襲撃
「え~皆さん、気持ちの良い秋晴れで、急遽野外での会見に切り替えました。どうです、気持ちが良いでしょう。
ぶら下がりと呼ばれる数名の記者を官邸に招き入れ、いよいよ始まる国会前の演説を披露する、お決まり事ではあるが、今回は総理の並々ならぬ決意があるのを、誰しもが感じ取っていた。
「おや、君眼鏡にしたのか、老眼か。年を取ったなお互いに。いよいよ人生の集大成を迎えるわけだが」
馴染の記者に軽口をたたき、柿本はのらりくらりと核心を隠しながら、国会への意気込みを語っていた。
十分を回ったころ、ちらりと黄島に目をやった。
この間柿本は、撃たれやすいように、わざわざ設けた二段もあるお立ち台の上で、赤いシールを張られた目張り位置から、微動だにしなかった。
遅い。早く撃て!
柿本は心の中で怒鳴った。
≪タンッ≫
そう聞こえたように思った。
しかし、身に何も起きなかった。
あの方角を何度も見てしまう。
何をやっておる。早く私を撃て!
途中から、何をしゃべっているか、柿本には記憶がない。
心の声と、口から発する話がこうも違っては、どうすることもできない。
いや、待てよ。音が聞こえたと思ったとき、少し委縮してしまった。
外したか、下手糞め。
そう柿本が思ったときであった。
ドッ、左脇腹が弾け飛び、焼き鏝を押し込まれたような感覚とともに、柿本は腰を浮かせそのまま地面へうつ伏せに倒れこんだ。
「きゃー!」
「総理!」
柿本に駆け寄る者、その場にしゃがむ者、その他は、蜘蛛の子を散らしたように四方の物陰に駆け込んだ。
「柿本総理」
駆け寄ったのはこの日の護衛官宮地だった。
射線を背に柿本を抱え上げると、宮地の背後には三人の護衛官が銃を構え周囲を警戒した。
宮地は柿本総理を抱えたまま駆け出し、ホワイエに避難した。
その様は、宅配業者が過剰包装されたナリだけ大きな段ボールを運ぶように軽やかだった。
途中、総理から血が出ていないのを不思議に思ったが、ピクリとも動かない。構わずそのまま奥へ進んだ。
班員の他に、佐倉防衛大臣がハイヒールのまま後を追ってきていている。
こういう時は、女性の方が冷静で大胆に行動が出来るのかもしれない。
宮地は片方の脳でそう思い、もう片方は総理の容態を五感から得る情報で推し量った。
体温は感じられる。いまだ出血は見られない。
防弾チョッキが守ってくれたか。
だが撃たれた衝撃は計り知れない。
内臓の損傷も考えられる。
宮地が柿本を運んだ先は、先ほどまで柿本が待機していた部屋だ。
ソファーに柿本を寝かせると、着弾点と脈拍の確認をした。
左脇ポケットに穴が開きそこに黒いリップクリームのフタのような筒が微かに見える。
やはり防弾チョッキで救われたか。
脈はある。
「どきなさい。総理、柿本総理」
佐倉防衛大臣が遅れて入ってきた。
護衛官をかき分け、宮地を押しのけると、慣れた手つきで総理の手首を軽く握り、脈を測った。
「んっ、大丈夫ね。地下通路に車を手配してあるからお運びして」
宮地を見上げる佐倉の顔には余裕すらある。
「さくらメディカルセンターへ総理をお連れします。来月総理の主治医が開業する個人病院で、まだ一般には知られていないから、他に患者は居ないし、最新医療機器が揃い、最良の医師、スタッフも揃っている。空いてる部屋はいくらでもあるからあなたたち護衛官も気兼ねなく総理をお守りできるわ」
いつの間にそんな手配を。
大変失礼ではあるが、宮地は佐倉のことをただのお飾り大臣で、総理の愛人なのではとさえ思っていた。
議員の前は確か医師だったので、血や、生死というものに免疫があるのだなと感心した。
「分かりました、総理をお運びします」
宮地班は部屋にあった車椅子に柿本を座らせた。
ああああ、だからあんなに進言してたのに。
黄島は柿本が狙撃された際、警視庁総理大臣官邸警備隊に守られ別室へ避難していた。
総理も、あの腰ぎんちゃくの佐倉も、私が何度反対したか。
大体、今の世の中、いくらでもフェイクができるのに、わざわざリアルを選ぶなんて、時代遅れなんだよ。
黄島は薄ら笑いのままそんなことを考えていた。
これだから頭の古いサルどもの面倒を見るのは嫌なんだよ。
とりあえず、葬式か?
喪服はいつも用意している。
あぁ、作戦はどうする。このまま続行するか。待てよ、このまま行ったら本当に日本は軍事国家になるのかな。
そうしたら防衛事務次官である私は、あっ安泰だな。
そうだ、佐倉にはこの責任を取ってもらって、パッと退場してもらって。
きっと大川の旦那が出しゃばってくるだろうが、あの人とはうまくやっていけそうだから、よし、作戦続行。
黄島は頭の中で瞬時に計算し、今後のプランを思い描いた。
警護の者たちに一時退室願い、一人になったことを確認すると、予定通り各所へ連絡を入れた。
顔からスマートフォンを離すと、画面を覗き見ながら独り言ちた。
「なんか、いまいち最近反応悪いんだよな。そろそろ新型が出る季節だから、替えてもらおう」
そう言って黄島はスマートフォンの画面を指ではじいた。




