中山四郎 2
中山がまた目を覚まし語りだす。
私はパソコンを立ち上げ、その記憶媒体を差し込むとフォルダが一つある。
ダブルクリックで開くと、別紙と書かれたPDFファイルがある。それをまた開く。
そのPDFファイルは石ノ森直筆の書がスキャンされていた。
此度の件、貴殿等の獅子奮迅の働きに、国として報いることが出来ず申し訳ない。
国家安寧の為、秘匿やむなしではあるが、その働きは勲一等ものである。
新規病院施設ガス爆発事故に伴う死者
警護課七名
SAT隊員二四名
さくらメディカルセンター職員一四名
黄島防衛事務次官
国会前記者会見において心不全にて階段からの落下事故による死亡
記者一名
不倫発覚による一酸化炭素での無理心中
柿本総理大臣、佐倉防衛大臣
柿本私設警護団八名
関連事案、柿本家三男崇が関与したと思われる事案で死者九名、行方不明者一名
重傷者一名
秘匿事案として処理するが、黄島防衛事務次官を首謀者とし、首相官邸で亡くなった記者一名と共謀し、国家転覆を画策。
警護課及びSAT隊の活躍により鎮圧したことをここに記す
熱く深く御礼申し上げる
しかし、先に述べたとおり、これは秘匿事案故コピー及び保存はできず。
ファイルを閉じるか又は一定時間経過後、自動消去される。
重ねてお詫び申し上げる。
国家公安委員会委員長 石ノ森政時
私はそれが消えるまで、モニターを凝視し目に焼き付けていた。
つまり、私が経験した今回の一件が、国家の秘匿事案となったということか。
世間一般では何も起こらなかった。
いや、柿本総理と佐倉大臣の国会開催中の心中というゴシップのみが国民に与えられた真実であった。
そこに国家としての取引があったのかもしれないが、私個人では今更調べようがない。
右足の神経は結局戻らず、多少不便ではあろうが私は今生きている。
あの死神から逃れることが出来たのだ。
班長や、野尻、三橋、宮地など、自分より若い者たちを犠牲にして。
彼らに感謝して、世間には知られなくても私が死ぬまで彼らを忘れることの無いよう供養してゆこうと心に誓った。
気が付けば日は沈み、空は残光を受け、薄雲を真っ赤に染め上げていた。
見事な夕焼けだ。
老後施設の屋上には、秋風がさらさらとまだ心地よく吹いている。
晴彦は、優しい笑みをたたえながら、少し腰をかがめ、車椅子に座る中山の耳元で囁いた。
「ええ、憶えていますよ。あなたに撃たれた感触は」
聞き覚えのある声色だった。
中山の全身に、真冬のような冷気が駆け巡った。黄島、いや、あの黒衣の男の声だ。
振り返り、まじまじと男の顔を見たが、黄島ではない。しかし見覚えのある顔だ。
男の胸倉を掴んだところで、全身の筋肉が中山の管理下から外れた。
その体躯は、だらしなく車椅子からずり落ちた。
男の眼鏡に映る赤い薄暮の光が消え、宵の帳が下りてきた。
男の眼鏡の奥底にある、その冷たい瞳を浮かび上がらせた。
まったく身体が言う事を利かない。
だが意識だけはある。
「忠告しましたよね。私のこと、他言無用と」
晴彦は、ゆっくりとしゃがんで、中山を仰向けにした。
その顔は確かに見覚えがある、はだけ襟元から渦巻の刺青がはっきりと見える。
「お前、は」
中山の口が回るのも、そこまでだった。
晴彦と呼ばれたこの男は、確か柿本の三男坊。
晴彦、いや柿本崇の姿の青年は、中山の背と両膝裏に腕を廻した。
「長生きしたくば、他言無用と」
ため息交じりの崇は、軽々と中山を抱え、ゆっくりと、ゆっくりと立ち上がる。
「私のことを洩らせば、こちら側へお迎えに参ると」
畳み掛けるように、矢継ぎ早に攻め立てられ頭が回らない。
崇に抱え上げられた中山には、なす術がない。
なぜ、目の前のフェンスがちょうど人一人通れる分だけ無いのか。
咄嗟に最悪の事態だけを想像できた。
〈私の人生は終わった。今完全に〉
「では、参りましょうか、アンダーワールドへ。ウェンブリウスへようこそ」
二人は、フェンスの切れ目から、すっと姿を消した。
まるで闇夜に溶けるように霧散し、それ以後、彼らを見た者はいない。
最後までお読みいただきありがとうございます。
ウェンブリウス編を構想しています。
気長にお持ちいただけたら幸いです。




