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薮田班 1

 薮田班は移動車に乗り込み横浜へ向かった。

「今さん、俺、いつかあのテレビ番組でやってる新米食べてみたいんだよね。毎年改良しててさ、ガキの頃から毎年見てるからさ。きっと美味しいんだろうな」

 新六が車に乗るなり話し始めた。

 きっとさっき見た「新米あります」のポスターでそう思ったのだろう。

「父の田んぼからの苗……」

 中山はふと思い出したようにそうつぶやいた。

「なんですかそれ」

「昔、先輩から教わった、何処かの諺、かな」

 新六の顔に疑問符が見える。

「代が変われば、考え方や、やり方が代るけど、引き継がれてゆくものもある。その何気ない引き継がれるものこそ、いざという時に役に立つ。そんな事を伝えているらしい」

「へー、今さんはその先輩から、何を受け継いで、僕たちに伝えてくれているの」

 新六の表情が眩しい。

「うーん『一歩』かな。いざという時に踏み出せる一歩で、救えるものが違ってくる。この仕事では、逡巡する暇は無い。私はそう教わったな、その先輩に」

 新六の顔はいつもとは違って、真剣な顔つきになっていた。

「でもお前は、既にその一歩を手にしている。先ほど風船を掴んだ時の様に。」

 中山の満足そうな横顔を見て、新六は少し照れた。


『せいちや』は、横浜駅西口の繁華街を一直線に進んだ突き当たりの一角に古くからある。

 繁華街といっても、古い商業施設や、電気量販店、パチンコ屋、駅ビル、ホテル、総合遊技施設がバラバラに配置されている。

 その喧騒の中で、其処だけ竹や手入れの行き届いた松に囲われた古い日本家屋がある。

 料亭『せいちや』は、横浜駅周辺の特異点である。

 横浜駅と同じ時間その場所に存在している老舗料亭は、門をくぐると現からは離れた時間を過ごすと言われている。

 今では珍しいお抱えの芸子もいる。

 器類は、横浜駅の一日の利用者数と同じ数だけあると言われ、その陶器、漆器の質は高く、一式揃いの量も充実している。

 日本各地の窯元や、工房と独自のつながりを持っていて、ここでしか御目にかれない品もある。

 最盛期には、黒塗りのハイヤーが横浜駅まで続く一本道を、ズラリと列を連ね埋めたと言われている。

 旧き良き時代と云われる過去の残り香のような店だ。

 薮田班にとっては、通い慣れた場所だ。

 柿本総理御用達の場所である。月に一、二回は必ずここで重要人物との密会が行われる。

 店内は全て個室で、廊下は総畳張り、各部屋には次の間がある為、部屋に入ってしまえば、表の喧騒は遮断され、静謐な空間に身をゆだねることができる。音は外には漏れない。

 その為、防犯体系は確立されていて、守りやすい。

 近隣の高層ビル群には、所定のセキュリティースポットが確保されている。

 その名店も、柿本の政界引退と同時期に店を閉めると聞いている。

 後継ぎがいないのと、時代について行けなくなったと店主から前に聞いたとこがあった。

 今は柿本総理と古くからの常連客のためだけに店を開けているようなものだ。


 車は、羽田線沿いの工場地帯を通り過ぎ、左手に見えるみなとみらいのビル群を横目に静かに高速を下りた。


 横浜『せいちや』に到着した薮田班は、周囲を索敵、『せいちや』内を隅々まで調べつくした。

「この建物は良くできている。周囲の高層ビル群はきっとこの店舗ありきの外装なのかな。全ての部屋に対して射線が遮られている」

「きっとそうだろうね。あのバブル期や、戦後のもっと権力がこう、高慢な時期にきっと不文律が出来上がって、守られてきたんだ、この店は」

 新六と梶野が無線で軽口を叩き合う。

 確かに、周囲の建物は商業施設や、マンションであったり、雑居ビルであったりしても、この店に面する側に人が立てるベランダが無い。窓は全て羽目殺し、屋上にいたっても、この店を覗ける場所は、人が立ち入ることが出来ない工夫がされている。

 店内からも、見える景色は中庭か、味のある杉皮塀と生垣で、都会の喧騒を感じさせない。

 唯一の警戒ポイントは、昨年出来た真新しい隣のビルの非常階段くらいで、それが『せいちや』側に設けられている。その為、昨年ビルが完成した際は、神奈川県警や、横浜市長を巻き込んで、ひと悶着あった。

 もっとも、非常階段の踊り場からは、店内はおろか、店の出入り口さえ店自体の壁と樹木で遮られていて見ることは出来ないので最終的には店側が矛を収めた。

 時代が変わり、人が変わり、不文律への意識が薄れ、なし崩しに古い慣習が破られてゆく。それが正しいのかもしれない。

「班長、周囲、店内共に異常なし」

「ん。引き続き警戒に当たれ」

 野尻と薮田のやり取りを横目で眺め、中山は隣のビルに向かって歩いた。

 ビルの外壁に取り付けられた非常階段から、全体を俯瞰する為に下から屋上まで登ってみたが、感じるものは何もなかった。

 今日の襲撃は無さそうだな。


 横浜西口を見渡せる非常階段の踊り場で、秋の香りより夏の残り火を感じる重たい風が、中山の全身に纏わりついて去っていった。

 それは、得体のしれない襲撃者の悪意のように、中山は感じた。

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