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滑らかに道を進む馬車。去年に使った物と比べると一段階高級な物なので、振動があまりない。ジーナに言わせると、道の平ら具合が素晴らしいって話だけど。まあ、一年たってもほとんどへこみがないし、ちょっと気になる箇所は近くの砂とか土を乗っけて『道造り』で平らにすれば、また一年は持つでしょ。
「思ったよりも、壊れてないね。これなら、数年に一度補修すれば良いかな?」
「いやいや。誰も通ってないからこそのこの状況だよ。普通なら毎年なにかしら必要になるわ。まあ、何度か補修を繰り返せば数年は壊れない丈夫な道になるよ。一番問題なのは雨の時の水なんだけど、ここら辺はあまり降らないみたいだし、道に沿った水路もあるし」
「……荒野なのに、去年よりも緑が多い気がするよ。もともとこんなのかな?」
「……ふむ。調べる必要があるね。もしかしたら、山を切り崩した影響かもしれない」
「緑が増えれば良い事だね。こっちまで農地を広げても良いかも……あっでもここはもう西部?じゃあ、うちが開発はダメか。それでも、農地が増えれば取引量も増えるし良いよね」
「ははっ。そうはいかないよ。君の言う通り山のこちら側は西部の領地。いくら荒野でも勝手にどうこうしては問題になる。それに、農地が増えるのも善し悪しさ」
「えっ?だって、収穫が増えれば良いじゃん。食べられなければ死ぬんだよ」
「財が増えれば不要なモノを呼び込むのさ。良くも悪くも。
森が広がれば魔物が増える。農地が広がれば盗賊が増える。辺境で豊かではないから盗賊被害が少ない君の故郷も、この先どうなるかわからないぞ」
それもあって堀やら柵やらを充実化したんだっけ。煉瓦で壁を作るのもそれが理由だったな。街道沿いに農耕と旅人用に村を作ったとしても、防衛の問題が付きまとう訳か。故郷も衛兵団とか作らないとダメなのかも。
うーん。その辺り、北部はましだな。魔物相手の防衛が基本だから防御は完備だし、盗賊が長く生活できるような余地がある自然環境じゃない。そもそもの前提として、村などができるときには必要な物が揃っている。……だから、北部の開拓はめちゃくちゃ大変なんだけどさ。故郷付近だったら、もうすでに大き目の村の一つや二つできてんじゃないかな。言っても仕方ないが。
たくさんの人を引き連れて旅ができるほどの余裕はないので、今回の旅も三人のみ。他は、開拓に伴う雑事や越冬の準備をしてもらっている。今回はいくつかの村で取引と農地拡大、故郷の防御力アップが目的だ。まあ、前回と同じなんだけど、購入しても運搬が困る量になりそうなので、そこの相談もだ。まあ、買い付け予約って形かな。
「ゴブリンがいるね。あの岩の向こう」
「森の端……あれ?あの岩って森からちょっと離れていたよね?」
「やっぱり少し広がってるね」
「数匹いるし、待ち伏せするだけの知力があるから……せっかくだ。ディグがやれよ」
「良いのか?さっきから暇だ暇だって言ってただろ」
かまわんかまわん。そうダグが言うので、今回は俺の獲物。ずっと御者と勉強だったから体動かせるのは助かる。御者をジーナに代わって、馬車から飛び降りる。万が一を考えて、ダグよりは少し先に出るけれど、いつでも援護可能な距離を保った位置取りだ。
遠くに見えていた岩は、近づくにつれ背丈よりも大きくなる。よくよく見れば、チラチラとゴブリンの影が見えるけど、まあ、よくもあんな距離からわかったな。こういった些細な違いでも彼らとの地力の差を感じるな。もっと強くならないと。
不意打ちを警戒しつつも、警戒している感をださないようにしていたら、叫び声と共に岩陰からゴブリンが三匹!……叫んだら隠れていた意味なくね?
「甘いんだよ!『穴掘り』『穴掘り』」
左右のゴブリンの足元に小さな穴。二匹とも躓いて体勢を崩す。これで一対一の出来上がり。
周りも見ずにこちらに襲い掛かってくる中心の一匹を狙い、中段で剣を右から左に振る。人間には中段でも小柄なゴブリンには首の高さ。なんなく喉を切り裂いた。倒れかかる先頭ゴブを右に蹴り飛ばす。仲間の死体に絡まれて盛大にすっころぶ右のやつを後目に、左へと一歩足を踏み出す。
剣先をそのまま突き出せば、ゴブリンは慌てて避ける。だが、甘い。体勢が立て直しきれていないのにそんな動きをすれば、次の動作はままならない。落ち着いて剣を翻し、袈裟切りにする。耳障りな鳴き声すらこぼせず倒れるゴブリンから目線を切り、地面でもがいている間抜けな一匹へと向き直る。
やっとこさっとこ仲間の死体をどかして、身を起こしながら頭を軽く振っている所に無慈悲に振り下ろす。残念ながら頭に当たらなかったけれど、順当に倒せた。そのまま一歩下がり、左を向く。
二匹目の後ろ、遅れて岩陰から走り出ていたゴブリン。剣を交わす距離までまだ数歩ある。緑の小さな体躯に粗末な短剣。俺に向けられているのは仲間を殺された恨みか、貪欲なる食欲か。こいつがボスだな。拙いとはいえゴブリンが連携をとったんだから、リーダー格がいることはわかっていた。
見えている敵をせん滅した後の意識の空隙に追加がきた形。襲い掛かってくる顔は悪意に満ちている。手に持つ短剣は刃が欠け、浮いている錆まで見える。うん。大丈夫。俺は落ち着いてる。
一歩近づく。その仕草をフェイントに一歩下がると、面白いほど簡単にゴブリンが空振る。
『風塊』
短剣を振り下ろした体勢のまま、ゴブリンの小さな頭が上を向く。そして、そのまま崩れ落ちた。……最後はちょっとあっけなかったな。
足元から斜め上に向けて空中に穴を掘ることで風の塊を打ち出したのだ。体勢を崩せればと思ったんだけど、うまい具合に頭の先辺りに当たったんだろう、急に頭が反り返って首を折ったみたいだ。硬い物が折れる音が聞こえてきたし。
次の敵が来ても良いだけの心の準備をしつつ、周りを見渡す。さらなる追撃は無し。大岩の裏も向こうの叢にもなんの気配もない。
安堵の息を吐く俺に、後ろから声がかかった。
「だいぶ完成してきたね、戦い方。今のも危なげなかった。最後の『風塊』は以前練習してた空気中の『穴掘り』だろ?」
「やっと、実戦でとっさに使えるくらいにはなったよ。剣や体捌きとの組み合わせも良くなったってダグにも褒められた」
「迷宮でレベルを上げたおかげだね。実戦を飽きるほどに繰り返したかいがあった」
「……まあ、君らにはあれは弱すぎたよね。おかげで俺は強くなれた」
思い出したくもない迷宮での戦いの日々。
そこそこの怪我だってジーナの魔術で治せるから無茶ができるし、稼ぎが良いからそれなりの薬だって簡単に買える。結果として、ギルド長に何度も怒られるくらいに潜りっぱなし。それも、買い出しなどでリステンに行った時の空き時間にだ。リロルの砦建設予定地でだって空き時間があれば訓練に勉強にと俺を鍛えることにジーナは余念がなかった。
おかげで、旅立ってから一年で、ソロで数匹のゴブリンに無傷で完勝するほどになれたんだが。
色んな意味で強くなれるのは嬉しいんだが、理由を聞いてもいつもはぐらかされるんだよなぁ。
「なあ、なんでそこまで強くなる必要があるんだ?村の経営にだって必要ないような知識だって山ほど教えられてるけど」
「今では君も貴族の一員なんだよ。ただそれだけで、学ぶべきことは山ほどある。他とは違って、幼いころから学んできたわけじゃないでしょ」
「マナーとか会話術とかならまだしも、ダンスとか要らないでしょ。誰が新参者の冒険者上がりと踊るんだよ」
「何言ってるんだ必要だよ。君と私の婚約発表とか、陞爵の披露パーティーとか」
「ああ、はいはい」
まったく。いつもそんな回答なんだから。そんなこと言われたら本気にするぞ?




