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あれから数日。今日も今日とて、朝起きて昨日の痣に治癒魔術をかける。先日の依頼のおかげで今んとこは生活費にゃ問題ない。簡単なケガなら自分で治せんのも、まあ恵まれてるな。ますます村のみんなにゃ感謝の念が湧いてくるわ。
ま、ぽんこつの俺が使えるのは、治癒は治癒でも生活魔術に分類される小治癒だが。ま、へっぽこだろうが無いよりましだ。痣と切り傷は何度もやってると治る。自然に治るやつの半分くらいかな。つーか、最近は効果が上がってる気がするんだよな。まあ、使いまくってるからなぁ。
生活魔術は一通りできるが、主に使ってるのは、小治癒、飲水、埃払。水浴びやのどが渇いたときにゃ飲水使うし、訓練の後にゃ埃払をしてから帰ってる。食堂に汚れを持ち込むと怒られるんでな。だから、少しは使い方が上手くなったとは思う。逆に微風と着火は使わねぇから全然上手くならねぇ。
今日は確か、ダグの野郎はゴブリンとオークを狙いに森に行くはず。そろそろ旅費を貯め始めるって言ってたし。あいつもソロだから、あんまり遠出して大物を狙うこともできない。なので、近場で数を稼がんといつまで経っても旅に出れんだろう。
「今日は……どうすっかなぁ。魔術を唱えながら歩くのは堀掃除のときに実地で練習してるし、気配察知だの気配隠しだのの練習は日常でやってるし。こんな街中じゃ魔術の練習なんてあんまできねぇし、かと言って、一人で外に行くのはなぁ……魔術訓練に集中すっと、こう、周り見えなくなんだよなぁ。危なくてしょうがねぇ。
……よし!根詰めたってできねぇことはできねぇ。こつこつと練習すりゃあできることが増える!ってのは身に染みてっからなぁ」
顔を洗ってから朝飯を食いに食堂へと足を運びながら悩む。つっても、できることなんて限られてっからあれなんだが。まだ装備を新しくする必要性もねぇし、日用品の買い足しもいらねぇ。薬草から傷薬作るのも、装備の手入れも日が暮れてから。雨でも降ってりゃギルドの資料室で薬草図鑑とか魔物図鑑を読むんだが、今日は良く晴れてるし。それもなんだか勿体ねぇ。
まあ、訓練だよなぁ。今ん俺に必要なのは。剣を振るか、この間ダグに言われた身体強化の練習か?あれって魔術の一種だからなぁ。俺の魔力循環じゃあ質が足りてねぇ。魔術師じゃなきゃ、日常が戦いの傭兵や冒険者の中でも桁違いのバケモンが、生と死の狭間で使えるようになるってもんだ。一朝一夕になんとかできるもんじゃねぇ。
まあ、纏ができることが身体強化の前提だから……ほぼ選択肢ねぇな。魔力循環と纏の訓練するか。はぁ。あれ、苦手なんだよなぁ。
今日の朝飯は、パンとくず野菜のスープ。かったいパンだからスープに漬けとかねぇと食えやしねぇ。スープも薄いが、底の方にくず肉が入ってるのが嬉しい。自分で狩りができりゃ良いんだが……教えてくれそうなやつに心当たりがねぇ。それに、狩っても解体ができねぇ。村で親父に教わっときゃ良かった。もうちっと、周りと交流……いやいや。まだ。森に行くのは早い。村では15からだったし、あそこの森とは危険度が違う。俺ぁ死ぬわけにゃいかねぇ。15になるまでは訓練中心で行くぞ!金を稼ぐ算段はできてんだ。
ゆっくりと朝飯を食ってから、準備を整えて冒険者ギルドへ。持ち物なんてほとんどないが、革鎧だけじゃなく、手足の装備と革のマントは必須だ。いつ何があるかわからないから、きっちりと身に着ける。新人冒険者としちゃあきちんとした装備だろう。大部屋での雑魚寝じゃねぇのも新人らしくねぇが、個室ってのを経験すると、理由もなく大部屋にゃ戻れねぇな。道具やら金やらを置いとく場所もねぇし。
なんだかんだと準備にゃそれなりに時間がかかるが、朝一の早い時間だと混んでるから、これくらいが丁度良い。急いで依頼をこなす必要がねぇから気持にも余裕がある。金の余裕が命の余裕ったぁよく言ったもんだ。
朝早くが一番ギルドが混む。依頼を受けたり情報収集したりと冒険者が集まるからな。次は夕方の薄暗くなり始めだ。報告しないと一日の仕事は終わらん。じっくりと朝飯を食って、ゆっくりと着替えてやってきた俺の目の前には、朝一よりは混んでないギルドのホールがあった。
まだそれなりに人がいるカウンターを横目に奥へ。受け付けやってる人にゃ完全に顔を覚えられてるから、簡単な挨拶だけで訓練場へ入れてくれる。こんな朝っぱらから訓練するような奴は珍しく、今は誰もいない。普通は依頼をこなしに行く時間だからな。
初心者講習の日でもないらしいので助かった。これからやるんは、あんまり見られたい訓練じゃねぇから。傍から見たら、ただじっとしてるだけだし。
まずは、纏。精神を集中して全身に魔力を回す。最初は目をつぶっていたんだが、実戦じゃ使えねぇから今は目を開けてる。その分難しいんだが。どうしても、体ん中を意識するのも、全身に魔力を回そうとするのにも、見えてるもんが気になって簡単じゃねぇ。
回している魔力を体内から、ほんの少しだけ遠くまで巡らせる。この、ほんの少しがさらに難しい。皮膚の上を保護するような感じでできると成功。遠すぎると魔力が拡散しちまうんで失敗。感覚でやってる剣士みたいに自分の装備のみに纏ができるようになるには、遠くでも魔力を保持するってことで、俺の感覚的には発動前の状態で魔術を残しておく感じなんだよな。これってめっちゃくちゃ高度な技だぜ?
……てな感じで訓練すると、休み休みでも一時間も魔力は持たない。漏れてんだなぁ。もっと上手くならねぇと。
心はだるいが、体は疲れちゃいない。だから、剣を振る。疲れていても剣を振れないと、そこが死ぬとき。さんざんダグに言われてる。だから、少しでも長く、少しでも強く剣が振り続けられるように、体力の続く限り。
上からの振り下ろし。体を開いて斜め下からの横なぎ。一歩下がって剣を避け、相手の剣を追いかけるように突く。っと。駄目だ。遅すぎる。無理やり戻された柄で顔を殴られた記憶がよみがえる。
あーやめやめ。ダグじゃなく、突進力がある一角兎にすべぇ。そん次は角猪だ。本当はゴブリンかオークを想定して訓練したいんだが、見たことねぇからなぁ。小柄な冒険者や大柄な冒険者を想定してやりゃあ、少しは意味あんだろうといつもやっちゃいるがねぇ。