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その後の交易は順調だった。
ヘンド村では、時に食料のためにワインを投げ売ることもあるらしいんだけど、当分はその心配もしなくて済むって喜ばれた。備蓄できるものを運んできたからね。せっかくなので、堀を拡張してワインづくりにより注力できるようにもしておいた。特に喜ばれたのは新しい斧。次来るときにはワイン樽用の各種道具を頼まれたほどで、ジーナは二つ返事で引き受けていた。
北の地では雪芋を使った酒が有名らしいが、さすがにジーナも作り方は知らない。将来的にはヘンド村から職人を招いて、リロルの地独自の酒造りができればって……気が長い計画だなと思ったけれど、普通、十年単位で特産品やら開拓やらは考えるのだから、通常の計画だって笑われた。
「雪芋は食べると美味しくないんだ。むしろまずい。こちらで作られている美味しい芋がたくさん栽培できるなら、それを酒にしても良いな。他にも何かできないか考えていかないと」
「麦とブドウと芋は酒にできるんだね。勉強になったよ」
「それぞれ作り方が違うらしいけどね。北では雪芋くらいしか原料にされない。麦は食べるしブドウは枯れてしまう。雪芋は麦を作ってやせた畑を休ませるために作られるようになったんだそうな。もったいないからと最初は食べたらしいけれど、まずいからなんとかならないかと工夫した結果が酒造りだって」
「強い酒だって話だよね。飲んだことないけど」
「雪芋の酒は強いから沢山消費するものじゃないから販売される樽も小さく、割って飲むのが普通だね。
領地で酒を造る……夢だね」
「領地が発展した証。街と人。食料と「酒!」
何度も聞かされたよ。当分先の話だと思ってた」
「これも君のおかげさ」
「ジーナの活躍だろ?」
俺よりも、ジーナの自己評価の低さが気になるな。賢者の後継者だとか豪勢な二つ名で呼ばれるほどなのに、俺の方がすごいと言う。客観的に見て、できることも、能力も俺とは段違いなのにな。なんか気になるな。
ちらちらと見ていたら、訝しそうに聞かれたのでごまかしておいた。そこは今踏み込んで良い場所だとは思えなかったから。
「それにしても、これだけワインとか積んで大丈夫なの?食料があまり積めないじゃないか」
「君の生まれ故郷でかなり売るのさ。畑や倉庫を建てる場所の代金にはそれも含めてあるんだ。ま、足りないから数年かけて支払っていくんだけど」
「辺境の村なのに土地って高いんだね」
「さすがに、2回の交易と開拓手伝いで賄えるほど安くないよ。都会は余分な土地がないから高いし、辺境は開拓のコストがかかるからやっぱり高い。そんなもんさ。
だから、開拓村に移住したいって意欲に燃えた貧民はたくさん集まるし、厳しい訓練と教育にも耐える」
「……なんか、部下の方が優秀そう」
「専門の分野で優秀じゃなければ部下として仕事を任せるわけにはいかないじゃないか。優秀な人材をどれだけ確保できるかは領主としての腕さ」
一番優秀な人が領主やるんじゃないんだ。ちょっと目からうろこ。
人の使い方が上手い人間が良いわけね。
「もちろん、商業にも武術にも才覚があり、素晴らしき政略をもって領地を富ましていく領主が望ましいのだが……そこまでの者は少ない。幼少から厳しい教育を施そうとも、人には向き、不向きがある。努力により不向きを克服する者もいるが、多くの場合、向いていることを伸ばした方が良い結果をもたらす。
時間は有限なの」
「貴族は学ぶことも多いよね。経営に武術に、芸術に。農業の基本まで教わるなんて。自分もなってみて初めて知りました」
「それでも、君は学院の一年がある分、軽いと思うよ。冒険者が功績を積んで叙爵されたときなんかは本当に大変らしい。言葉遣いどころか、文字から習う者もいるとか。
あまりに粗野すぎるものはそもそもそんな功績を上げることはないのだけれど、時に巨大な迷宮を攻略するなどの目覚ましい成果を出し貴族になる者もいる。北の貴族にはそんな末裔も多い。苦労話は色々と聞いているよ」
「だから、俺を厳しく教育したんですか?後々苦労しないように」
「当たり前だろう?君は私の婚約者なんだから」
え?いつから?
そう聞きたかったが、さすがに聞けなかった。でも、そんな俺に向かってジーナがきちんと説明してくれた。
そもそも、辺境伯家の令嬢が、共に街道を切り拓き、それでいて功を奪わず、俺を頭として領地開拓を一緒に行っている。誰がどう見ても、開拓は婚約者への箔付けと判断されるらしい。正式に発表されていないのは、開拓に失敗した場合は取り消せるようにだ。貴族らしいやり方である。
でもまあ、辺境伯の肝いりでの開拓で、すでに街道が敷かれている上に、川のこちら側にあった迷宮はすべて潰された状態。これに、土木作業専用と言える魔術使いと、万能な魔術師が揃っていれば失敗する方が難しい。それが周りの認識らしい。
つまりは、婚約は周知の事実と。
だから、領主教育が厳しいんですね。了解しました。
元平民である自分の感覚だと、きちんと婚約の申し込みをしたいとも思うんだけど、貴族には貴族のやり方がある。それも教わった。基本的に、本人の意志よりも家長の決定が優先される。辺境伯家ともなれば、家の都合が最優先になる。
……はずなんだけど、ドリアーナ辺境伯家はかなり変わった貴族らしい。そんな家の都合なんて考える必要はないそうな。
そもそも祖母の代に、魔物に滅ぼされて魔境となっていた北部を開放したことで叙爵されて、領主となる。とんとん拍子に陞爵して辺境伯にまで上り詰める。まさに、平民上がりで立志伝中の人物で、家。周りの貴族も半数は元平民や元貴族で、四代以上さかのぼって貴族なのは数えるほど。そんな風土のため、生まれた時から婚約者が決まっている方が珍しい地域なのだ。
そして、初代が女性であり、ジーナと祖母だけでなく母と妹も魔術師なので、代々女性が強く、婚約者の選定には本人の意向が強く反映されている。まあ、初代が惚れた男――当時は兵士、最終的には騎士になったらしい――と添い遂げたこともあり、結婚しないとの選択肢以外であれば問題ないと決め、それがジーナまで続いている。
妹はすでに数年前に婚約者を決め、結婚まで秒読み。辺境伯家の後継は妹なので、ジーナは気楽な立場で自分の理想とする男――祖母や他の家族と同じく、できるだけ単一の魔術を極める男――を探しつつ自己を高める日々だったのだと。
「ほら。その丘の上で昼食としよう。ロル村が見えるだろう。
今回の交易も順調だった。これならリロルには雪が降る前にたどり着けそうだ」
「まだ終わってないぞ。ちゃんと村で確保した食料を積んで、リロルの先、リステンで売るまでが交易だからな。
俺にそう言ったのはジーナだろ?」
「よくできました」




