婚約破棄されてお人形さんみたいになった君の空っぽの心に愛を注いだら、一体どうなるんだろうか
シュゼット・マクサンス。深く色めく長い髪に、白く輝く肌、りんごの様な赤い頬の君は、まるでお人形さんのような美しさ。
それでいながら性格はとてもお転婆で、男爵家のご令嬢だというのに領地の平民の子供達と追いかけっこにかくれんぼ、果ては木登りまで平気でする。
照れた顔は可愛くて、婚約者の話をする時はどこかうっとりとしていて魅力的。こんな君を娶ることが出来るなんて、あの子爵家のご令息はとても幸せ者だろうと思っていた。
ー…彼女が公衆の面前で婚約破棄を告げられるのを見るまでは。
どうやらあの男、可愛いシューを裏切って平民の女とデキていたらしい。そして、シューが平民の女に嫉妬して虐めを行なっていたと宣う。
シューはそんなことをしていない。するはずがない。だってシューは、誰よりも優しい女の子なのだ。
僕はあの男と平民の女の前から混乱して一歩も動けないシューを連れ出す。これ以上シューを辱められるのはごめんだ。
平民の女は僕の顔を見て嬉しそうな顔をして、「そんな女よりレイナとお話しませんか!?」と気持ちの悪い誘惑をしようとしてきたが、僕は無視してシューをお姫様抱っこで攫っていく。
あの男は、レイナとかいう女を驚いた表情で見つめていた。見る目がないね、お前。
外に待たせてあった馬車で、シューを男爵家に送り届ける。男爵家の馬車の方にはこっちでシューを連れて行くと告げておく。
馬車の中で必死にシューに話しかけるが反応が無い。呆然として、一筋だけ涙を流して固まっている。そんな君も可愛らしいけど、どうかいつものように笑ってよ。
男爵家に着くとシューのご両親と兄君、妹君は突然の訪問に驚いていたが、事情を簡単に説明すると僕はシューの部屋まで行きベッドにシューを下ろした。ご両親と兄君、妹君もその後をついてきていたので、シューの手を握ってやりながらもう一度詳細な説明をする。
シューのご両親と兄君、妹君の怒りは相当だった。僕が身体が弱かった幼い頃、遠い親戚であるシューの両親の領地で預かってもらって療養していたが、それから今まで一度もこんな表情見たことない。
「…とにかく。シューは呼びかけにも反応がありません。医者をこちらですぐに手配します。いいですか?」
「ありがとうございます」
そして呼び寄せた腕の良いと評判の医者によると、やはり精神を病んでしまったらしい。しばらくは様子を見ないとなんとも言えない、とのこと。
僕は、どうしようか考える。シューを看病する?シューに愛を注ぐ?それもいいけれど、やっぱり最初は害虫駆除かな。
ー…
「どういうことですか!?我が子爵家への援助を打ち切り!?」
「すまないが、〝王弟殿下〟の怒りを買った家に援助をし続ける訳にはいかない」
「何番目の王弟殿下のことですか!?」
「一番歳若く、王太子殿下と年も近い末の王弟殿下だよ。いくら末の子とはいえ王弟には違いないから、逆らって恨まれたくないんだ。わかるだろう?王弟殿下の可愛い幼馴染の男爵令嬢を、こっ酷く公衆の面前で辱めた息子殿を恨んでくれ」
こんな調子で、シューを辱めたあの男は家ごと破滅。爵位と領地は成金貴族に売却され、それでも尚有り余る借金だけが残ったらしい。最終的にスラムに身を落としたと報告があった。でもまだ足りない気がしたので、奴隷商に捕まえさせて奴隷印を焼き付け売り飛ばさせた。
ー…
「ちょっと!レイナになにするのよこの犯罪者!誘拐は犯罪なのよ!?」
「嬢ちゃんは金は好きかい?」
「えっ…好きよ?」
「金持ちの男や貴族の男は?」
「好きよ?」
「ならぴったりの仕事がある。毎日金持ちの男や貴族の男にちやほやされる仕事さ」
「え!?本当!?やりたい!」
「なら契約書にサインしな」
「うんうん…はい、サインしたわ!」
「じゃあ、今日から早速頑張れよ!」
「うん!」
馬鹿な平民の女は、攫って娼館に売り飛ばした。一応本人の同意もあるので優しい方だろう。最後の優しさで〝まともな〟娼館にしてあげたし。身の程知らずがシューを辱めたんだ、これからはシューの何倍も苦しめ。
ー…
害虫駆除が終わったので、僕はシューを毎日愛でることにした。医師の定期的な治療を受けるためにという名目で、僕の離宮の一室でシューを預かった。
物言わぬシューは、本当にお人形さんみたい。治癒魔法と点滴でなんとか命を繋いでる。眠るのにも、睡眠薬が必要だ。何もできないから、侍女達はさぞ大変だろう。それでも〝僕の逆鱗に触れるよりはマシ〟と丁寧に仕事をする。うん、偉い偉い。
「ねえ、シュー。僕の可愛いお人形さん。婚約破棄されてお人形さんみたいになった君の空っぽの心に愛を注いだら、一体どうなるんだろうか」
シューの頬を撫でる。やはり反応はない。あんな男に捨てられたのが、そんなにショックなの?もっと良い男が、一途な男が近くにいるよ。
「愛してるよ、可愛いシュー。だから、また笑ってよ」
キスを落とす。柔らかな唇を期待したけれど、シューの唇は今ではもうカサカサだ。
「…もう、逃がしてあげない。君は親戚筋の侯爵家にでも養子に出させて、僕の奥さんにする」
ぴくりとシューが反応した。…気が、した。気がしただけかもしれないけど。
「だから、ねえ。もし受け入れてくれるなら二回瞬きをして。嫌なら三回瞬きをするといいよ。けれどその場合、その可愛い足に枷を嵌めてしまうかも?」
「や…」
嫌と言いながら、二回瞬きをしたシュー。シューの声が久し振りに聞けて嬉しかったけど、声がかさついてるのが残念かな。でも、監禁はお気に召さないけど、結婚は受け入れてくれるんだね。嬉しいよ。じゃあ、結婚してからもある程度の自由は保証してあげないとね。シューが喜ぶなら、僕はなんでもしてあげる。
「愛してるよ、僕だけのシュー」
「王弟、殿下…」
「いつものように、ルーと呼んで」
「ルー…好き」
「…ふふ、嬉しいなぁ」
知ってる?シュー。その好きは〝依存〟って言うんだよ。共依存だね、僕達。幸せ、幸せ。そうして、どこまでもお互いに溺れていこうね、シュー。