表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/30

清水美紀 3

 ルワンは、閉じた目を再び開けると、美紀の決心を悟った。

「私は先日、『ボル』に連絡を入れました。私も、命を奪いたい者たちがいる。そして、今日『ボル』から返事をもらい、会うことになっています。これから、ここに『ボル』を呼び出します」

 美紀は初美の顔を見た。

 初美は静かにうなずいた。

 誰でもいい、お父さんの仇を討ってくれるなら。怪物でも悪魔でも、殺人鬼でも。

 美紀は心の中でそう思った。

「美紀さん、『ボル』と目だけは合わせないでください。まっすぐ前だけを見て。憎しみで心を満たしてください。絶対に恐怖心を持たないでください」

 ルワンは美紀に近づき、手を取って部屋の一角に誘った。

「この角から対角に立つ初美のおでこだけ見て、後は復讐したい相手と、その憎しみを心に燃やしてください。絶対に怖がってはダメです。あなたのすぐそばまで『ボル』が来ますが、とにかく復讐心だけになってください」

 反対側の角には初美が移動しており、美紀の方を向き、しかしその目は美紀を通り越してもっと違う何かを睨んでいるようだった。

「ではボルを呼び出します」

 ルワンはそう言うと、残った角の窓側に立ち、対角である出入り口のドアの辺りを凝視した。

 部屋の灯りは点いたままだった。

 中央テーブルの上の古びた羊皮紙に、ルワンは右手をかざした。

「ツァーリア・ム・ヤタオサ・トルガ・ン カエ・ム・ミゼコ・セヘコ・ネエシ」

 そう唱えると、右手を羊皮紙から外し、微動だにしなくなった。

 二人の緊張が感じられ、美紀もつられて右足がプルプルと震えているのが感じられた。

 喉が異様に乾く。

 何分たっただろうか。

 不意に部屋の灯りが一段暗くなったように感じると、エアコンの冷房が急激に効き始めた。ぐんぐん体温が奪われる気がした。

 それでも美紀は初美の頭の向こうに、柿本と、それに従った顔も知らない医師たちを睨みつけた。

 気が付くと視界の端、部屋の入り口付近に人の気配がする。

 ドアの開閉音は聞こえなかった。

 その気配はやがて黒い人型を成し大きくなり、部屋全体を暗闇で覆った。

 灯りは消えていないのに、光が届かない。

 真っ暗な空間にライトの箇所だけが白い。他は真っ黒、距離感が全くつかめず立ち竦んでしまう、足元が覚束ないのだ。

 それでも気持ちを奮い立たせ、いいえここはホテルの一室、どこにも行ってないわと、我に返ったその時。

「久しぶりだな、プラーモート家の者よ」

 美紀は叫びだすよりも、瞬間的に固まってしまった。

 人の気配のした場所ではない、この部屋全体の闇から声がしたのだ。

「お越しいただき感謝します。供物はわれら三名の記憶でございます」

「―もう頂いた。相変わらずプラーモート家の者の情報は、極上だな。いつも楽しませてくれる。お前の妻の記憶もなかなかであった。大変優秀なのだな」

 美紀はごくりと喉が鳴るのを押さえられなかった。

「美紀、お前の記憶は、まぁまぁだな。現在のこの国の表層を知るにはちょうど良いカルチャースクールだったよ」

 男の声である。敵意とか悪意とかは感じられない。

 そもそも日本語である。

「日本語しか、三人の共通言語が無かろう」

 この姿の見えない男には、私の心の中まで丸見えの様だ。

「安心しろ、今日この場では誰の命もとらないと我が神ツァーリア様に誓おう」

「ありがとうございます」

 ルワンが礼を述べた。

 聞き覚えのる声は安心する。

「そうか、ではこの声で語ろうかな」

 男の声から違和感なく若い女性の声になった。聞き覚えのある、そうこの声はアイルだ。

 えっ、いつから、えっ。

 美紀の頭はまたしても混乱した。

「てっきり先日と同じメールか、電話で呼ばれるかと思ったけど、久しぶりに召喚魔法で呼び出されたから気分が良いよ。今ここは結界の中、君たち供物の記憶が私に流れ込んできてる。ここ十年ほどはもっぱら電子媒体が多くて。その前は電報や電話だったかな。それに、私の名を口に出来る数少ない者の呼び出しには、少しテンションが上がる」

 メール!今の死神はメールで呼び出せるの。てか、完全に今のアイルじゃん。

 美紀の中にあった恐怖心は、いつの間にか無くなっていた。

「初美、その転がるドローンのプロトタイプは何処にある」

「……それは」

 初美は少し言いよどんだ。

「あぁ、良い。もう分かった。ありがとう」

 全て見透かされている。頭で少しでも考えてしまったらきっとすべてわかってしまうんだな。

「あのぅ、『ボル』さんはSNSとかメールをするんですか」

 どうしても美紀は聞きたかった。

「Eメールアドレスはこれだ、何なら今、君の願いをメールで送ってみろ。ただし、棄てアカウントからだ」

 美紀の脳内にはっきりとアドレスが浮かび上がった。

 急いでポケットからスマートフォンを取り出した。

 画面だけが異常に明るい。指先以外の手の甲すらその光でも見えない。自分が異常な暗闇の中にいるのを実感する。

 棄てアカウントを急いで作り、今脳に刻まれたアドレスへ依頼メールを送った。


 《ポン》

 部屋の中心で着信音が鳴る。

≪了解、ついでに医師と下衆たちもやっとくね♥≫

 画面には、美紀が打ち込まなかった医師や崇たちも罰してくれるとあった。

「この契約は成立した。もう取り消すことは出来ない。」

 アイルの声色でそうささやく死神の言葉で、美紀は冷たい鉛が背骨にずしっとしみこむ感じがし、その場に座り込まないように背筋をピンと伸ばした。

「初美に感謝するのだな。彼女の記憶が一番うまかった。しばらくこの新しい情報で楽しんでから事を起こすから、しばし待て。さて、プラーモート家の者よ。汝の願い、もちろん叶える。お前が掴んだ情報は正しい。ナキ国王はすでに殺されている。来月には病死と発表されるだろう。お前たちの国のことは、どこにいても気にかけているからな。罪人には、その頂につくほんの手前で、罰を下そう。よく熟してから刈り取ろう。約束する、ツァーリア神の名に懸けて」

 ダン。

 大きな衝撃音が暗く静かな部屋に響いた。

 ルワンが床を踏み鳴らしたのだった。

 一週間前、祖国の兄から軍部が国王を暗殺したと連絡があった。そしてそれを隠し、国王に止められていた案件を全て国王が承諾したと推し進め、完全に軍部が国を掌握する気だと。

 自分たちも身の危険を感じている。

 どこに居てもお前を愛している。

 その言葉の後、兄と連絡が付かない。

 三日前、祖国の親族から兄も消されたと連絡を受けた。

 遺体は無い。

 一族はこの件に目と口を瞑ることにした。

 ルワンもそれに倣うように促された。

 つまり、兄の言ったことは本当なのだろう。

 ルワンにとって、いやプラーモート家の者だけでなく、ナキ国民の多くはナキ国王をこよなく愛し、神様ではないが、偉大で慈愛に満ちた国父であった。

 その愛すべき王と、厳しくも優しい愛する兄を奪った者たちに、憎悪の念を抱かずにはいられなかった。

 気づいたときには『ボル』に連絡をつけてしまった。

 しかし今日この場までルワン自身も半信半疑であった。

 だからこそあえて古めかしい羊皮紙を使った。

 そして、それがすべて確信に変わった。

 先祖から受け継がれた秘術も、『ボル』の存在も、王の死も、そして兄のそれも。

 ルワンだけでなく、初美もその場に立ったまま泣いているのを、この漆黒の中で何となく察することが出来た。


「ただ一つ、我のことは他言無用、誰にも喋るでないぞ。これだけは守れ」

 脳内に響いた『ボル』のメッセージに気を取られているうちに部屋は元の明るさに戻り、部屋には三人だけが残っていた。

 夢、ではないよね。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ