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「俺に色々教えてくれるってこったが、師匠って呼んだ方が良いかい?」
「ははっ。私がするのは助言。がっつり教えるわけじゃないからそんなのはどうでも良いさ。
さて、ディグ。君は、魔力を身に纏うことで防御力を向上させる『纏』を習得しようとしている。そして、魔力を全身に巡らせつつ、体内を巡る魔力を外に出して留めようとしている。
間違っているかな?」
「いんや、その通りだ。んで、最終的にゃ装備類に『纏』ができるようになりてぇな」
「では、まずは座学だな」
「へぃへぃ。そう言うと思ったよ」
「おや、思ったよりも素直だな。まずは訓練と反対すると思ったんだが。昼前だってあまり動いていない。身体を動かしたいだろ?」
「まあ、体力は余ってっけどさ。やみくもに体動かしたって大した訓練にゃならんだろ。そんなんで『纏』ができりゃ苦労しねぇ。
それに、どこだか知らんが、あんたも学院の出だろ?なら最初は座学。だろ?」
「「考えることを止めたものに進むべき道はない」」
「魔術学園はどこも同じ基本から教えている。理念も等しい。同じ授業受けてる同類は話が早いね。
さて。魔力を体内に巡らせると防御力が上がる。だから『纏』がその先にある。そう考えるのは間違ってないが、間違ってる」
「……巡らせるのと『纏』は直接的にゃつながってないってことか?」
「理解も早いね。
そう。巡らせるときに速さを上げたり量を増やしたりすると防御力が上がるんだけど、それだけじゃない。実際に動く速さとか、力とかも上がる。だから、どちらかと言うと、その先にあるのは『身体強化』なんだよね。
ちなみに、早くすると動きが、量を上げると攻撃力が上がるんだ。魔力には、人や物を強化する性質がある」
懐かしい授業風景を幻視しちまう。あの左右に歩きながら小刻みに指を左右へと振る動き。一年間、ほぼ毎日見たなぁ。こいつのことは聞いたこたぁないが、おんなじ教師に教わったんかねぇ。あの人、元気にしてんかな?
もし進級できてりゃ俺もこういったことを教わったんだろうか。
「……なんで、防御力以外の向上は知られてないのか。それは簡単。
向上率が低くてその差がわかりにくい。ただそれだけだ。そんな馬鹿な。そう思われても仕方ないが、事実である。だから、最近までわからなかったんだ。最新の研究結果さ。
実際、動きが遅くて力がない魔術師の速さや力がわずかばかり上がったってなかなか実感はわかないだろう」
「んじゃあ、纏ってのはなんなんだい?魔力を体内に巡らせるのは間違っているが、間違ってないんだろう?」
俺なりに考えて、頑張った結果が違ってるって言われりゃ気分が悪い。だが、まだ始めて一年。ここで教わる機会があったことを喜びはすれ、恨むのも、悔やむのも筋が違うだろう。
なら、一刻も早く正しいやり方を知りてぇ。
そう思って少し前のめりになりつつも、ついつい聞いちまった。内容からしたら秘伝の類。いくら請求されたって仕方ねぇレベルの内容のはずだ。しかし、ジーナはこともなげに答えた。
「魔力によって強くなる。これは間違いないんだ。巡らせるのが身体強化なら、留めるのが纏さ。
完全に留めるのは難しい……というか、できる人を私は知らないな。だから、できる限りゆっくりと流す、くるくるとその場で巡らせるとか、個人個人、やりやすい方法でその場所に同じ魔力を留める。それができるようになったら、今度は手にした装備などへと広げていくと成功しやすい」
「ほほぅ!そいつは知らなんだ。ちぃと考え方が違ってたな。
でも、気前よくそんなこと教えて良いんかい?俺ぁありがたいが」
「今じゃ学院で三年目に教わることさ。大したことじゃない」
「……そりゃ、大したことだよ。普通なら、金貨十枚は下らんぞ」
「そうかい。それなら、私の依頼を聞いてくれる報酬だと思ってくれ。恩に着てくれていいぞ」
笑いながら言いやがる。こいつは本物の金持ちで、お嬢様ってやつだな。学院に三年行けるだけの金がどれだけか、知ってはいても実感がねぇ。
普通はねぇが、もし纏や身体強化を金払って教えてもらうってなったら、それまでの学費やら何やらを考えると一週間で金貨三十枚は払う必要があるに違ぇねぇ。そもそも、最新の授業内容なんて、どこで教えてもらえるってんだよ。はぁ。依頼が断りにくくなっちまったが、それよりも、トラブルになりそうな御仁だね、こりゃ。
あきれはするが、それよりも簡単に教われる機会なんざありゃしない。ありがたく教わりますか。
「おぉさっきの説明だけでだいぶ良くなった。すばらしいね。
君のように、単属性の魔術しか使えなかった子が二学年に進めないのは、やはり大きな損失なのだろうね」
「……んなこと言われたってな。二年目で学ぶのが合成魔術、三年目で応用魔術だろ?それができてこそ魔術師なんだから、単属性で『穴掘り』以外満足に使えねぇ俺が進級できねぇのはしゃあねぇ」
「例外を基本にしてはいけない……か。いけないいけない。視野が狭いとまた怒られてしまう。
まあいい。それを継続して練習していけば、纏はすぐにできるようになるさ。身体強化よりも纏を先に覚えた方が良いね。コスト的にも順番的にも」
「そういうもんかい?でも、身体強化の方が楽だろう?魔力循環なんだから」
「んーまあ、ちょっと違うんだが、似たようなもんだね。だから魔術師として少しでも学んでいれば身体強化を覚えるのは簡単さ。だけど、そのために纏を覚えにくいんだ。高レベルにならないと効果も低いし、どうしても優先度が下がる」
「ああ、だから纏から先、か」
「そうなるな。身体強化に引きずられて纏を習得しづらくなるんだ。使えるようになるまでに、より長い時間がかかる。ま、纏と身体強化についてのその解釈は最新のやつだ。まだあまり知られてないから間違えて覚えている人も多い。……私に教われて得したな」
「……はぁ。もういいわ」
つーか、こいつわざと情報漏らしてねぇか?俺が断りずれぇように。へっ。そんなことで俺が配慮とかするこたぁねぇし、向こうの思惑もわからねぇから考えてもしゃあねぇ。今は、強くなれるってぇことに感謝しといてやるか。
いつもいつも訓練してた魔力を巡らせる方法から、自分の魔力を一か所に集め……ぐっ。がぁっ。
掌に魔力を集めたとたん、強い衝撃を感じて後ろに吹き飛ばされた。くっ、頭がクラクラしやがる。