せいちや 1
午後八時ちょうどに、財務大臣大川を乗せた黒塗りのリムジンが横浜高島屋を左折、高島屋を左手に眺めながら一通路を進み、突き当りの交番を道なりにハンドルを右に切る。
この細い道路の両側に電気量販店や遊技場、ドラッグストアなどがネオンを光らせ昼のように明るい。途中小さな濁った川を渡る。海が近いせいか風向きによっては潮の香りすらする。昔はその川沿いに青いトタンの屋台が何十件と連なっていた。
道路に溢れる人混みを、ゆっくりと進み『せいちや』に到着したのは午後八時五分だった。
「ようこそ、お待ちしておりました」
女将と店主の姉弟が出迎えてくれた。
門をくぐり、背の低い灯篭に照らされた石畳を踏むと、焚かれた香がほのかに薫る。
玄関をくぐると、分厚い一枚板のあがり框は、最近ではお目にかかれない、歴史を感じる。
仲居に案内され、奥座敷へと畳廊下を大川はどしどしと歩く。
次の間を過ぎ、指定された席に腰を下ろす。
「ぶはー。おい、総理はどんな感じだ」
大川は、後を付きしたがっていた細身の男に聞いた。
「到着予定時刻は、定刻ちょうどと先ほど伺いました」
「なんだ、すぐ来るのか」
大川は、ちょっと一杯先に始めていようかと思っていた。
襖がス、スーと静かに開いた。
内閣総理大臣柿本が、手首のボタンを外しながら入ってきた。
その後ろを見知った四人が連なり入ってきた。
防衛大臣佐倉、防衛事務次官黄島、国家公安委員会委員長石ノ森、警視総監辺見だった。
「そのままそのまま、楽にしてくれ。皆も座ってくれ」
各々が用意された座椅子に腰を落とす。
「女将しばらくは。……後で声をかける」
入口に正座した女将に柿本は目配せをしながら声をかけた。
女将は一礼し、襖を閉めて姿を消した