10.順調な時は大体ミスしてる
Tips:拠点確保は窓を含めて密室状態可能な範囲を指定すると拠点にすることが可能。拠点内では休息や道具作成、ポイントによる道具などの購入、ステータス確認が可能。
今日の戦果は上々だ。死傷者0。ポイントもがっつり稼いだし、戦場慣れもしただろう。
予想外だったのは、子供二人の事だ。主に殺意の高さの点で。
考えてみれば両親を含めた村の復讐だ。子ども扱いするつもりは無かったが、彼女たちを見くびっていたのは確かだろう。年齢に関係なく、いや幼いからこそ復讐心には忠実なのかもしれない。
「今日はお疲れ様。美味い飯を食べて、ゆっくり風呂に入ってくれ。明日からが本番だ。強化された、と言うのも少し違うが。変わったゾンビが出て来るはずだ。だが2日あれば慣れてくる。フォローもするし、風呂の後に簡単な解説をする。もちろん、詳細も朝出掛ける前にはするし、質問があるなら随時受け付けてる。ただ、それは明日の事だ。今日はゆっくり休んでくれ。じゃあ、乾杯」
仕方なしに音頭を取って夕食を開始する。子供がいるのでメインはケチャップソースのハンバーグ。焼き立ての食パンにコーンスープ。バターで炒めた人参とブロッコリーにフライドポテトを添えている。デザートのプリンはまだ出していない。
洋風一色の食事だが、意図はない。強いて言うなら、俺が食べたかったのだ。
「明日から出て来る新種って何なんですか?」
食事中にする話題じゃないと思っていたのでぼやかしたんだが。玲は空気を読まずに聞いてきた。
「一言で言うなら、てけてけ。上半身だけのゾンビが這いずって来るんだよ」
「うわぁ。定番と言えば定番ですね」
「厄介なのは、常に膝より下の位置を警戒しないといけないって事だ。遠目で見る分には問題ない。気づかない内に近くに来ていたら、途端に発見し辛くなる。最初の新種で、ある意味ベテラン泣かせのゾンビでもある」
ゾンパニはゲームだ。一人称視点じゃなく、マップを見下ろすような視点なので、現実と違って近くに来ても這いずっている姿は見やすい。
しかし、暗がりになると至近距離になるまで視認性が落ちる。中盤以降となれば攻撃力の高いゾンビが現れてくる。だから這いずりゾンビは攻撃力が低いため後回しにして、他のゾンビを排除するのが定番だ。そしていつの間にか肉薄していた這いずりゾンビに捕まり、這いずりゾンビを排除した隙に厄介なゾンビに襲われてGAME OVERするまでがセットだ。
「現実世界で這いずりゾンビがどれぐらい厄介なのか不明だが、ゲームより厄介になるのは間違いない。効率の良い対策が見つかるまでは、夜間の外出禁止。安全第一でいくぞ」
それからは特に意味のない雑談に流れて行った。
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風呂も満足するまで入った。4月と言っても夜は冷える。
特に山間部の気温は低くなりやすい。これは今、実体験している所だ。冬場で雪が降ったら陸の孤島間違いなしだな。ゾンパニ世界になってなかったら、積雪からの移動不能で食糧供給が断たれて、餓死一直線間違いなしだ。
特に理由があったわけじゃない。せっかくだから這いずりゾンビを真っ先に確認したかったというのはあったんだろうし、変な胸騒ぎがして眠る気になれなかったのもあっただろう。寒い中を散歩して、また温泉に浸かりたいだけだったかもしれない。
今はどれくらい深夜なのかとスマホを確認する。
0:23
もう日付が変わっていたのか。敷地の外には出ないでおこう。
まだ防衛施設が整っていないから、建物から離れた場所は暗い。ゾンビの目が光ったり自分の周囲だけ明るくなったりはしない。明かりが無いなら暗い場所は暗い。明かりをつけずに歩いているのは、単に敷地内が安全地帯だからだ。整地もしているので、蹴躓く石ころ一つない。
「もう門の外にゾンビが居るのか」
ゾンビゲームでよく聞く、多種多様で一本調子な呻き声。何でゾンビは呻くのだろう。わからない。
ただ、ゾンパニのゾンビは呻いていたから、こいつらも呻くんだろう。接近を知る手段に音を追加するため、ゾンビが呻くんだろうと思っている。
「ぞーんーびー、何故鳴くの~。ゾンビの勝手でしょー」
理由もない替え歌を口ずさむ。ゾンビの鳴き声に交じって、門を鳴らす音が聞こえる。ゾンパニだと窓やドア、門扉や壁にバリケードなど、侵入を防ぐ障害物があればゾンビが破壊しようとする。基本、門があるなら門を先に破壊する。そういうロジックだ。
俺がすべきことは、門が壊されていないことを確認して、門越しに這いずりゾンビの観察をすることだ。
「確認は大事ってな」
ゾンビが完全に駆逐されるまでは真に安全な場所はない。というか味方NPC以外は基本的に危険だと判断している。裏切りって何が切っ掛けで起きるか分からないからな。
そういう理由で腰にナイフ、手首に手のひらサイズのカッターナイフ、肩下げ鞄式アイテムボックスに幾つかの武器と携帯食料と回復アイテムを詰めた状態で散歩している。
俺、平時に戻っても生活出来るかな。牢屋の中で生活する日々になっていそうだ。
「おー。誘蛾灯じゃあるまいし、大量だな」
ゾンビ映画でよく見かける、ライトに照らされる門越しのゾンビ達。映画のゾンビとの違いは、ゲーム仕様なので多少噛まれても問題ないし、一定以上のダメージがあれば攻撃を止める点だ。
半端にゲーム的で、それなりに現実的なゾンビと言う存在。門の隙間から伸びてくる腕を引き抜いだナイフで切り付けていく。ゲームでもゾンビの部位欠損は発生した。頭部欠損は即死だし、足欠損なら移動速度が低下。腕欠損なら拘束力低下。
不思議な事に、這いずりゾンビと違って後天的に両足が無くなったゾンビは、移動しないという事だ。その設定が活きているなら、足を破壊するトラップを作る事も良いかもしれない。
安全地帯からゾンビの腕を切り落とす作業をしながら、ぼんやりと今後の事を考えていた。
だから、それに気づいたのは足を掴まれた時だった。
「ん? は?」
何故足を掴まれたのか。何に足を掴まれたのか。無駄な思考が、命とりだった。
ぐいと足を引っ張られ、俺は倒れ込んだ。現状把握をする。足を、掴まれている。門の下から入り込んだゾンビに。
「はぁ!?」
何で。安全地帯に、門を破壊せずに。ゾンビが。
パニックになった俺は、何をするでもなく、なぜ、どうしてと、思考だけを巡らせた。
だが状況はさらに悪化する。倒れ込んだ俺へと、他のゾンビが腕を伸ばし始めた。門の下から。
「ま、まて!」
言ってから気付く。ゾンビに待てと言って通じるはずがない。俺の足は複数のゾンビに捕まれた。
そして、引きずられる。門の外へと。ゾンビの群れの方へと。
最初にゾンビの頭を蹴り飛ばしていれば、まだ逃げる事が出来た。今はもう無理だ。両足掴まれていている。
じゃあ足を掴む腕を切ればいいのか。それは可能だった。今はもう無理だ。下半身が門の外にまで引きずり出された。
「ま、まず、まずい!」
引きずり出されない様に門を掴む。これも、悪手だと、すぐに思い知らされる。門の隙間から伸びた手が、俺の上半身を次々と掴んでいく。これで、身動きが取れなくなった。
「ぐ、いづっ」
引っ張り出せなくなったから、次の行動に切り替わったのか。ゾンビは噛みつき始めた。引きずり出した俺の足を。門を掴む俺の腕を。
ガチガチと鳴らす歯の音は、俺の顔を噛もうとしている。たまに臭い歯が俺の顔をかすめる。
詰んだ。絶望感に腹の底が冷える。ありえない。あり得てはいけない事が発生した。また、ミスをした。取り返しのつかない状況で。
もう武器を装備する事も出来ない。攻撃も逃亡も出来ない。【筋力】が足りないから、一か八かで力任せに振りほどく事さえできない。強いて言うなら、叫ぶことぐらいか。助けて、助けてぇと。
まぁ、旅館は防音仕様だから、いくら叫んでも聞こえないんだけどね。
「は。はは。ははは」
死にたくない。死にたくない。失敗した。油断した。次は、上手くやる。上手くやるから。神様、なんかないか。都合のいい幸運はないか。
都合のいい時だけ神様に助けを求める自分に辟易するが、頼れるのはもう偶然しかない。どうしようもなく、詰んでいる。
「ははは。ははっははは。ははははははは」
痛みが辛い。もうやめろよ。痛いだろう。ああ。もう死ぬのか。ここで。こんな序盤で。くだらない理由で。
だったら、道連れだ。
「メニュー。購入。武器。ダイナマイト5つ」
理屈も無く、音声入力でメニュー画面を操作する。俺の言葉に従ってメニュー画面が推移していく。
ごろんと俺の傍にダイナマイトが転がる。だがこれだけじゃどうしようもない。
ダイナマイトを何と勘違いしたのか、ゾンビが回収していく。
「購入。食糧。ウォッカ」
門の向こうに酒瓶が落ちる。それも、ゾンビ達が回収する。
「購入。雑貨。カンテラ」
門の向こうにカンテラが落ちて、周囲を明るく照らす。それもまた、ゾンビ達が回収しようと手を伸ばすが。カンテラは落ちた時の衝撃で割れ、地面に火を広げている。
「購入。食糧。ウォッカ」
もう一度、酒瓶が地面に落ちる。偶然か必然か、自分でもわからないが。酒瓶はカンテラのパーツの上に落ち、割れた。一瞬だけ強い酒気を感じた後、火柱が上がる。
ゾンビは火炎ダメージでも、動きが硬直する。動きが硬直すると、拘束が解ける。つまり、手の力が緩む。ダイナマイトを持っていた手の力も、当然緩む。
「くたばれ」
映画俳優の名台詞とは違い、俺の言葉は端的だった。
至近距離で、どはでな爆発音が響くのを聞いた。
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死んだか。死んでいないのか。それは定かじゃない。何か、生きているような気もするが、起きている気がしない。なら、これは夢現なのか。
目を開けようにも、見開き方を忘れたようだ。どうやって目を開ければ良いんだったか。
どうでもいいか。今はまだ寝て居よう。湯につかっているような、布団に入っているような感覚に身をゆだねる。
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目を開ける。さっきまで寝ていた、らしいと気付いて周りを見る。体は重い。何で重いのかと見ると、何かが体の上に乗っている。
「ひっ!?」
身をよじろうとするが、体が動かない。だが俺の声に気づいたのか、それは動き始めた。こちらに顔を向けて。それから。
「お、おは、おはようございます!!」
何故か真っ暗の中、朝の挨拶をしてきた。思考が追いつかないが、見覚えのある顔だと思い、それから目の前にいるのがカチュアだと気付いた。
何があった、なんでカチュアが居るんだ。疑問はあるが、体の痛みが思考を遮る。その痛みで全部思い出した。ゾンビの恐怖も。ダイナマイトの爆発音も。
「現状を知りたい。まず、ここはどこだ」
「旅館2階、貴方の部屋です」
「拠点はどうなってる。ゾンビは侵入して来ているか。門はどうなった」
「拠点は無事です。侵入してきたゾンビは全て討伐。門は修復済みです」
「全て討伐した。じゃあ、あいつはどうなんだ。這いずりゾンビは」
あいつには門が通じない。気づいた時には、這いずりゾンビが拠点内に入り込んで、そうしていつの間にか室内にまで。
「這いずりゾンビは大丈夫なのか!?」
「大丈夫だと、聞いています。門を作ったので」
「そうじゃない! あいつらは、門の下から入り込んでくる!」
「入って来ていないですよ」
「来るんだよ! だから俺は外に引きずられたんだ!」
俺の叫びにもカチュアは動じている様子はない。早く見に行かないと。そう焦る俺をカチュアが制する。
「止めるなよ!」
「ええと。見に行くのなら、一緒に行きませんか」
一瞬、何でこんなに落ち着いてるんだこの馬鹿は、と思った。だが、今の俺の状態はかなり悪い。むしろ何で生きているんだと思うほどの大けがを負ったはずだ。
例え、爆破前に仰向けに倒れ込んで、爆風の影響を減らしたとしても、だ。
だから確認できるというのなら、確認しに行こう。俺は痛みに耐えながら、カチュアの背に負ぶさった。
「はは。ああ、そうか。これなら、いいのか」
詳しい内容を聞き、カチュアが入って来ないと断言した事に納得した。修繕された門は、最初に作って置いた門と違い、かなり頑丈な物だった。収容所に使われていそうな、分厚い鉄の扉。念入りに確認しても、ドアと地面の隙間は1㎝あるかないかと言った程度。これなら入って来れるはずもない。
どういう経緯があったのかは、また朝になったら確認しよう。
「カチュア。帰って寝よう」
「はい。それが一番です」
ほっとしたからか。俺の意識は、そこで途切れた。