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「いやぁ~壮観ですなぁ」
「素晴らしいね。さすがはディグだ。これなら東部の大規模畑にも負けていないよ」
「ティグ坊は、いやもう坊なんて呼べませんな。ティグルスは、大層な魔術使いになったんですな。この村の誇りですよ」
「止めてくれ……」
ジーナが村人相手に行商をしていた昨日、予定図に従って、俺は一日畑を作っていた。ところどころ、運搬や移動用の小道を作り、倉庫か家が建つ場所を確保し、井戸を掘る。元々あった村を広く囲っている範囲なので、思った以上に耕す面積は広大だった。耕した後をこうやって眺めると、確かに感動するかもしれない規模。見渡す限りの畑。
まあ、種も人手も時間もないので、当面は耕してあるだけなんだが。
「今年は、冬芋を植える予定です。本来なら冬場の貴重な食糧ですが、今年はフロッグの肉が大量に手に入りましたから、全て種イモにしようと思っています。それでも、大半の畑は余りますが」
「それなら、果物がなる木と、家畜の導入をお勧めしますね。生産が安定するまである程度かかりますが、チーズや乾燥果物ならどちらも北では貴重品なので、交易品としてはあると嬉しいですね」
「北方からの物となると基本は鉄製品などですか。そうなると、穀物だけでは村では購入できる数が少ないでしょうから、そういった嗜好品もねらい目ですね。ありがとうございます、検討します」
家畜の糞は加工すると肥料にもなるみたいだから、村長は乗り気だ。今村で飼っているのは数頭の馬と鶏程度。家畜は豊かさの象徴。十分な広さと飼料、安全な場所と金があるなら是非とも導入したいものだ。牛は運搬が難しいが、毛が採れる羊や豚は比較的運びやすく、飼いやすい。
果樹は苗が手に入りにくいが、この付近の森で採れる果物の種を植えて試してみるとのこと。それだけやっても、何も作らない畑が大半になりそうだ。やりすぎたかな?
「一度掘り起こしてあれば春に耕すのも容易。新しく畑を作るときに一番大変なところを全部やってくれたのだ。皆がどれほど喜ぶか。ティグルス様様ですな。
ジーナさん。来年の収穫は楽しみにしててくださいね」
「まかなえるだけの種もみはありますか?私達も少量であればありますが」
「いやいや。それは北の地へと運ぶべき重要な種もみでしょう。それはさすがにもらえませんよ。畑の規模がここまで大きくなったのです。領主様に報告しないわけにはまいりません。その際に、人手も種もみも足りないことや野菜の苗などもお願いしてみようと思います」
「それでしたら、私からも一筆書きましょう。明日にでもお渡ししますよ」
「それはありがとうございます。新しい収穫はほぼそちらとの交易品ですから、そうしていただけるととても助かります」
嬉しそうな村長に負けず劣らず、ジーナの表情も明るい。来年以降の小麦以外にも、上手くいけばチーズや乾燥果物が交易品に加わるのだ。羊毛と併せ、北の地では引っ張りだこの嗜好品が定期的に手に入る算段が付いたのだから笑顔にもなろう。
俺としても、今回の村での作業は大成功。考えていた色んな『穴掘り』は大半が実践できたし、できることが大幅に増えた。故郷の防御力は思ったほどには上がらなかったけれど、生産性は向上し、今後の発展も保証された形だ。だから、ほぼ安全も保障されていると言っても良い。何せ、北との交易で利益が上がる村になったんだから、領主が積極的に守ってくれるはずだ。
ダグは沼くらいでしか出会えないフロッグ系と戦えたのでちょっとだけ満足とのこと。空いた時間に近くの木を伐採する手伝い――音につられてやってくる魔獣や狂暴な獣討伐――もしてくれていたみたいだし、思ったよりも多様な実戦経験を積めたと言っていた。護衛や撤退戦の訓練ができたとホクホクである。村としても、木材だけでなく食肉や毛皮などが手に入ったので、これまた笑顔。今年の冬は苦労しなくて済むと言っていた。
ダグの利益を村に渡すつもりは最初はなかったが、提供したのは彼自身の要望があったからだ。せっかく戦い方の手ほどきをしたのだから、次に会う時までにより強くなっているようにと、栄養と休養を取れるようにと手に入れた素材を提供したのだ。おかげで冬芋が食料じゃなくて種イモになったのだから、交易品が増えたジーナは満面の笑みで後押しした。
……できることはした。本当なら、もう少し滞在して、もっと煉瓦を作りたかったし、木を伐り出したりしたかった。今日の午後に強行軍で煉瓦づくりには行くつもりだけど、まだまだ全然足らない。今日の分を合わせたって、主要な場所ですら、高さ1メートルの壁をなんとか作れる程度でしかない。畑だって、肥料を混ぜ込んでないし、ところどころ小道があった方が良いんじゃないかとも思う。井戸の数だって足りているか心配だし、空堀に水を流せればとも考えた。
でも、もういいんだ。俺は十分にやった。
昨日、ゆっくりと家族と話した。
本来なら、村人総出ですら十年以上かかる堀や煉瓦づくりをほんの数日でやり遂げ、来年以降の収穫増だって見込める。新しい堀の内側だけじゃなく、旧村内にあった手つかずの荒れ地も耕した。村の誇りだと言われた。俺としては、『穴掘り』の新しい使い方を考えたジーナ、作業中に魔獣討伐してくれたダグ。二人が居なければできていないことだから、自分のこととして褒められても、座りが悪い。でも、手放しで喜んでくれている両親には言いづらく、あいまいに笑っておいた。
いつでも帰っておいでと言われたものの、お互い、それはないことも承知していた。そもそも、魔術師ともなればこんな辺境の村に顔を見せるのは引退しないと難しいから、学院に行った時点で今生の別れと村のみんなが見送ってくれたのだ。残念ながらなれたのは魔術使いでしかなかったが、冒険者ともなれば依頼はすべて命懸け。村を出れば獣や魔獣、時には盗賊に命を狙われるのだから、無事に引退するのが難しいと思うのが当たり前である。
北の地で領主に誘われているのはさすがに信じてもらえないと思うから言ってはいないが、次の目的地が北であることはジーナが村長に言ったからか両親どころか兄弟すら知っていた。最初の頃は散々引き留められたが、昨日は何も言われなかった。三人で築いた実績のおかげだろう。それでも心配そうな顔をしていたが。
だけど、最後には冒険者として上に行きたいって俺の気持ちは理解してくれた。そもそも、村から出ていった時点で危険性と滅多に会えなくなるのはお互い納得していたからだろうな。寂しくはあるが、逆に、絶対また帰ってこようって気にもなった。なんだかんだ言って、ここが俺の故郷だから。
そんなこんなで、最後の夜は家族と別れて就寝。明日は山の手前まで行きたいから出発が早い。今ここでやるべきことはやった。もちろん、まだまだ心残りもあるけれど……。




