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迷宮。
多くの人が挑み、栄光と死を賜る異常の地。
広義では、ごく普通の洞窟や遺跡に魔物が住み着いた場所もそう呼ぶけれど、今ジーナが言ったのは、狭義の迷宮。迷宮核を中心として発生し、中の魔物を倒すと魔石などを残して消失するが、倒したはずの魔物や時には鉱物や植物に至るまで復活する不思議な空間。多くの冒険者が命を賭し、僅かな者が栄誉を掴む場所。
内部で魔物を倒すと、不思議と強くなれると言われ、それは実感として冒険者にも貴族にも知られており、騎士や兵士の訓練にも使われることがある。迷宮の魔物から獲得される魔石や毛皮なども有用なものが多く、実際に北部の主要産物でもある。
しかし、時には、暴走や崩壊により魔物を周囲に撒き散らす厄介者でもある。なので、各領主は迷宮が領内に発生した場合、内部の調査などを行ったうえで冒険者に開放したり、時には上位貴族に依頼してでも潰すことだってあるのだ。
「たしか、リロルを開拓するにあたって辺境伯家が力を入れて迷宮を潰しまくったんじゃなかったっけ?君の母君と妹君も領主一族として参加したと聞いたけど」
「『乾燥』マティーの後継者として、いくつもの迷宮を潰し、多くの魔物の群れを滅ぼした『渇水』モンナと、その娘で若くして騎士団分団長を担う『渇き』クリー。辺境伯家の最高戦力の二人がここの開拓に力を貸してくれた」
少しだけ、ジーナが遠い目をした。
二つ名を言う時だけ、ほんのちょっと声がかすれた。やっぱり、気にしてる。でも、彼女がそれを面に出そうとしないのであれば、俺は見て見ぬふりをすることしかできない。
婚約者であり、将来の夫として、何よりも、俺を見出してくれた恩人に対して何もできないことが歯がゆい。でも、それを見せない。見せるわけにはいかない。
「この辺りにあった迷宮を潰して回ったのはもう5年も前。たしかに新しい迷宮ができても不思議ではないけれど、近くに、新規が、2つとは……いやはや困ったものさ」
「その割には嬉しそうだね。
でも、気持ちもわかるよ。困るけど、嬉しい悲鳴になりそうだ。冒険者がわんさか来るぞ」
「まっさらな迷宮だからね。遺物がない代わりに、運が良ければ魔道具や魔剣が手に入るかも。そう思うと、うちの領で最初だけでも囲い込みたいよ」
「人数がねぇ」
「騎士は三交代で警戒させるだけで手一杯。治安を守る兵士だって街区の方は全く手が出せていない状況だよ。自警団があるけれど、権限としては微妙だからね。こちらが管理する騎士兵士を迷宮で損傷するわけにはいかないね。
私が出張っても良いんだけど」
「止めて。怪我でもされたら困るよ。君の安全は迷宮で得られる魔道具よりも重要だからね」
「……急に言われると、胸に来るものがあるよ」
「……そう返されると、こっちも恥ずかしくなるよ。
それはおいといて、一般の冒険者にってなると、不満に思う人も出るんじゃないかな」
「兵士と下級騎士の多くが冒険者出身だからそう考えるのも仕方ない。でも、そうでもないよ。彼らは既にここリロルに忠誠を誓った防衛戦力。強くなる機会を得られなかったことを悔やみはすれ、財を得られないからと言って不満に思うような者ではないわ。
……建前だけどね。もちろん、迷宮からの産出品で得られた儲けは、騎士や兵士に還元しよう。臨時の報奨金を用意するし、休みの際に迷宮探索することを許可し、訓練でも迷宮を活用する。そうすることで、強くもなれば、臨時収入も得られるだろう」
「その辺りが落としどころかなぁ。あーあ、もったいない」
「そうでもないよ。わかっているだろう?」
「……もちろん。部下を失う危険を今冒す訳にはいかないからね。損失の可能性と天秤にかけたら、迷宮の宝物を高く買い取った方が手間もかからない。そろそろ減ってきた魔物素材も追加したいし、冒険者から買い取ってもそのお金はほとんどうちに落ちる。
何の問題もないけど、やっぱり潜りたいよね」
北部に来たばかりの頃の訓練を思い出す。きつかった。とってもきつかった。でも、強くなれた。迷宮は命懸けだったけど、戦えば戦うほど、倒せば倒すほど強くなれた。もちろん、まだまだ俺は弱い。でも、強くなった実感が得られる迷宮探索は、一度嵌るとなかなか抜け出せない落とし穴のごとく人を捉える。
苦笑いしているジーナは、俺の気持ちをわかってくれている。迷宮を一人で踏破すれば、成長でも財宝でも、桁違いのモノを得る。辺境伯家の力の根源はこれだ。当主一族3名で百をはるかに超える迷宮を単独踏破してきたと聞く。騎士団なども併せればどれほどの数になるのか。
賢者の再来とも言われ、多くの魔術を使いこなすジーナだけど、『乾燥』に特化した辺境伯を目標にしていた彼女にとって、尖ったものがない自分に自信を持てていない。貴族にまでなった俺が、自分の能力に自信がないのと同じく。まあ、似たもの夫婦なのだ。しかし、迷宮を、単独とは言わずとも少人数で踏破すれば……そう夢想することもあるけれど、立場が許さない。
彼女の魔術は多彩であり、魔力も豊富だけど、迷宮を簡単に踏破できるほどではない。俺の『穴掘り』に比べると、1つの魔術に対する消費魔力量が多すぎるのだ。もちろん、他の魔術師とかに比べれば全然少ないんだけど、迷宮は深いから。どんなに節約しても、行けて半分だろう。それ以上進むと帰ってこられない可能性が高くなる。翻って、俺の『穴掘り』はと言えば、明らかに威力不足だ。一撃で魔物の息の根を止めるだけの威力がない。消費魔力は少なくても、これじゃあ少人数踏破だってて死にに行くようなものだ。でも、人数集めることも難しいし、できたとしても利益は少ない。
いろいろ考えれば、結論なんて変えようがない。ため息とともに、未練を吐き出した。
「今は、収穫祭の方が重要だね。それと、防壁に住居。どうせこれからも迷宮はポコポコできるだろ?その時まで期待して待ってるよ」
「そんな簡単にはできないさ。でも、そうだね。今はここリロルを安定させよう。私達の愛おしい領地だからね」
昨日より今日。今日より明日。今のリロルは日々成長して、人が増え、新しくなっている。計画もどんどん前倒しだ。支配層、つまりは、上の人間が少なくて困ってしまうほどに。街区予定地の治安確保や宿の建築、迷宮の破壊など、他所に頼れるものは頼ってでもこなしていかないと。
はぁ。今日も忙しくなりそうだ。
ジーナと顔を見合わせて、ちょっと笑ってしまった。同じこと思ってるや。




