6-10
「お帰り。早かったね」
「ただいま。……やっぱ、こっちの方が良いなぁ。気を抜いても大丈夫なのが最高だ」
「どうしたんだい急に。まともな街になるのはまだまだ先だから、生活するにはリステンの方が良いだろうに。
まあ、わからなくないけど」
「ジーナは子爵だもんな。何処にいたって周りの目が光っているから油断できる場所なんてないだろうし、大変だったんだろうなぁ」
「数年経てば君も同じ立場さ。ここは交易の要衝になるからね。男爵でなどいられないさ。
……旅を経験して、初めてわかったんだよ。私には、みなに見られているのが当たり前だったから、最初は戸惑ってね。でも、気楽に、気を張らなくて良いのはとても過ごしやすいと思ったね」
「……時には気晴らしができるようにしようか」
「ははっ。私の旦那様は気遣いができる良い男だね。
さて、その気遣いで何か言うべきことはないかい?」
ジーナは笑っている。ただのじゃれ合いは、たった一カ月空いただけなのに、とても懐かしさがある。ジーナとダグと3人で旅した時間はそれほど長くなくても、やっぱり濃かったんだな。あれから比べると、周りに人が増え、やるべき責務と領地が肩に重くのしかかっている。
「あの防壁。気のせいでなければかなりできてないかな?俺がリステンに出発するときは、まだまだちょこっとだけだったはずなんだけど」
「そう!驚いたかい?実は、防衛隊のボトラルではなく、第二軍団長チルトンの案でね。工兵が簡易砦を築くときのやり方らしい。輸送隊と作業隊を分けるだけじゃなく、作業隊を複数の班に分けて、それぞれを競わせる。報酬は、良い食事と給料の割り増し。少しばかり経費が掛かるけれど、作業が倍進むんだ」
「面白い考えだね。ジーナの目から見て不備がないなら、これからも採用しようか」
「そうね。
あと、色々と依頼が来てるわ。ほとんどが土魔術と出稼ぎ系だけど。耳が早いわね」
「えーっ。俺帰ってきたばかりだよ?こっちの発展に力注ぎたいよ。だって、俺の領地でもあるんだよ」
「ディグ。正しく、君の領地だよ、ここは。
依頼と言っても君に来てほしいわけじゃない。こっちに来てくれるのさ。土魔術は、それにしか適性がなかった魔術師などから、教えを乞いたいとの手紙さ。君も土魔術の評価の低さは良く知っているだろ?」
「準備魔術。肉体労働魔術に汚れと友達とも言われてるよな。でも、戦いにはあまり出ないから危険性は低いし、給料は良いし、何より喜ばれる。
攻撃にしか向かない火魔術よりもよっぽどすごいと思うんだけどな、俺は」
「人は、比べるものさ。それも、どうにもならないことをね。魔力の量、魔術の威力、速度や範囲。使える魔術の数。助けた人数に倒した魔物の数。そんなの比べても仕方ないだろうに、なぜか比べたがるのさ。
魔術師の中でも、あの魔術が使えるから偉いとか、この系統は使いやすいから素晴らしいとか。どう使うかが問題だろうに」
「……それでも、俺からしたらかなり羨ましいけどな。比べたって、上しかない。
で、そんな高名な方々からなんだって?何を教えろって?」
「ははっ、機嫌悪そうだね。そうそう、内容としては、君が練り上げた魔術。特に、地面を掘り起こす『耕作』と道を造る『道造り』。それと、まだ知られていないだろうけど、木材を加工する『角材』なんてのも、喜ばれるだろうね。
オリジナルと言っても構わないくらいに練り上げたそれらを教えてほしいってさ。示されている報酬は、かなりなもんだね、さすがに」
「俺に教えを乞うねぇ……なんか、世も末だね」
「魔術学院を退学したのにってかい?」
「……卒業できなかったからなぁ」
「でも、それ以上に君は評価されている。その証拠が「これ」なんだよ。耳が早く、腰が軽い魔術師からだけで、十通近い数が来ている。土魔術の適性がある人物だけなのにだ」
ジーナの台詞が、ストンと心に落ちた。
彼女には今までも色々と励まされた。褒められたし、評価もされた。爵位だって領地だって、美しい妻もいる。それでも、やはりどこか満たされなかった。でも、今。これで良いんだってなぜか思えた。
ちょっとだけ泣きそうになる。
目の端に、微笑んでいるジーナと、反対側にはダグが。こんな状況で泣けるか!
「……受け入れることに利点があるのかい?教えるだけなら俺の時間が削られるだけだろ?」
「こういった契約は、毎年同じ額の報酬を支払うんだ。それに、ある程度実地訓練は必要だろう?」
「貴重な労働力になるわけだ」
「もちろん、報酬を支払うために冒険者として活動したり、ここで作業依頼を受けてくれたりもする。魔術師だから他の系統の魔術も使えるんだから、開発中にここなら、誰だってのどから手が出そうなほど欲しい人材だろう。一人でもここで暮らすことにしてくれれば儲けものさ。
冒険者も続々来ている。これからが本当に楽しみだ!」
「楽しみなのは良いんだけど、ジーナ。他にも依頼が来てるんだろう?」
「そうそう、そうだった。出稼ぎの依頼さ」
「だから行きたくは」
「こっちに来る方だよ。来る方」
「へっ?」
「ほら。ここは今まではあまり顧みられなかったけど、北部全体で言えば南の方にあるわけだ。つまり、冬の到来は遅い。温かい西部とも道がつながり、魔物の多い森も近いし、まだまだ人手不足。つまり、仕事は掃いて捨てるほどある」
「まあ、手が足りないよね。日に日に冒険者が増えてるみたいだけど、半分以上は森に行っちゃうし。街造りはまだ始まったばかり。交易隊のおかげで物資には余裕があるけど」
「簡単に言えば、冬が早い北部の貴族が、余っている騎士や兵士をこちらに貸してくれるって話。協力だし、向こうからの話だからこちらの費用持ち出しはなし……って言っても、建物や食事、消耗品だってある程度は提供するけど、向こうからの返礼品でトントン。作業に応じた報酬は支払うんだけど……相場は冒険者と変わらない」
「……なら、何か違う利点があるってことかい?」
そう返したら、ジーナはにんまりと笑った。
「領地間のつながりができる。そこでしか手に入らない物ってのはいくらでもある。そして、どこでも食料の確保は第一の命題。つまり、こちらは、西部地域から食料を手にいれるだけで、売り先は引く手あまた。対価も選び放題」




