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フロント 1

「情報提供、感謝します」

「こちらこそ、こんなに早く逮捕者がデルとは、我々は日本という国を少し甘く見ていた」

「ははは。今日はたまたま鼻の利く者が現場に居たからです」

 警視庁外事三課の渡辺は、今では珍しいチェーン店では無い純喫茶で、男と会っていた。

 まだ暑さの残るこの時期に、三つ揃いのスーツに身を包んだヨーロッパ系とみられる白人と。

「我々はこの楽園を、出来るだけ長く維持したい。あなた方も我々を泳がせたほうが監視がし易いはずだ」

「その通りです」

「我々各国諜報員が、自由に出入りし、安全に情報収集が可能な国は、この日本しか無い」

 渡辺は黙って頷くだけだ。

「今、テロなど起こされて、日本政府が警戒を強めれば、我々の活動は窮屈になり、地下へと潜らねば成らなくなる」

 渡辺はコーヒーを啜った。

 芳ばしい香りを鼻から抜き、程よい苦味と後から現れる酸味を楽しみながら、この外国人の話を黙って聞いた。

「我々が地下に潜れば、あなた方も我々の行方を探すのに今以上の人員と時間と労力が必要になる。ツマリ、現状が、今の我々の関係がwin‐winである」

「そうですね」

「何も起こらない。このために我々楽園クラブは日本政府デハナク、あなた方に情報を渡すのです。くれぐれもお忘れなく」

「分かっております」

 渡辺は座ったまま頭を垂れた。

 相手の名は『フロント』 楽園クラブと呼ばれる、日本に滞在する各国諜報員のサークル的な集団の、代弁者だ。

 常にイヤホンとマイクロカメラ付き眼鏡をかけて、室内でも薄い皮手袋をしている。

 彼自身も元諜報員であったが、早々に引退し、今は日本で余生を楽しんでいる。

 楽園クラブで決まったことを、イヤホンから聴き、己が口から対象者に語る。

 その技術は、見るものが見れば舌を巻く。

 まるで自分で考え、決定したかのように、極自然な語り口である。

 現在彼自身、諜報活動はもちろん、クラブの会議にも参加していない。

 したがって、言わされる内容や、その背景など一切知りえてはいない。

 そこが彼の強みである。

 深刻な情報漏洩の心配は無い。

 対象者との会話は全て、別の場所にいる誰かが行っているのである。

「この二人ですが、お心当たりは……」

 渡辺は二枚の写真をフロントの前に差し出した。

 フロントは、二枚の写真に顔を近づけた。

 暫くして顔を戻すと。

「アメリカの広域ギャング団の構成員でスネ」

「アメリカのギャング団」

 渡辺は静かに驚いた。

「ボーダーファミリーという新興勢力で、多国籍、無国籍の集団です」

 フロントは、ティーカップを一口、喉を潤した。

 カップを戻しながら、話を進めた。

「各地域の、どこにも属すことの無かった者たちが、ある時突然、雷雲のように湧き上がったグループです。恐喝、強盗、誘拐、密輸、麻薬売買、殺人。犯罪なら何でも」

 渡辺は黙って頷いた。

「クラウド・クリミナルズとでもいうのか、インターネットの普及と供にテロリストが取った手法で成り立っている組織です」

 フロントの口調から外国人なまりが消えた。

「その時のオーダーで、作戦にあった人材を組織外からも調達し、組織同士の垣根を取り払いお互いに利益共有する。そこには大きな思想は飲み込み、小さな現実的利益を優先させている。実に合理的で、厄介なことだ」

 フロントは、そのまましゃべり続けた。

「このクラウド・クリミナルズを纏め上げたのが、ボーダーファミリーの幹部たちです。その中に、『シーマ』と呼ばれる東洋人がいて、その娘がこの女、『レディー』——元軍属だ。シリアでの地上作戦に参加している。……こいつは大物だな。裏サイトでレディー/ボーダーで検索すれば何かが引っかかるよ」

 フロントは、女の写真を指差した。そして、もう一枚に指を移した。

「この男は、ハッカーのサトウ・ブラザーズの兄『A』。本名は、佐藤英司、三十二歳、ニューヨーク在住、日本人。『B』と呼ばれる弟がいる。本名は、佐藤ビリー、二十九歳」

「このギャング団は、テロリストとも共謀するのですか?」

 渡辺は、写真を眺めながら聞いた。

「アメリカ国内では、彼らが関与した疑いのある事件は大小様々だが二百七十三件ある。内、テロとして扱われたのは二件。しかし、どれも立件できていない」

「アメリカ国外でボーダーファミリーが関わったとされる事件はありますか?」

「強盗四件、誘拐事件七件に関与している。どれも未解決かつその筋の裏情報としてのレベルだが。厄介なのは、その時のチーム編成で、実行犯は現場の国籍を持つ者か、同人種と思わしき者が人選されていたことだ」

「テロリストでは無いのですか?」

「奴らは利益のみ追求していて、思想など無い。ただの犯罪者集団だ」

 渡辺はフロントの瞳の奥に、静かな怒りを感じた。

「我々楽園クラブは、今回の一件はアメリカ合衆国のマッチポンプと断定する」

 渡辺は頭の中でフロントの言葉の意味を反芻した。

「アメリカがですか」

 渡辺は思わず顔を上げてしまった。

「これは、前々から噂されていたことで、この楽園で一番の被害者は紛れも無くアメリカ合衆国なのである」

 フロントが申し訳無さげに話し始めた。

「日本と同盟国であるアメリカは、常々日本政府に情報管理の底上げを要求していた。しかし平和ボケした日本政府、……失礼。には、危機管理能力が乏しく、先送りにしてきた。各国が喉から手が出るアメリカの情報が、ここ日本では、身の危険を感じずに手に入れることが出来るのだ。それはアメリカにとっては堪った物ではない。だからアメリカはこの楽園クラブには属していない」

 当然である。

「でも、楽園クラブの設立は確かアメリカ主導だったと聞いています」

「そうだ。各国がバラバラに暗躍していた時代に、アメリカが提案してきたのだ」

「アメリカもクラブの一員だと思っていました」

「設立間際に脱退したのさ、アメリカはいつもそうだ。バラバラのものはひとつにまとめたほうが監視しやすいからな。いつもそうだ、大きな決め事の最終段階で、都合よく大統領が変わるだろ」

 渡辺は納得した。

「つまり、今回の件は、アメリカによる陰謀で、日本の危機管理を上げる目的なのですね」

「今の段階では、我々はそう判断している」

「他にボーダーファミリーで、来日しているメンバーを探せますか」

「やってみよう」

 話が終わる間際、渡辺はもう一枚写真を出した。

 白い風船に白のマジックで“096Z‐96„と書かれていた。

「最後に、こちらの文字列に何か心当たりはございますか」

 フロントは、差し出された新たな写真を覗き込むように、まじまじと眺めた。

「いえ、今のところは何も出てきませんね」

 渡辺は、一瞬違和感を覚えたが、黙って頷いた。

 フロントが体を戻し、ティーカップに手をかけ、飲み干した。

「では、二時間後、又」

 フロントが立上り、カウンターへ千円札を置いて店を出て行った


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