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「貴族と言っても、別に領地があるわけでもないし、仕事が決められているわけでもない。ただ肩書だけさ。恩賞も給料も特にないからね」
「平民だった身からすると、貴族としての身分の保証や扱いだけでも十分すぎるほどの恩恵があるぞ。あんなに簡単に貰って良いのかと悩んだんだぞ。まったく、どこが簡単な報告会だよ。
それに、姓も」
「リロル。こちらの古い言葉で穴を意味する。君の能力に、功績に相応しい姓だね。道に関する古語でもよかったと思うんだが、この先を考えると、ね。
というか、そもそもあの辺りがリロルって地名なんだよ、本当に。正確には森の名前だね」
「……なんか、口車に乗って間違った道に来た気がするよ。冒険者として大した実績もないガキが、末端とは言え貴族!それも、目立った武勲を上げてもいないのに!」
「知らないだろうが、ここ数十年、武勲を以って貴族位を授けられた人間の方が少ないぞ。ほとんどは高級文官や商人だ。迷宮を踏破した冒険者、有力な騎士はどうしても数が限られる」
「ちなみに、その貴重な一人がここの領主様だ。確か、知られているだけで二十を超える迷宮を踏破したはず」
「記録に残っているのは、22と32。この先も簡単には抜かれることのない偉大な記録だろう。さすがお祖母様だ」
「なんで二つの数字があるんだ?」
「ああ、22は単独制覇だ。32は部下を率いてだからな」
俺は返す言葉がなかった。俺の常識では、それは、冗談にしか聞こえない数値だからだ。
ほとんどの有名冒険者はクランと呼ばれる集団を形成して、力を合わせて迷宮を踏破する。少数精鋭で有名な『勇者の剣』ですら、15人。俺達が開拓する辺りの迷宮を踏破したのは全部で3クラン、100を超える冒険者が挑んだって聞いてるんだけど。踏破した迷宮は4。それでも近年まれにみる偉業って言ってたの貴方では?それだけ、この開拓に北部、ドリアーナ辺境伯家が力を入れているんじゃなかったっけ?その結果が見えないくらいに霞んでるぞ。
そんな人物を目標にしているジーナの頭を本気で心配になった。
「……まあ、他人のことは横に置いて、これからのことを考えよう」
「あと半月もすれば、雪で移動が難しくなる。雪中行動訓練は随時行うけれど、春が近くならないとリステンには行けないね。せめて四カ月は待ってほしい。
その間は、訓練だね」
「騎士の訓練にも混ぜてもらえるのだろう?他には?」
「ダグには、暇な冒険者を講師に、迷宮の歩き方や各種技能を学べるように手配しよう。それと、ディグのような新人の教育もお願いしたい」
「あまりやりたくないな。つまらなそうだ」
「狩人に学んだことで森での戦いが上手くなっただろう?君は今まで剣を振ることしか学んでこなかった。もちろん、それでもオークを無傷で倒せるくらいに強い。だが、迷宮では違う。時に徒党を組み、時に罠を仕掛け、時に圧倒的な能力で襲い掛かってくる魔物。それと戦うには、戦い続けるには剣技だけでは足らない。全く足らない。様々な技術を習得してこそ、人は強くなれる」
「突き抜けたもんがない奴は弱いぞ」
「明らかな弱点がある者も弱いのよ。迷宮では、苦手だからで逃げられる場面ばかりじゃない。罠に気づきませんでしたって後で言ったとしても、命は返ってこないの。
まあ、だからこそ、ソロで潜る冒険者はほとんどいなくて、パーティー組んで、時間をかけて探検するんだけど」
「一人一人に最低限の知識は必要と言うことか」
「技術もね。だから、魔術師だから接近戦が弱いわけじゃないことは心に留めておいて。
……時に、人を相手に戦うこともあるんだから」
冒険者崩れ。兵士崩れや傭兵崩れよりも盗賊や犯罪者として相対する可能性が高い。新たに開拓するなら考えておかなくてはいけない問題だ。まあ、北の地では冬場を外や森でやり過ごせるほどに親切ではないので、あまり考えなくても良いんだけど、イザって時の備えはするべきだ。開拓の責任者は対外的にはジーナだが、メインに据えられるのは何故かディグ自身になっているのだから。
ちなみに、一番盗賊類が多いのは豊かな東部、次いで交易品が高価な南部、王都のある中央部。どちらかと言うと寂れている西部と北部には少ない。獲物も利益も少ないのにリスクばかりが高いからだ。
それはともかく、外は雪。だから室内や街内でできることしかできない。ただ、気になることもある。春以降のことだ。今の自分達でできること、成長してできること、色々あるし、考えなくてはいけない。特に、開拓スケジュールは余裕を見つつ、自分達の能力向上に伴って前倒しできるところはしておきたい。
「ダグだけじゃなくて、俺も迷宮での戦い方は勉強した方が良いんだろ?リステンに行ったら潜るんだし」
「もちろんさ。ただ、君はまだまだ地力をつける段階。罠の勉強よりも、戦いで死なないように腕を磨くのが先だね」
「……空いた時間に教えてやるから不貞腐れるな」
旅の間もかなりの訓練と実戦をしてきた。草原でなら、一対一どころか2体のゴブリンだって問題なく倒せる。強くなったつもりだったけれど、未だ迷宮内の雑魚敵にすら殺されかねないらしい。旅に出る前に、ゴブリンなら三対一でなんとか生き延びられるって評価のはずだったんだが。
不満に思うけれど、ジーナは無意味に嘘をつくタイプじゃないし、ダグに至っては、こと戦いに関しては俺のかなり先を行く。二人の評価がそれなら、そうなんだろう。……くそっ。
この評価を覆すために必要なのは、単純に努力しかない。一朝一夕で強くなるような手段なんてない。筋肉はちょっとやそっとじゃつかないし、剣を振るのも体の動きも思った通りにはならないし、そんな簡単に新しい魔術の使い方ができるようになるもんでもない。特に『穴掘り』を戦闘に組み込むのは、危険性が高い。試しにダグに事前に作った穴にわざとかかってもらったけれど、バランスを崩した際の動きが不規則すぎて、その隙を突けるだけの実力がないと無駄に怪我をするかもしれないとわかっている。
スムーズに作る。良い場所に作る。動きながら作る。嵌った相手の動きを予測しながら動く。え?一瞬だけ開いてすぐに閉じる穴?簡単に言うなよ、どう考えても今すぐどうこうできるレベルの魔術じゃないだろ。
……まあいいや。やるべきことはたくさんある。さ、訓練を再開しよう。




