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俺が落ちこぼれってだけなんだが、魔術学院のことは楽しくはねぇ話だ。必死で勉強して必死で訓練した記憶くらいしかねぇし。わざわざ小さな声で話してくれなくても良いんだが、別に積極的に言いふらしたいわけでもねぇ。
ま、周りに聞こえねぇように喋ってくれんのは単純にうれしいがね。これが、配慮ってやつだね。
それに、このジーナってのがわざわざ見に来るような話じゃねぇ。珍しいっちゃ珍しいが、聞かない話でもねぇ。国内で10を超える魔術学院があるし、毎年落ちこぼれる数も両手じゃ聞かない。3年で卒業できるのは半分。残りは留年と退学って噂もある。そうなっても可笑しかないほど厳しいとこだった。
つまり、遠くに旅してまで確認するもんじゃねぇ。大き目な街なら数人の落ちこぼれ組が冒険者やってる。……つーことは、ジーナは隣街か、俺が返済のための奉仕依頼で回った辺りの人間ってこった。俺はこのローデリア辺境でしか働いちゃいねえからな。でも、わざわざ会いに来る必要はねぇよな?
その不信感が表情に出ていたのか、ジーナは皮肉気に口をゆがめた。ちくしょう。絵になるな、その顔。ダグと同じだ。羨ましいぜ。他の奴らが注目してる気配がねぇのがびっくりだ。
「これはすまなかったな。度々邪魔したとなると……お詫びがてらに、食事でもどうだい?もちろん奢りさ!」
「そこまでしてもらわんでも……」
「この辺りの店には詳しくないから一緒に来てほしいのさ。
ああ、そうだな。昼よりも夜の方が量が食べれるか。夜なら、君の相棒と一緒でもかまわんし、どちらかと言えば、その方がこちらとしても都合が良い」
「……」
「おっと。また信用をなくしたかい?別に君たちを騒動に巻き込もうってことじゃないさ。ただ、依頼したいことがあってね。
もちろん、無理強いするつもりはないよ」
面と向かっても、悪意は感じねぇ。別に、俺らを嵌めたからって利益になるようなこたぁほとんどねぇだろうし。うーん。つっても、ダグが戻るまでにゃまだまだかかる。
面倒ではあるが、飯代が浮くのは助かる。依頼も俺らを知った上での依頼ってことだから無理なこたぁないだろう……わざわざ依頼しに来るってのは気になるが。
俺なんざ、穴掘りの魔術がちぃとばかし他の奴よりも上手いってだけだし、ダグは強いこたぁ強いが、ランクは低い。あいつは遠くの出らしいが、俺ぁ近くの村出身だからそっちつながりってこたぁ無いだろうし。
……あーもーめんどくせぇ。考えたってわかんねぇんだから、聞いてから判断すっか。
「わかった。話聞くだけ聞くわ。ただ、ダグが承知したら、だがな。だから、その話は夜だ。
念のため、ここに来るように受付に話しとくわ。依頼完了してそのまま帰られたら意味ねぇし」
「依頼の内容は、強くなりたいという彼の目的にも合致している。聞いたら受けないわけにはいかないなんて依頼でもない。
聞いて損はないよ」
「まあ、そいつはあいつが帰ってきてからだ。まずは、飯に行きてぇな。腹減ってんだ」
昼飯前。ギルドの受付は暇……じゃあない。新しく来た依頼の精査や報告書の作成、情報収集とまとめなど、やるべきことはめちゃくちゃたくさんある。まあ大変そうなんだが、唯一空いている窓口がある。この時間だとほとんど報告来ないからな。夕方には3人になる報告窓口も今は1人。それも、ほかの作業をしながらだな。お疲れさんです。
ちょっとした作業の合間を縫って声をかけようとしたら、先に気づかれた。
「あらディグさん。今日は依頼を受けてませんよね?いつもより訓練から上がるのが早いですね」
「ミーさん。ダグに伝言お願いできますか?訓練場にいるんで、ダグが帰ってきたら来るようにお願いします。俺は食事に行ってきやす」
「ああ、ダグさんに伝言ですか。かまいませんよ、それくらい」
「すいやせんね。あとで差し入れ持ってきますんで、皆さんで食ってください」
「いつもありがとうございます。お言葉に甘えますね」
いつもお世話になってるミーさんは、黒猫の獣人。絶え間なく動く耳と、少し細い目が特徴の美人さんだ。雰囲気は大人しめだけど、ミーさんは低ランク冒険者なら片手で処理できる猛者。時々、この街に来たばっかりの馬鹿が転がされてる。
冒険者への伝言ってのは、普通なら少なくない依頼料が発生するんだが、簡単なやつならこんな風に融通を利かせてくれる。もちろん、無駄に騒ぎを起こさず、他人が嫌がる依頼(のごく一部)を積極的に受け、世話になったらきちんとお礼をするような、まともな冒険者にだけにだが。
ただ、ちと気になる。一瞬だけど、訓練場の入り口に向かって目を向けてた。そこにいたジーナをすっげぇ鋭い目で見てたんだよなぁ。ぞわわわわっって鳥肌が立った。見間違いかとも思ったんだけど。ただまあ、わざわざドラゴンの尾を踏もうとは思わんけど。
ミーさんに伝えた通り訓練場に戻る前に、昼飯を食いに行くことにした。ジーナさんもついてきたけど、どうすべぇ?良いとこのお嬢っぽいから、あんま変なとこにゃ行かねぇ方が良いだろうなぁ。
「お昼はいつもこの辺りで食べているのかい?あちらの通りには屋台がたくさん出ているようだけど」
「この先の通りにうめぇ屋台があるんだ。最近はそこで食ってる。
ここらの店にゃ入ったこたぁねぇな」
「入ってみるかい?さっき言った通り奢るよ」
「後が怖ぇや」
「いいさ。私が食べるついでだ。ここまで強行軍だったから、ゆっくりと美味しいものが食べたくはあるんだが……それは夜に取っておいて、ここでの名物を食べたいと思うんだがな」
「ここの名物ねぇ……あっ。
そこの店は旨いって評判だね。あっちとそっちは好みがわかれるってさ。東と南だったか、店主の故郷の料理って話だ。おすすめは、豚と麦亭の日替わり定食だな」
「……入ったことない割には詳しいじゃないか」
「情報にゃ何より価値があるって叩っこまれた。依頼の列に並んでるとき、街を歩いてるとき、周りの話を聞くようにしてんだよ。おかげで、冒険者御用達の店は大体知ってっぜ」
「面白いな。
では、豚と麦亭に行こうか。人気なんだろう?少しくらい待ってもかまわないさ。美味しい物を待つ時間も楽しいものさ」