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ほのかに湯気が立つ、乳白色のスープ。普通であれば、食事の最初か中ほどに提供されるはずの汁物が本日は最後。併せて出された飲み物もなく、食事の締めとしてはかなり珍しい。
まあ、ここでの食事は日によってガラッと性質が変わり、時には野営料理かと思うような炒め物だけの時もある。パンも白パンだけじゃなくて黒パンや細長かったり、変わった形の時もある。あ、ちなみに、いつもとても美味しいです。はい。
器はカップと言うには平たく、皿と言うには深く、初めて見る形だ。意を決してスプーンを入れようとしたら、ジーナから指摘が入った。
「最初はかき混ぜないで、ゆっくりと掬って飲むんだ。良く味わったら、底から掬う。これがまた、違った味わいがある。
混ぜるとまた一味変わるんだ。食べるたびに変わる味も楽しみの一つなの」
「へー」
せっかくなので、試してみよう。言われたとおりに上澄みを一掬い。
ゆっくりと持ち上げたスプーンの中身。乳白色なのは細かくなったココリス。長細く小さな白い果実の欠片がスープに浮いていたからこその色みたいだ。口に近づけると、鼻をくすぐるほのかな酸味。匂いは甘くないな。
甘い!
口に入れたとたんに広がる甘み。十分に溶けているのか舌の上に繊維が残ることもなく、サラッと飲めるスープ。後味からするとそこまで甘くないはずなのに、なぜかとても甘く感じる。
もう一口。……慎重に……。
うん。甘い。
すぐには飲み込まず、口の中で味わうとよくわかる。甘いのは、口に入れた瞬間。何故だかはわからないが、甘さを強く感じるんだからまあ良いか。
ある程度満足したので、今度は底から。
中を混ぜないようにするのがちょっと難しいけれど、まあ、なんと……え?
スプーンの上には、鮮やかな黄色い汁。少しばかり濁っているのは、乳白色の上澄みが混じったからだろうが、同じ器のスープでこんなに色が違うなんて。
目線を上げると、こちらを見ていたジーナと目が合う。俺の驚きを感じ取ったのか、にやりと一つ笑いを残して、自らの器に向かった。自慢したいのはわかるけど、ちょっとイラっと来るな。
それよりも味だ、味。こちらは口に近づけても酸っぱさは感じず、爽やかなココリスの香り。うん。これならココリススープだと判断できるね。口に入れると……甘味と共に酸味が、それも強弱付きで広がった。これも予想外。甘酸っぱい果物、ベリーとかを食べている気分。
もう一度掬って、よく見てみる。黄色いのは皮か。こっちも果実と同じく細かくなっているから黄色いスープになっているんだな。色の違いは中身の違い。実の方が軽く、皮が重いんだろう。干したココリスよりも色鮮やかなのはお湯で戻したからだろうか。記憶にある味もそっけもない水戻しココリスよりも数段奇麗な色だ。皮の触感がわずかに残り、サラッとしていて水のようだった上澄みとは違うスープを飲んでいるみたいだ。
底の味を堪能したら、甘みが欲しくなって今度はもう一度上澄みを掬うと、最初とは違って少し酸味を感じた。よくよく見ると、浮き上がった黄色い皮が多少混じっている。ああ、だから味が変わるのか。一口食べるたびに、すぐに次が味わいたくなる。
スプーンと食器が奏でる音が、ひときわ高く響く。俺の手から器にスプーンが落ちたのだ。
……気が付けば、器が空になっていた。
「どう?すごいでしょ!」
「……ああ。美味しかった。ココリスなんて酸っぱいだけだと思ってたのに、こんなに甘いんだな」
「あら、実際食べ比べると実は蜂蜜の方が甘いのよね。不思議よね。
でも、あの温かくて甘いスープに勝るごちそうはないと思うの。冬の数少ない楽しみ」
「辺境伯家だったし、自分も領地があったお貴族様だろ?いつだって食べられるんじゃないのか?」
「これは、庶民の食べ物なんだ。私が無理を言ってボンズに作ってもらっているんだ。昔、城下町で食べたのが忘れられなくて……」
「別に、貴族が食べたって良いだろ?こんなにうまいのに」
「甘味としては、やっぱり砂糖や蜂蜜に劣るんだ。ボンズだからこんなに上品な味わいだけど、普通はもっと雑なんだぞ。それに」
「それに?何か理由があるのか?
美味い物は美味いで良いじゃないか」
「干しココリスはそこまで高くない、庶民でも手が届く甘味なんだ。食糧難の冬はどうしても主食となる小麦などが流通の中心になるので、甘味などの嗜好品は少なくなる。それを、金に飽かせて貴族が手に入れるのはな」
「外聞も印象も悪いか。食い物の恨みは恐ろしいってね」
「まさにそう。
砂糖や蜂蜜の甘さも好きだけど、私はこっちの方が好きなの。ココリスのスープは甘さが優しくて、一口ごとに味が変わるのも楽しくて。でも、温かくなると今ほど美味しく感じなくて」
「冷たい水は夏が一番美味いのと同じか。ふむ……」
ここまでジーナが食べ物に執着するするのは初めて聞いた。去年はここに住んでいたというよりも、迷宮に籠っていたし、手の込んだものなんて食べた記憶がない。まあ、ボンズさんが来たのは今年からだし、仕方ないか。
食後の茶を飲みながら他愛もない話をジーナとする。憩いのひと時だが、この茶もココリスの葉を干したものだと聞いて驚いた。こんなに有用なら領地の一部で栽培を試みても良いな。どんなところで育つのかと、種や苗を手に入れられないか調べてみようか。そう思った時、突然に食堂のドアが叩かれた。お茶のお替りなどは調理場につながるドアを使っているし、緊急事態なら悠長にノックなどしていないだろう。
何があったのかと思いながら入室を促すと、筆頭執事のキースが入ってきた。
相変わらず隙のない所作。まさにお貴族様に仕える執事って人だ。見るだけで背筋が伸びる。
「ご歓談中失礼します。お二人にお手紙が届きました。この地のご領主様からです」
「えっと、リステン領主ってことだよな?」
「タタラ・リステン子爵ね。冒険者ギルド長のルバン、『豪炎斧』ルバンの実兄」
「筋肉がすごくて、真面目な人だったよね、ギルド長。うちの領地にもギルド優秀な人を送ってくれるって話だし」
「ありがたい話よね。彼は昔から世話焼きで有名で、後輩にも慕われ……って違うわ。その兄がここリステンの領主なの。見た目はそっくり」
「じゃあ、同じ『星屑』のメンバーだったの?今も続くS級パーティーだよね」
「いえ。あの方はソロ。つまり、一人で冒険者として活動していたと聞いている。子爵家の嫡男だし、領地経営や勉強など忙しくて仲間と一緒に冒険をなんてできなかったそう」
「そう言えば、ジーナもソロだったんだろ?やっぱり」
「ええ。他人と都合を合わせてなんて言ってられないし、魔術師は最初から優遇されているから」
「そうだったな。
っと忘れてた。手紙の中身はっと……へ?夕食にご招待?なんでまた」
「あら、当然のお誘いでは?」
思わずジーナを見ると、逆に見返された。え?当然なの?




