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なんつーか、見たところお嬢っぽいのに、荒事に慣れてる雰囲気であんまり街で暮らしている感じがしねぇ。かなり自分に自信を持ってる。一見穏やかそうに見えっけど、目配りと立ち位置が油断してねぇ。路地にはチラッと危険がないか確認してるし、すれ違う普通の人にすら、必ず対応できるだけの距離を開けてる。話に聞く、高位の冒険者ってやつかな?街にいる騎士とか兵士とかのような感じじゃねぇし。
でも、まあ、楽しそうでもあるんだよな。なんつーか、初めて街に来たおのぼりさんみてぇだ。俺と違って村育ちっぽくねぇのにな。
それに、街なんてどこも似たような感じだろ?王都とか森の都とか名前が付いてるとこなら珍しいんだろうけど、ここは魔術学院があった領都を小さくしただけで面白いもんなんかねぇし。
わっかんねぇなぁ。
満席だったから少し待つって言われても快諾してるし、そもそも、こんな冒険者が大半の騒がしい店の中を見て、笑顔で旨そうだってニコニコしてやがる。
ん、まあ、旨そうなのは同意。豚と麦亭は、いつも前を通るたんびに肉とソースの焼ける匂いが俺の腹を刺激してきた店だ。
「日替わり2つ!」
「はいよ!スープが付くけど飲み物どうする?」
「いらないよ」
にぎやかな店内で、武骨な、年季を感じる頑丈な机につくと、早速に日替わり定食を2つ注文した。つーか、昼は日替わりしかねぇみてぇだ。全体的に太目な肝っ玉母さんが他へと配膳しながら飲み物の有無を聞いてきたけど、スープがつくならいらない。なんなら、屋台で果実水を頼めばいい。
ほとんどの客のところにおんなじ物が届いてる。肉と野菜の炒め物と野菜が浮いたスープ、それとげんこつ程度のパンが2つ。それなりに腹にたまりそうだし、何より旨そうだ。
「はい。お待たせ。今日の日替わりは、オークのパスティール焼き定食だよ。2つで六十ディールだ」
「いやぁ旨そうだ。パスティール焼きって聞いたことがないけれど、オリジナルかい?」
「はははっ。お客さん、かなり遠いところから来たんだね。
パスティールってのは、この肉の味付けさ。ここらで採れる野菜と香草で作るのさ。昔はどこのうちでも作ってたんだけど、最近はねぇ」
「ほほぅ!嬉しいね。旅のだいご味は、現地の名物を食べることだからね。あまり女将さんを独占してると迷惑だね。さっそく味わわせてもらうよ」
パスティール焼きねぇ。初めて聞いたな。地元だってそんなに遠かぁねぇんだが。
俺にゃ、これはただの汁っ気が多い肉野菜炒めなんだが……あぁ、こいつはうめぇ。香ばしい肉をスプーンで口に入れる。そこそこ固いオーク肉が、ホロホロと崩れてく。口いっぱいに広がる肉の中に、ピリッとした辛味と塩味。酸味もあるか?炒めた野菜はシャキシャキした食感とさわやかさが楽しい。汁には炒められた野菜と肉汁のうまみ以外にも、濃厚な野菜が溶け込んでいる。なんだこりゃ。食ったことねぇ。食ったことねぇが美味い。
普通に食ったんじゃもったいない。パンをスープじゃなくてこっちの汁に漬けてみようか。嬉々として漬け、柔らかくしていると、正面に座るジーナが何か言いたそうな顔をしている。ん?お行儀が悪いってか?田舎もんなんてこんなもんよ。お嬢は口ん中に入っているから喋れねぇってとこか。チラッと見た感じ、食事の手は止まってねぇから気に入ったんだろう。なんか、まあ、うれしいよな。
こんなにうまいなら屋台でも食いたいな。でもこれだとちょっと屋台じゃ出しにくいか。歩きながら食べられねぇと売れ行きが鈍くなるからな。平パンに包んだ炒め物もあるけど、あれは汁っ気がねぇし。おっそろそろ汁吸ってやわらか……まっず。なんだこりゃ?
「……いまさら言うのもなんだが。ディグ、パンを炒め物のタレに浸さない方が良いぞ」
「遅ぇよ……って、なんでそんなこと知ってんだ?初めて食ったんだろ?」
「周りを見てみろ。みんなスープに漬けてる。誰もそちらに漬けようとしない。そのことを伝えようと思ったら、な」
「……反論できねぇ。初めてなら周りをよく見るべきだったな。
なんつーか、汁はうめぇ。ただ、このパンの味と混ざるとひでぇ。にげぇしすっぺぇ。
すげぇな、どうなってんだこりゃ。どうやったらこんな味になんだ?」
「料理とは難しいものなんだな」
「パスティール自体はパンとの相性が抜群なんだが、一度炒めるとパンと一緒じゃ食えたもんじゃねぇだろ?みんな一度は通る道さ」
「面白いな。
ところでパスティールって何なんだい?」
「ああ、この汁で漬けた野菜さ。使ってるのはポースって果物なんだが、普通に食っても旨くねぇ。絞った汁に野菜を漬けこむと旨いんだ。そいつをパンに挟むといくらでも食える。
汁を一度沸騰させるとパンとの相性が最悪になるんで気をつけな。今の坊主みたいにな」
「ほほぅ!炒めなければパンと合うのか!それは旨そうだ」
「屋台でやってるから食べてみるといい」
ジーナから遅きに失した忠告を受け、恨み言を漏らすと、隣のテーブルの客が笑いながら話しかけてきた。果物ってのは旨いもんだと思ってたんだが、変なもんがあるんだな。あまり日持ちしないらしく、そんなに遠くねぇ故郷でも見たこたぁねぇ。
ま、野生ならまだしも果物を栽培して食うなんて余裕のある暮らしはしてなかったら知らなかっただけかもしれんが。
肉を口に入れるたびににこやかな笑顔になり、そこでしか食べられない旨いものを食べる。それが旅のだいご味だな。なんて言いながら食事を続けるジーナ――もう、さん付けなんてしてやらん――は、マナーとやらを学んだんだろうな、なんつーか、丁寧に食ってる。これが、上品、ってやつかね?傍から見ると何とも窮屈そうな感じなんだが、彼女は自然とそうしている。こいつが、身についてるってことなんかね。
気が付きゃスープも、炒め物も、きれいになくなった。腹も満ちて、十分に満足だ。つーか、午後の訓練どうすべぇ。
「さて、これから差し入れを買いに行くのかな?ほら、ギルドの受付に話していただろう?
私の依頼に関することだから、経費としてそちらも出すよ」
「そりゃありがたいが……」
「別にそれを盾に依頼を受けろとは言わんよ。
さ、早く買って行こう。訓練も手伝うよ。ああ、ああ、気にしなくて良い。強くなれるのに勿体ないと思ったし、君の相棒、ダグを待つ間は暇だからね」
「はあ。まあ、良いなら良いが」
金持ちの考えることはわからん。ここの飯も払ってくれたし、ちとお高い菓子屋の焼き菓子も買ってくれた。思惑はどうあれ、良い奴だと思う。これって、ジーナの策に嵌ってんのかな?
ギルドのミーさんに無事差し入れという名の賄賂を渡せたので、何の憂いもなく訓練場に籠れる。相変わらず利用者が少ない訓練場の隅に位置どると、ジーナに相対する。訓練方法を教えてくれるってことなんでな。