相似なセンセーション
「若宮、恋に落ちる瞬間ってなんだと思う?」
授業間の休み時間。ノートに授業内容をまとめる隣の席の女子、若宮に俺は話しかけた。
「ほら俺文芸部じゃん。んで課題で恋に落ちる瞬間をテーマに小説を書けって言われて」
「ふむふむ」
「だけどそんな瞬間あるのかなって。恋って気がついたら落ちてるもんじゃねーのって」
「ふむふむ」
若宮は目線をノートのまま応答していた。
「そこで彼氏もちの若宮に相談ってわけ」
「ふむふむ」
「……あの若宮さん。ちゃんと聞いてます?」
「ふむふ……へ? き、聞いてるよ。なんだっけ。そう。コイニオチルシュンカンでしょ。うん。名案あるから明日笠草山集合。あと加瀬の今日の持ち物で一番大切な物は何?」
ようやくその栗色の瞳は俺に向けられた。
「うーん、スマホかな」
「ほんじゃスマホだして。一日借りるから」
消しゴム貸して、くらいのノリで宣う若宮。
「はぁ? スマホなんて貸せるわけ――」
「協力してあげんだからつべこべ言わない」
「っち。わーったよ。悪用すんなよ」
「おーい、加瀬~。こっちこっちー」
笠草山の山道で若宮は手を降っていた。
「なんで体操着? しかも汚れてないか?」
「気にしなーい。ささっ。こっちこっち」
若宮は道の外れをずんずか進んでいく。道なき道のその先に、少し開けた場所があった。
「あの、若宮さん。どうして俺のスマホがあんなとこに捨てられてるんですかね」
「捨ててるなんて人聞き悪い。置いてるだけ」
集められた紅葉の上でスマホが寝ている。
「つか、あれどう見ても落とし穴だろ!」
「うん? そうだけど。さぁさぁ加瀬~。スマホを取るためにはあそこに行かないと」
「な、なんて畜生……」
わざわざあるとわかっている落とし穴に自ら突っ込むのは、バカバカしかった。だが、
「えーい、ままよ」
考えても仕方ない。どうせ取らねばならない。だから一思いに踏み込んだ。次の瞬間、心臓がきゅうぅと締めつけられる感覚と共に落ちた。底は浅く、紅葉が緩衝材になっていた。上から顔を出した若宮はグッドをして、
「これぞ故意に落ちる瞬間、だよね」
「若宮このやろ覚えと――」
ふっ。ふふっ。あはっ。あははっ。若宮が笑った。その笑顔は綺麗で――心臓がきゅうぅと締めつけられた。これってさっきも……。
「そうか、これが恋に落ちる瞬間、か」
思えば若宮はいつも全力だ。休み時間も勉強。今回も俺のため朝早くから、体操服を泥だらけにして準備を頑張ってくれた。俺はそんな彼女に惹かれ、そして今明確に――。
若宮には彼氏がいる。これは叶わぬ想い。だから小説の中でハッピーエンドを綴った。
おわり