告白する勇気
「ユウコちゃん、それは勇気じゃなくて無謀だよ」
向かい側に座る友人に対して、コウタはきっぱりと告げる。
彼女はビールのジョッキを握り締めたまま、半ばテーブルに突っ伏すような格好になっていた。コウタの言葉に対しても、わずかに顔を上げて、小さく「そうかなぁ?」と呟くばかりだ。
そんなユウコの姿を目にして、コウタは内心、もやもやした想いを抱いていた。「せっかくお嬢様っぽい清楚なワンピースを着ているのに、だらしないオッサンみたいな飲み方をしていては勿体ない」と。
ユウコとコウタは、中学以来の付き合いだ。
二人の関係性は、ユウコ自身の言葉を借りると「良く言えば親友、悪く言えば腐れ縁」だそうで、それにはコウタも「なるほど、言い得て妙だ」と納得させられている。
そんなユウコから「二人で飲もう」と居酒屋に呼び出された時点で、おおよその見当はついていた。
ユウコは惚れっぽい質であり、簡単に誰かを好きになっては告白、そしてフラれるというのを繰り返してきたからだ。そのたびに失恋の憂さ晴らしとして、酒に付き合わされるのがコウタであり……。
今夜も案の定だった。
今回の相手は、ユウコが新しく始めたバイト先の先輩。完全な一目惚れであり、知り合って三日後、二度目のシフトの際に早くも告白したのだという。
いつもユウコは「勇気を出して、告白するの!」と言っているし、それが彼女のポリシーだそうだ。とはいえ、さすがに今回は早すぎる。そう思ってコウタは「それは勇気じゃなくて無謀」と言ってしまったのだが……。
「そうかなぁ?」
先ほどよりも大きな声で、ユウコは同じセリフを繰り返した。
コウタを睨みつけるような目つきだけれど、若干目の焦点があっていないのは、既に酔いが回っているのかもしれない。
「だって私、駆け引きとか苦手だから、正直な気持ちを告げるしかないし……。ほら、恋って気持ちの問題でしょう? だから正直な気持ちこそが一番のはず!」
「いやいや、ユウコちゃんって……」
自信たっぷりに胸を張る彼女に対して、コウタは否定の意味で、手を大きく横に振ってみせた。
「……そんな『恋って気持ちの問題』とか『正直な気持ちこそが一番』とか断言できるほど、恋愛巧者じゃないよね? いつもフラれてばかりで、まだ一度も交際には至ってないでしょ?」
「あらぁ? それこそコウタには言われたくないわ。コウタこそ今まで浮いた話ひとつないくせに!」
ジョッキに残ったビールをグイッと飲み干してから、彼女はさらに続ける。
「こういうのはね、早く告白しないとダメなの! モタモタしてる間に誰かに先を越されて、彼を取られちゃったら、悔やんでも悔やみきれないでしょう?」
「それも含めて無謀だよ。もしかしら既に『先を越された』後で、もう恋人いるかもしれないし……。相手のそういう周辺事情、きちんと調べてからアプローチした方が……」
「そうなのよ! もう『先を越された』後だったのよ!」
ドンと大きな音を立てて、空になったジョッキをテーブルの上に置きながら、ユウコは思いっきり涙声で語り始める。
今回彼女が好きになった相手には、三年前から付き合い続けている恋人がいたという。それはバイト先の支店長であり、職場の仲間達にも知れ渡っていて、いわば公然の秘密だったらしい。
「それって……。ユウコちゃん、大丈夫なの? そんな環境でのアルバイト、色々と気まずくなりそうだけど……」
唖然としながらも、コウタはユウコの身を案じてしまう。
しかし当のユウコはそれを完全に聞き流して、自分が言いたいことだけを口にしていた。
「恋愛は勇気! 告白する勇気こそが、勝利の決め手!」
最後に改めて持論を振りかざしてから、近くを通った店員に「ビールおかわり!」と注文。そのままテーブルに突っ伏すのだった。
そんなユウコの姿を見て、コウタは心の中で「ダメだ、こりゃあ」と呆れながら、同時に「彼女の理屈にも一理あるかもしれない」と思ってしまう。
本当に「勝利の決め手」になるかどうかは別にしても、確かに「告白する勇気」は必要なのだろう、と。
なにしろコウタ自身は……。
今の関係が壊れて気まずくなるのを危惧するあまり、ずっとユウコに対して己の気持ちを告白できずにいるのだから。
(「告白する勇気」完)