけ、みたいな」

「なんですかそれ」

「昔の映画ですよ。でもそれ、どちらかというとスパイものですよ」

「そうだっけ、スパイもテロも似たようなもんだろ。政府公認かどうかの違いだろ」

「また、大川さんは大雑把な」

 だから失言が多いんだよ。辺見は同門の先輩を心の中では軽蔑していたが、そこの文言は飲み込んだ。

「逃がした女には、他のテロリストたちの潜伏先までご案内いただこうと。警視庁の特別班が追跡中だそうだ。そうだろ辺見君」

「はい。現在日比谷のショッピングモールに潜伏中。尾行を警戒して、人混みに紛れて着替えをし、捜査の目を逸らす狙いだと思われます」

「大丈夫なのかね」

「お任せ下さい」

「一つ気になるのは、裏でアメリカがこの件に絡んでいる、そんな噂もある様だ」

「アメリカが?何の為に」

 柿本総理の不意の発言に、佐倉以外は驚きと怪訝な表情になった。

「ばかばかしい。何のメリットがあるんだね。我が国を混乱に陥れて」

 大川は大げさに机をたたいて見せた。

「危機管理の底上げの件でしょうか」

 それまで一言も発しなかった石ノ森が、抑揚の無い声で言った。

「もしアメリカが裏に居ればそうだろうな。しかしそれなら内政干渉も甚だしいな」

 ふんふんと、分かった風に大川が相槌を打った。

「まだ噂の段階で、この件は完全なオフレコだ」

「分かっております」

 柿本は念を押した。

「いっその事、捕まえたやつをアメリカに引き渡すか、そっちで処分してって」

「意地が悪いですが、その方が面倒では無いです」

「アメリカが絡んでいたら、の話だろそれは」

 やはり、話はそういう方向へ進んでしまう。これでは事実を公表なんてしたら、世間の騒ぎは大変なことになる。石ノ森は一人頭の中で状況を精査していた。

 楽園クラブからもたらされた情報は、公安内で留めるのがベスト。

 そう結論付けた。

「アメリカ政府の線は薄いかと。拘束した二人は確かにアメリカ国籍ですが、新興のギャング団、日本で言う半グレの輩です。米軍の特殊部隊ならいざ知らず、一介の輩にアメリカが任せるとは到底思えません」

「確かに、特殊部隊ならこんなに早くに逮捕者など出さないだろう。あっという間に総理の御首を掻いて撤収しているだろうよ」

 大川は左手で首を払う真似をして柿本を見た。

 柿本は少し驚いた風に後ろに体を反って、戻りながらその口元は笑みを含んでいた。

「大川さん、貴方はアメリカが主犯だった方が良かったんじゃないか。私の次は大川総理が濃厚だからね」

「嫌だなー総理、滅相も無い。選挙は水物だから絶対は無い。だから今のままで十分。柿本政権を末永く満期までお願いします。総理」

 お互い見つめあうと、わははと二人で笑う。

 満期の後は自分。それまでに面倒な案件はしっかり処理してくれというところか。


「この際、いっそのこと、暴漢に撃たれようと思う」

 唐突に、しかし真顔で柿本が吐いた言葉で、時間が止まったように一瞬の静寂に包まれた。


「総理!だめです。何のために。おやめください」

「柿本総理、何か含みがありますね」

 黄島がいつもの媚笑いが張り付いた顔から急変し、辺見は驚きを抑え柿本の意図を探る。

「もちろん万全の態勢で撃たれるのだ。撃たれたうえで国会の審議は続行させ、国会期間中に復帰する。そしてあの法案を何としても通す」

「つまり演出する。というわけですね」

 石ノ森が抑揚のない声で言った。

「そうだ、この騒動を利用する。実は先ほど、アメリカよりこのテロの標的が、私個人だと、日本国首相、柿本彦麻呂だと判明した。そう連絡があった」

「やはりアメリカが犯人ではなかったのですね」

 うむと柿本が頷き得意顔で語り始めた。

「アメリカが裏で動いているとの情報をある筋から得た。と大使館に確認を取ったところ、返事がすぐ来た。日本でのテロの情報を得たので、内々に調査し、確証を得てから連絡をくれるつもりだったようだ」

 ―なんと愚かな、情報戦を知らなすぎる。

 石ノ森は静かに落胆した。

 これがこの国の首長周辺の人材力なのか。

 まるで犯人に、お前が犯人だと噂があるがどうだと言っているようなものだ。

 もしアメリカが主犯であったなら、派遣したテロリストたちの警戒が増すだけだった。

 どちらにしろ、作戦の練り直しだ。

「アメリカさんは情報提供を惜しまないそうだ」

「総理、先ほどの演出、撃たれる。というのは」

 辺見が畏まり答えを待った。

「本物のテロリストには、君らの警備警察にしっかりと当たってもらうよ。期待してるよ」

「はい。それはもちろん」

「それと、これが重要。私を撃つ優秀な狙撃手を一人、選出しておいてくれ。絶対に腕のいい奴だぞ」

「えっ」

 平静を装っていた辺見は耳を疑った。

「防弾チョッキを着た私を撃たせろと言っているのだ」

「先に相手の標的を消してしまうのですね」

「そうだ」

「尚且つ、世論は総理への同情と、世界情勢の危機が日本に到来した事実の体感、そして守れなかった警察組織への疑義。これらは、総理のあの公約を成就させるには、うってつけということですね」

「石ノ森君、さすが公安随一の切れ者だっただけあるね。君を引き抜いて良かった。多分私が撃たれたらテロリストは諦めるか、または病室の私を襲いに来るか。どちらかだろう。後者の場合は、奴らを待ち伏せできるし、撃たれた私は瀕死ではなくぴんぴんしているからね。どこへだって移動できる。頼んだよ、辺見君」

 辺見は返答に詰まる。

 それはそうだ。

 首相が狙撃されるだけでも、警察の威信が地に落ちるのに、その犯人となる狙撃手も出せとは、確実に自分の首が飛ぶ。それだけでは済まないだろう。

「あぁ、君の進退は気にしなくていいよ。法案が通れば、君には新しい重要なポストへ移動してもらうから」

 辺見の躊躇を察し、柿本が言った。

 もうこの流れに身を任せるしかないようだ。

 大きな力の流れには身を任せる。これが出世の極意であり辺見の信条である。

「畏まりました」

 辺見は腹を決め、さっそく人員の選考を誰に頼むか考えをめぐらした。

「しかし、テロのことはまだ報道規制を敷いて、くれぐれも国民に気取られぬよう」

「下手に騒がれたら、出なくて良い膿が出るからな」

「総務省には釘を刺しといてくれ」

「総務大臣は後藤の爺さんか、俺あの人苦手なんだよね。副大臣の内村は後輩だから、あいつに頼んでみるよ」

 柿本のお願いを大川が渋々受けた。

「演出のためには、情報が無い方がよりインパクトがありますからね」

「佐倉君、黄島君、念のため、第一師団の都内展開が可能か、各方面へ調整を取ってくれ」

 佐倉はすぐさまスマートフォンを取り出し、さっそくどこかへ連絡を取り出した。

 媚笑いを取り戻した黄島も慌ててスマートフォンを取り出した。が、無駄に長い指が絡まったのか、すぐ隣にいた石ノ森に肘が当たったためか、スマートフォンを落とした。万事どこか要領を得ない。よくこの地位までその媚笑いで上り詰めたものだ。

「どうぞ」

 石ノ森に拾ってもらったスマートフォンで、黄島は急いでどこかへ連絡を入れた。

「第一師団〈自衛隊〉を動かすのですか」

 事の成り行きを整理しようと努めた辺見だったが、さすがに狼狽した。

「待ってください総理、首都の警護は我々の特殊部隊(SAT)や機動隊、公安の外事警察が受け持っていますが、第一師団はどこに展開するのですか」

 辺見としては当然の質問であった。

「現在の第一師団は、海外派遣で駐屯地勤務経験者ばかりで固めている。つまり命を奪いに来る敵から仲間の身を守る為に銃火器類を使用した経験者達ばかりだ」

 柿本の言は、圧を帯びた。

「君ら警察官は、テロリストと対峙して人である相手に銃を向け撃った者がどれほど居るのか。冷静に対処せねば、かえって一般民に被害が及ぶぞ」

 柿本は辺見を一瞥した。

「我が第一師団は、私が撃たれた後、速やかに国会及び皇居周辺を封鎖。各メディアも抑え、戒厳令を布く。都民の避難誘導や、便乗する暴動などの鎮圧は、君たち警察に任せる。黄島、諸々手配、佐倉君のバックアップしっかりな」

 どこかへ電話中の黄島は、横目で柿本を見上げ小さく畏まった。

「我々の警護は引き続き頼むよ。辺見君、石ノ森君」

 辺見と石ノ森はこくりと小さく頷く。


 柿本は、チリリンと、卓上のガラスの鈴を鳴らした。

 しばらくすると、人の気配がし、襖が開いた。

 女将が畏まっている。

「女将、始めてくれ」

 柿本がそう言うと、女将が頭を下げる。その横を女中が膳を持って通り過ぎ、突き出しが運ばれてきた。

 松茸寿司、銀杏と零余子の串焼き、とんぶり地浸けが、金沢の工房のものと思われる独楽文様漆盆に載っている。

 ここは、いつも料理に合わせて様々な器で料理を提供してくれる。


 さあ食べよう。


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