8.気分転換と朝食パーティ
Tips:【状態異常】毒は時間経過でライフゲージが減る。飢餓は時間経過でライフゲージが減る他、全ステータス項目にマイナス1のボーナスがつく。不眠は軽度で全ステータス項目にマイナス1、重度でマイナス2のボーナスがつく。盲目は命中率低下。
新拠点を作った翌日。東姉妹を含めた全員で旅館の大食堂に集まった。
自己紹介は昨日の内に終わっているので、現状の把握と今後についての話し合いだ。
会議と食事を同時にする趣味はないので、食後に話し合いをすると伝えている。和室に黒い長机という旅館スタイルで、料理は和食。夜の内に稼いだポイントを使って秋刀魚や卵など食材を調達して、『料理』スキルを取得したリムに作ってもらった。
NPCは『料理』スキルが上がると勝手にレシピを下準備込みで覚えるらしい。覚えてすぐに俺の料理を超えていた。俺は、ちょっとだけ心の中で泣いた。
純和風の朝食を済ませた後、東姉妹に分かっている範囲の現状を説明した。
「この世界が、ゲーム?」
「ゲームかどうかは分からないが、ゲームと同じことが出来たり、ゲームに出てきた敵や仲間になるキャラクターが現れている。お前たちも、この3人に見覚えはないだろう?」
リムと玲が見つけた双子(偽)を示すと、二人揃って頷いた。総人口100人未満の集落だ。ご近所さんがみんな顔馴染みなんだろう。
「私ね、リムっていうの!」
「私はレイティアって言いますの」
「僕はレイレイって言うんだ」
「あ、はい。改めて、よろしくお願いします」
それにしても。玲たちが見つけたNPCの名前に二人とも「レイ」が入っているのはどういう事だろう。昨日聞いた話だと、玲が見つけた二人がそう名乗ったらしいんだが。
どういうことだ?と尋ねる代わりに玲を見る。
「わ、わたしじゃないですよ? 本当ですよ?」
「NPCの名前は、自動で決まっているからなぁ」
「そうですよ! 私を疑うなんておかしいですよ!」
憤慨した様子で大声を出す玲。剣呑そうな雰囲気に東姉妹が怯えている。おい。
「子供を怖がらせてどうするんだ」
「え? あ、ええっと。ごめんなさい」
「あ、だいじょうぶ、です」
「だいじょぶです」
何だか東姉妹の方が大人の対応をしているように見える。
「なお、ゾンパニではNPCの名前は自由に変えられるんだ」
「あ、そうなんですね」
「ちょ! 私は違うって言っているでしょ!」
「反応が激しいなぁ」
何かを察した守明と焦りだす玲。だがなぁ、俺はゾンパニを結構やり込んでいるから、わかっているんだよ。
「玲」
「な、なんですか?」
「ゾンパニは、アメリカのソフト会社が作ったゲームなんだ」
「そう言えば、そんなことを言っていましたね」
「それじゃあ、何でレイレイっていう中華っぽい名前が出てくるんだよ」
「それは差別ですよ! アジア系の人だってNPCに出てくるでしょ!」
「追加パッチで出てくるぞ」
「ほら! じゃあ、問題ないでしょ」
「レイレイがアジア系の人種だったらな」
全員の視線がレイレイに向かう。レイレイは光沢のある銀の髪を後ろで括って流している。ポニーテールより括る位置が低いけど、あれってなんていう髪型なんだろう。
「いや、ほら。銀色の髪でレイレイって、いるでしょう?」
「ゲームの中ならな」
「じゃあ、問題ないじゃないですか!」
「玲」
意図的に言葉を区切る。
「俺はゾンパニをやり込んでいたし、Wikiも結構読み込んでるんだ」
「それが、どうかしたんですか?」
「NPCのデフォルト名と初期スキルは、網羅されているんだ。Wikiに」
「まさか、全部覚えているとか、言わないですよね?」
「全部は無理だ」
NPCは全部合わせると100を超えている。無理だ。
「ただし、追加パッチの中華系NPCは15名で、全員黒髪だ」
自然と、その場の全員。いや、玲を除いた全員の視線がレイレイの髪に向けられる。やっぱり銀色をしている。透き通るように白い肌も、アジア系とは思えない。
「銀色の髪でレイレイって名前じゃ、おかしいんですか!?」
「落ち着けって。自分で名前を新たに付けても問題ないんだから」
「だから、私が付けたわけじゃなくって!」
一向に落ち着きを取り戻さない玲。
だが、その頭を冷やしたのは、彼女の隣に座っていたレイレイだった。
「僕の名前。玲様がつけてくれた、大事な名前。玲様がつけてくれた」
一時停止ボタンが押されたように、室内から音が消えた。
ついでにみんなの体の動きも停止した。
俺は反射的にレイレイの【好感度】を見る。あ、やっぱり下がってる。声を出さずに玲を見る。
俯いたレイレイをどうなだめようかとしていた玲が、ふいにこちらを向いた。
こ・う・か・ん・ど。
声を出さずに伝えると、奇跡的に伝わったようで玲がレイレイを見る。そして声を殺したまま焦りだす。慌てたまま周囲に助けを求める様に視線を向け始めたが、どうでもいい。
「玲」
「は、はい」
「レイレイって名前、良い名前だよな」
「そ、そうです。物腰が落ち着いた彼女に似合う、良い名前です!」
俺の出した助け舟に玲が飛び乗って、レイレイに抱き着いた。
「にあい、ます?」
「ええ! 絶対に似合います!」
茶番だなぁ、と思いつつレイレイの【好感度】が回復したのを確認する。玲も確認していたようで、安心したように体の力が抜けている。あの二人はあのままにしておいて、こそこそ東姉妹に近づく。
「細かい事情はあるけど、とりあえず話を合わせてもらっていいか?」
「はい」
「えっと。うん」
まだ二人とも小学生だろうに、落ち着いているなぁ。半ば現実逃避しながら守明を見る。絵に描いたような苦笑いをしていた守明に、ちょっと表出ろを親指を向ける。
「ちょいと野郎二人で今後の簡単な打ち合わせしとくから、女性陣はデザート先に食べといて」
「冷蔵庫からプリンを持ってきますね」
「え、プリンあったんですか!?」
カチュアが空気を読んでささっと厨房の方へ歩いて行く。ガタっと動揺する守明に、先に行ってろと伝えると、肩を落とした彼は重い足取りで出て行った。後で、アイツ用のプリンも用意しておくか。面倒だなぁ。
それから、みっちりたっぷり、玲にNPC二人の事を面倒見とけと注意をしてから、俺も食堂を出て行った。
俺と守明。二人は数m距離を置いて、互いに武器を構える。
俺はナイフ、守明はハルバート。ただし木製で、刃に当たる部分は布を巻き付けている。
今日の狩りに出かける前に、準備運動がてらに軽く模擬戦するのだ。一度でも攻撃が当たれば終了。リーチのある守明に有利なルールだ。俺が銃(モデルガンか実銃にゴム弾)を使えば2秒で片が付くから、ナイフを使うことにした。
【敏捷】は同じ。『跳躍』レベルは俺の方が高いが、リーチは向こうの方が有利。
近接戦闘の心得も格闘術も無いど素人同士なら、守明が圧倒的に有利。せめて俺の【敏捷】が1つでも多かったら勝機があったんだけどなぁ。
「じゃ、行くぞ」
「はい!」
『跳躍』を使った短いステップで前後左右に動きつつ、守明の動きを伺う。攻撃を回避しながら勝ち筋を探す。
あ、やべ。いま動きミスったら頭かち割られてた。
余裕っぽい笑みでも浮かべていないとやってられない。格闘ゲームの要領で、小刻みに前後左右の移動をして間合いを図る。
【体力】の高さに物を言わせた持久戦だ。攻撃するかも、というフェイントを織り交ぜながら守明の周囲を回る。
「このっ」
焦れた守明が攻撃してきたので、軽く回避してから守明の頭の高さぐらいの『跳躍』でゆる~く跳んで、ナイフを叩きつける。
高【筋力】に物を言わせて無理やり防御を間に合わせてきたが、それは想定済み。守明のハルバートを足場にして、がっしりと守明の頭を掴む。
「あ」
「はい、俺の勝ち」
もう片方の手で持っていたナイフを守明の首に当てて勝利した。
あ~、勝てて良かったぁ。『跳躍』で接近したところを力任せに撃ち落されたら、勝ち目はなかったなぁ。ゲームを含めた実践経験の差が勝敗を分けたかな。
まだ時間があったので、その後も何戦かやった。
一応は全部勝った。嬉しくない勝利だ。
理由は簡単。守明の動きはぎこちなくて、本来の実力の半分も出ていなかった。
守明は力が強すぎた。守明のパワーで殴られたら、歯を殺していても当たり方次第で死ぬかもしれない。そういう事故を恐れて、守明は動き辛そうにしていた。
対してこちらは寸止めのしやすく小回りの利くナイフ。
そりゃ勝つよね。初心者相手にハンデ負わせた状態で負けたら、二度とベテランって言えないわ。あ~、早く強くなりたい。それか、守明を強くして引き籠りたい。