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「いやぁ~はっはっはっ。ここまで簡単にうまくいくとは思わなかった。本当に助かったよ」
「こちらこそ。作業としては簡単だったので、割の良い依頼でした」
「本当なら、これからもお願いしたいところではあるが……さすがに無理か。それよりも冒険者や兵士などで『穴掘り』ができる人間を訓練した方がよさそうだな。これほどの成果が上げられるなら、挑戦してみる価値はある」
「ディグの魔術は参考になりませんが、私が実際に『穴掘り』してみたところ、発動に通常よりも魔力消費が数倍といったところでしょうか。何度も試さないと氷に穴を開ける感覚は難しいかもしれません」
「十倍になろうが、消費魔力はたかが知れている。この地にだって『穴掘り』が使える冒険者や魔術師がいる。来年、いや今年から本格的に試してみよう」
「ただ、川も雪水路もすぐに凍ってしまうでしょう。一時的な効果しか見込めませんよ」
「ははっ。ジーナ殿もわかって言ってるようですな。
一時的でも、街中の雪が大きく片付けられるのであればその恩恵は計り知れない。領民は気兼ねなく出歩けるし、いざ大雪が降っても対応ができる。それに、万が一魔物の襲撃があろうとも、防壁との行き来が簡単になればなるほど街の安全が保障される。良い事づくめです」
どちらにせよ、雪の処理依頼は従来通り冒険者ギルドに出し続けるそうな。真面目な新人冒険者への支援、隔意が発生しがちな住民と冒険者の間を取り持つ意味もあるとのこと。うーん、深い。
ちなみに、雪を融かすのはジーナだったけれど、道端に積まれている雪を雪水路に落としたのは『穴掘り』の応用。雪水路方面に向かって雪を押す感じで穴を掘った。魔術の火が燃え盛っているところに押し込んだので簡単に水になり、処理はかなり楽だった。街中の道沿いに堆く積まれていた雪はほぼなくなり、屋根の雪下ろしもかなり捗っているようだ。数日もしないうちに川面は凍ってしまうが、氷が薄いならば簡単に割ることができる。今日明日は雪を融かして流せそうだ。
今年は大雪がすでに一度あり、もしこれから先にも数回あるようだと色んな意味で危険だと対策を模索していたとのことで、当面の危機が去った子爵の顔色はとても良かった。雪が積もれば川を超えて襲ってくる魔物が防壁を乗り越えやすくなる。逆にこちら側は街中の雪によって行動を阻害されるだけでなく、雪の排除にも人手を取られる。発見されていない迷宮から魔物があふれ出す可能性はいつだって捨てきれない。なので、街中の雪が一時的でも排除されるのは、とても価値あることなのだ。
今回の件でその重要性を滔々と説明され、これからの砦、いや街造りにとても参考になった。今までも専門家ってのと少しは話をしたけれど、なんと言うか、話は専門用語ばかりで理解しづらいし、色んな場面でそれは常識って感じで説明が少々不足しているし、詳しい解説にさらなる解説が必要なくらいだったから。細かい話は良いんだよ。まずは大雑把で。んで、必要に応じて細かい説明をしてくれれば。そう思うんだけど、専門家にとっては全部が重要で、全部説明したくなるんだろうな。学院の教授連中もそうだったな。頭がいい人は、馬鹿の存在を忘れてるんじゃないかと思うよ、まったく。
それにしても。子爵宅からの帰り道、ご機嫌がいいジーナを見ながら改めて思う。こいつはすごい奴だ。
俺には使えない『火壁』。こいつは、地面から2メートルの高さで、横4メートルの炎の壁を作り出す守りの魔術だ。炎なので物理的な防御力は少々劣るが、触ると火傷するし、近づくと熱いし、矢などは燃えるので防御力としてはそこそこ優秀。特に、魔物が押し寄せてくるときなどは、防壁の上から唱えれば、倒した死体は燃えるわ、火傷で戦闘力を大幅に奪えるわと大活躍。攻防一体の魔術となる。
しかし、魔術の性質上、抗えない条件がある。それが、地面からということだ。ただし、地面と言っても、その上に城壁があればその城壁の上、箱があればその箱の上からとなる。高さや横幅も固定だ。つまり、雪だけならまだしも、氷の上ならばそこから2メートルの炎の壁ができるのだ。……通常ならば。
一通り使えるジーナだが、どの魔術も変化させることができなかったはずだ。数多の魔術を習得することに、スムーズに発動させることに、忘れないようにするために、かなりの時間を費やしていた。だから、単体魔術については練度がそこまで高くなく、俺の『穴掘り』みたいに応用させられなかったのだ。これまでは。
つい先日、『岩生成』の際にある程度整った形にできるようになった。その時は便利になったなぁと思うだけで気づかなかったが、今回の『火壁』で高さを半分にしたり、水路の底、氷の下から炎の壁を立ち上げたのを見て、彼女が魔術の壁を乗り越えたことがわかった。たぶんまだその二つだけだろうけど、魔術を応用することができるようになったようだ。
……おれ、いちねんかかったんじゃね?それも、1つのまじゅつだけ。じーながつかえるようになったまじゅつは、さいきんくんれんはじめたばかりじゃね?
滅茶苦茶、才能の差を突きつけられた気分。努力云々だけでできることじゃない。……まあ、もちろん、才能だけでできることでもない。どれだけジーナが工夫しながら訓練してきたかは、近くにいた俺が一番よく知っている。まだまだ自由自在とはならないみたいだけど、そんなの俺も同じ。少しずつ試行錯誤していくしかない。
屋敷への帰り道、嬉しそうに歩くジーナに声をかける。
「おめでとう、魔術の応用がかなりできるようになったね。『火壁』もだけど『岩生成』だって、普通の使い方と違うだろ?こんな短期間ですごいよ」
「あら、貴方のおかげよ」
「いやいや。俺は何もしてない。全部、ジーナの力だ」
「違うわよ。
できる。
そのことを、見える形で、目の前に提示してもらったの。だから、頑張れた。だから、やり遂げられた。心から感謝しているし、貴方を見初めた自分の目を誇りに思うわ。愛しているわよ、ティグルス」
「……俺もだ」
自分の顔が、夕日よりも赤くなっているのが自覚できる。ジーナも嬉しそうだ。俺は自覚していなかったが、俺が気持ちを言葉にして彼女に示したのは今が初めてだったらしい。そう言われれば、そうかもしれない。ものすごく申し訳ない気持ちになった。彼女は気にしていなかったようだが、それでも言われれば嬉しいらしい。そりゃそうだ。好感情を示されれば嬉しいよな。
さっきだってそうだ。俺の『穴掘り』を改めて褒めてくれた。すごい人が近くにいて、その人が俺を認めてくれている。……なんと言うか、こそばゆいんだけど、すごく嬉しい。
感謝や好意は言葉にしよう。改めてそう思った。




