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「……俺にゃ魔術師の戦い方にゃ見えんかったが。わかったんは、おめぇの剣を全部避けて、俺と会話する余裕があったってこった」
「その余裕が問題だ。
一人で戦況を覆すような力を持つのが魔術師だ。では、一番困るのは何だと思う?」
「いきなり問答かよ……そうだな、体調不良か?」
「……間違ってはいないが、正しくない。
まあ、力を持った個人だ。それが発揮できない状況になることが一番困る」
「具体的には?」
「少しは自分で考えろ」
突然始まった戦場講義。ダグは意外とこういった戦術論だの武術論だのが好きで、訓練中も時々差し込んでくる。戦いながらも頭を使えってことらしいが、ただの趣味だろ?頭使えってのは学院でさんざん言われたんでわかっちゃいるんだが、それまではごくごく普通の農民だぜ?農民の考えることなんざ、農作物の出来と天気、それに森の動きくらいだ。それで十分生きていける。
街で暮らしていた奴らはどうだか知らんが、村内は200人もいない状態で、日々の生活に追われていれば、勉強なんて贅沢は中々できやしない。俺を魔術学院に送り出してくれたけど、それがどんだけ村の負担になったかって考えると、顔向けできねぇ。学院を追ん出されたときに辺境の開拓村援助の依頼を率先して受けたんは、報酬が高いからだけじゃなかった。依頼のついでに家族に会えるってのもあったけどさ。
……おっと、また考えが違うとこ行ってたぜ。どうも、こう、考え事してっと、とっちらかっていけねぇや。
で、人が、力を発揮できねぇ状況ねぇ。
「死にゃあお終いだな」
「もちろん、それが一番困るな。魔術師は強力な範囲魔術を使い、単独で十人の騎士を軽々と蹂躙する重要な戦力だ。死ぬだけじゃない。怪我、動揺、それに手が離せない状況になっても困るわけだ」
「……手が離せない状況ってのがミソなんだな」
「その通りだ。魔術を使わせない。それが、魔術師に対抗するためのただ一つの対策だ。
だから、戦場ではできるだけ味方の魔術師に魔術以外のことはさせない。敵は乱戦に持ち込む」
「よく勉強しているね。まあ、それが基本的な戦術だね。まあ、戦いにおける最大の攻略さ。
相手に何もさせない。
ただ、それだけだよ」
「……それができないから、戦いは難しいのだがな。
話がズレたな。周りが魔術師に対抗すれば、魔術師もそういった状況に対抗するようになる。それはわかるな?」
「ったりめぇよ。兎が畑の野菜を狙ってくるなら兎罠をってこったろ?
……まあ、力技で対抗しようって考えのやつも多いだろうけどな」
かつての同級生たちを思い出す。自分は選ばれたもんだって意識で見下してたなぁ……んで、一カ月もしねぇうちに上には上がいるって落ち込んで、で、さらに下をけなすことで自分を保とうとする、どこの村でも嫌われる奴だ。
ったく。そんな暇あんなら魔術の腕磨けってんだよ。俺なんざ、『穴掘り』しか発動しねぇってんで、必死になってたんだぞ!
そんな奴らだから、あいつらはダグみてぇな剣士とか兵士ってのを馬鹿にしてた。中にゃ騎士様だって下に見てた馬鹿も居たなぁ。範囲攻撃ができないって。あいつらなら、正面切って力で対抗しようとするだろうなぁ。数ってのがどれだけ厄介か知らんのだろうか?……まあ、バケモンレベルの奴らならそれでも問題ねぇんだろうけどよ。
「ある程度なら力業でもなんとかなるのが魔術師の怖い所だな。しかし、彼らとて人間。使用できる魔力には限りがある。防御だからと無制限に魔術を放つことはできない。
ではどうするか?」
「……魔術以外を鍛えるくれぇしか思い当たんねぇな」
「うむ。その通りだ。
魔術師が、自らの危険に対抗するための編み出した技術を魔闘術と言う。まあ、武術と同じく総称だがな」
「ダグぅ話がなげぇ。何が言いてぇんだ」
「あー、つまり、彼女の戦い方は、魔闘術の、それも接近戦を主とする魔闘術の動きだった」
「つーことは、攻撃ができなかったんじゃなくて、いつでも倒せたってことかい?」
「まあ、余裕がないというのは彼女のリップサービスだな」
「いやいや。君の攻撃もかなりのものだ。それは間違いない。
私ではいくら剣を振ってもかすり傷すら付けられないに違いない」
「……って言ってっけど?」
攻撃するときに隙ができるってのは、最初にダグに習った。特に、力を入れれば入れるほど強いが隙が大きくなると。だから、とどめを刺そうと思うな、いつでも同じように剣を振れと。
だから、会話する余裕があっても、攻撃できるかはまた別なんじゃねぇかと思う。それに、あのダグの動きからして、避けるのならまだしも、先に攻撃を当てんのは無理じゃねぇのかな?ジーナは身体捌きこそ見事なもんだったけど、そこまで剣速がすげぇとは思えねぇんだよな。腕もそんなに太かぁねぇし。
「腕の肉はあるに越したことはないが、必要以上にあってもあまり意味がないぞ?」
「……なんでわかった?」
「視線が判りやすいからな。
まあ、剣を振るには腕の力はもちろん、体全体を使わないと速くはできないな。
それに、彼女は魔術師だ。剣を振る必要はない」
「そりゃそうだ」
「熟練の魔術師は、単属性の魔術なら詠唱無しで素早く発動できると言われる。遠距離であれば魔術で倒せるからと、接近戦において相手のどんな攻撃も避けることに特化した魔闘術だろう。
……たしか、北方が盛んだったはず」
「その通りだ。ドリアーナ辺境伯領は様々な魔闘術が日々しのぎを削っている。
私が学んだのは己が身を守ることに特化した魔闘術、マタイ流魔闘術だな。でも、私は攻撃魔術と併用が苦手でな。だから、攻撃に移れなかったのだよ。
どうしても、避けながらだと発動までに時間がかかるのだ」
はぁ~。そりゃ贅沢な悩みだ。
魔術ってのは天性のセンスでもなけりゃ、使えば使っただけ上手になる。まあ、どんなことでもそうだろうが。だから、『穴掘り』しかまともに使えねぇ俺は、正直、『穴掘り』だけなら宮廷魔術師どころか大賢者様にだって負けねぇって今じゃ思ってる。
単属性魔術それぞれに百の魔術があるとして、2属性の合成魔術、それ以上の応用魔術って考えりゃ、千はあるって話だ。つまり、大賢者様は俺の千倍魔術が唱えられる。それなら、俺の千倍長生きして魔術使ってなけりゃ、俺以上の『穴掘り』じゃねぇってこった。
……そう考えられるようになったのは最近だけどな。
「まあ、そういうことにしておこう。
で、依頼とのことだが……」
「依頼については食事をしてから伝えるとしよう。さきほども、ディグにそう言ったし、ここは耳目もある。
それはさておき、なぜ北のドリアーナ辺境伯領から西のローリア辺境、商都ロンドリアにまではるばる旅をしてきたかというと、君らに会うためなんだ。この依頼は、君らだからこそお願いする依頼だ」
「……ふむ。唐突な話題転換。
内容と併せて怪しさ全開だな」
「嫌な予感しかしねぇな。あんたにゃ悪いが、嫌なときゃ嫌って言うぜ」
「もちろんだとも!
こんな誰が聞いているかもわからない場所じゃ言えないってだけさ。君らに利はあるけど、もちろん危険もあるからね。じっくりと考えてほしい」
「……まあいいや。飯にしようぜ」