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それぞれのエピローグ

 老人は、額の薄くなった生え際をそよぐ心地の良い風に気づき、ふと目を開けた。

 寝てしまっていたのか。

 少し体を起こすと、その風は、『せいちや』横の踊り場で受けた嫌な重苦しさはなく、軽やかで優しく頬を撫でてくれるようだ。

 施設の屋上。最近は気晴らしによく連れて来てもらっているお気に入りの場所だ。


「それから、意識が戻ったのは半月後だった。退院が出来たのはさらに半年後だった」

 老人は、先ほどまでの話をその続きから語り始めた。


 入院中に誕生日を迎え、結局登庁することなく私は退職した。

 事情聴取もなく、ニュースでは新しい内閣が発足していた。

 噂では、柿本と佐倉は不倫中に心臓マヒで亡くなったという。

 我々は、いったい何を守っていたのか。

 多くの尊い命を懸けて。

 亡くなった仲間が哀れで、思い出しては悔し涙が落ちてしまう。


 やりきれない思いを抱きつつ、無事退院し自宅に戻ると、そこには二通の手紙があった。

 一通は妻からである。

 これまでのねぎらいと、今後は別々の道を行きましょうという内容だった。

 離婚届も丁寧に私が判を押すだけになっていた。

 見舞いに一度も顔を出さなかったので、薄々は感じていた。

 これまで迷惑をかけたな。

 中山は一人、静かなリビングでそう口に出して謝罪した。


 もう一通は石ノ森国家公安委員会委員長からであった。

 入院中、私が最も知りたかったのは、この手紙だろう。

 そう思いながら、だから妻が出て往くんだなと、一人納得した。


 事件の顛末が書かれていれば良し。

 丁寧に私は封を開けた。

 内容は極簡潔に


 今回の件は国家事案として極秘

 守秘義務を厳守

 国家公安委員会委員長 石ノ森政時


 それだけか。

 そう思った封筒の中にカード型記憶媒体があるのを発見した。

 中山はまた目を閉じ、黙ってしまった。

 

「総理、あの後ずっと警護班の車の中にいたの?」

「あぁ。あの爺さんの服を着て何とか車までは歩いたが、息するのも辛いから、医院長に薬を貰って車の中でずっと寝ていたよ」

「それが良かったのかもしれません。私も恥ずかしながら気絶したため、奴に命を奪われることはなかったと、石ノ森が言っていたわ」

「そうだな。君が無事で良かった」

 柿本は優しく佐倉の肩を抱いた。

「さっき聞いたのだが、院長は残念だったな。すまない」

「いいえ、仕方のないことです。総理のせいではありません」

 佐倉大臣はそう言ったが、その声は微かにふるえていた。

 タン。

「しかし、あの黄島が伝説の殺し屋? はっ、笑わせてくれるよ。全く」

「えぇ、あの黄島が。でも本当に総理がご無事で何よりでした」

 さりげなく話題を変えてくれた柿本の優しさに佐倉は感謝した。

 北鎌倉の総理別宅。

 円覚寺にほど近い、むせ返るような緑に囲まれた立派な屋敷である。

 柿本総理と佐倉大臣の二人は、数名の私設護衛隊のみを伴い極秘裏にこの屋敷に移動してきた。

 裏口から抜ける小道は、山の尾根伝いに各寺の奥の院へ繋がる古道へ出ることが出来る。七百年前の防衛システムである。

 昨日命を狙われ、自分の為に多くの人々が無為に殺されたというのに、佐倉大臣と一緒に休養とは、死んだ者も浮かばれまい。

 ドタ。

「ん。何かさっきから騒がしいな。おいっ。どうした」

 柿本がベッドから上半身を起こすとそこには喪服よりも黒い服装の見知った顔があった。

 いつの間に部屋に入り込んだのか。

「うぉっ。お前、なぜここに」

「はは、この体、気に入ったよ。黄島さんも良かったけど。あれ、眼鏡忘れてた」

「きゃー」

「キャーが最後の言葉とは、政治家としてどうなの」

 ベッドですでに事切れている二人を見下しながら右手で自分の耳の裏側を弄ると、その手には黒い羽根が一枚。

 それをベッドの上に投げ捨てると、黒梟はスマートフォンを取り出し、任務完了とだけ打ち込んだ。

 辺りは何事も無かったように、秋の虫たちの共鳴が鳴り響き、まるでそれは大自然からの壮大なレクイエムのごときであった。

「カカカ、虫けらにはお似合いの手向けだな」

 そう言い残すと、新しい『ボル』は音もなくその場から消え失せた。

 

 公安の渡辺は事件当日、現場であるさくらメディカルセンターの向かいのビルで監視をしていた。

 目の当たりにした一方的な殺戮を、現実と受け止めるのに三日かかった。

 また、ウェブサイトに上がる柿本総理と佐倉大臣の死去のニュースにやるせなさを感じ、殉職したSAT隊と護衛官たちに多少の後ろめたさを感じていた。

 生き残った中山という退職間際の警護官でさえ、今後真実を知らされることは無いだろう。

 彼はきっと入院をしたまま退職の日を迎えるのだろう。

 渡辺は彼らの無念を想像することしか出来なかった。


 柿本と佐倉はきっと『黒梟』に殺されたのだろう。

 二人は事件後、事情聴取も受けずに鎌倉の総理別へ宅直行したという。警察の護衛もつけずに。

 その密会中に、同じベッドの中で突然死していた。

 鑑識と解剖医の見解は一致しており、両者とも虚血性心疾患すなわち、急性心筋梗塞による突然死であるという。

 佐倉大臣など、一度は黒梟の虐殺から生き延びたというのに。

 運があったのかなかったのか、多分、どちらでもなくその死は決まっていたのであろう。

 そう思うことで渡辺は自分の精神を保った。

 しかし、柿本があの夜生き残ったと知った時には、さすがの石ノ森委員長も冷や汗ものだっただろう。

 すぐさま、さくらメディカルセンターの一件は、全て黄島さんの起こしたクーデター未遂事件として公的秘匿事案処理され、世間一般には開業前の病院で、医療用ガスボンベの爆発にたまたま付近を警戒中の警察車両が数台巻き込まれ、複数人が亡くなったと報道されただけだった。そこを掘り下げる気骨のあるメディアは皆無だった。

 つまり二重の偽装処理で真実は完全に闇に葬られた。

 さらに石ノ森委員長を安堵させたのが二人の死亡確認連絡だった。

 おかげで次の日に、より大きな事件、現職総理大臣と防衛大臣の不倫心中事件が大々的に発表されたのだから。

 石ノ森委員長もそこで一息付けたのだろう。

 我々公安も、『黒梟』、または『ボル』という人外の脅威を把握でき、かつ柿本という国家の安寧を乱す者を排除出来た。多数の犠牲者は出したが考えれる中で最良の結果ではなかったか。

 渡辺はそう自分に言い聞かせ、コーヒーを啜った。

 

 美紀は久しぶりにアイルから食事に誘われた。

 きっと、ルワンがアイルに言ってくれたのだろう。

 キータサンカ家の食事は、いつもよりちょっぴり豪華だった。

 来月、ナキ国は新国王が古の禁を破り、始めて国外で行われる国連会議に出席するという。

 そのあと世界各国を周遊するという。

 アイルの父が興奮気味に教えてくれた。

 一部の国際社会には衝撃的なニュースではあるが、日本では全く扱われていない。

 ルワンは黙ってそれを眺めているだけだったが、その口元は静な笑みを帯びていた。

 きっと、その辺りでナキ新国王は死んじゃうんだな、あの柿本みたいに。

 美紀は、ルワンの表情から漠然とそうだろうと感じた。

『ボル』さんからは、任務完了のメールを三度受け取った。

 その度にスマートフォンのニュースサイトには、不可解な事件として半グレとヤクザの死傷事件、有名病院内で起こった医師たちの交通事故死のニュースが流れ、そして最も衝撃的だったのは、三度目の連絡後の柿本と佐倉大臣の心中事件であった。

 これは大々的にニースになって、連日どのメディアも大騒ぎであった。

 事件のニュースを目にするたびに、心が締め付けられる現実の私と、それとは別次元ですべてを見下している私がいて、その私は態度とは裏腹に気持ちが高揚していて、どうにかなっちゃいそうだった。

 でも後悔はしない。私が望んだんだ。

 そう強く自分に言い聞かせた。

 ただチースの生死は気になった。どの記事にも彼のことは書かれていなかった。

 悪いこと散々してきた奴で、確かにクズだったけど、お父さんの腎臓が彼の中で生きていた。だからもう一度お父さんが死んでしまうようで、でもお父さんに返してほしい気持ちもある。自分でも何が正しいのか、そもそも正しくなければいけないのか、もう分らない。なるようになって、それを受け止める。

 美紀はそう自分に言い聞かせるしかなかった。。

 私は間接的ではあるが人殺しだ。あの時強く他人の死を願った。

 そしてそれを『ボル』さんが叶えてくれた。私はその罪を背負ってなお生きて行く。

 きっと死んでも、天国には行けないだろうな。

 ならば今、この世では一時でも私は幸せになろうと思う。

 それが、不条理に命を奪われたお父さんへの、私のできる唯一のことだから。

 せめてもの贖罪に、私は精一杯幸せになることを誓う


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