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訓練場にゆっくりと向かっている途中、ダグがしみじみと口を開いた。
「それにしても、よく続くな。もうすぐ一年だ」
「どした急に」
「素人がよくもまあ、こんな訓練漬けの日々を送れるものだと感心したんだ。今じゃ、3匹のゴブリンと五分だろう」
「けっ。手前ぇの方が訓練ばっかだろうに、何言ってんだか。飯食う時間も惜しんで剣を振ってた馬鹿にゃかなわんよ。
ま、素人に根気よく付き合ってくれたんには感謝してるぜ。おかげで、素振りだけなら一人前だ。おめぇの評価は過分だな。3匹どころか1匹が精々だな」
「感謝しているのはお互い様だ。俺も腹いっぱい食えて助かってる。きちんと食べないと身体が育たないことも、こうやって適度に休む方が技の上達も早いこともわかった。あまり気にしたことがなかったからな。おかげで、これ以上ないくらい成長できた」
「……そろそろ旅に出るんかい?」
「……覚えてたか。ああ、冬になる前には一度な。それまでにある程度実践しておきたいから、今より依頼を受けるようになるだろうな。
お前はどうする?」
「ん?暇になったら、前みてぇに自分でやるさ」
訓練に付き合ってくれるダグがいなけりゃ別の……って考えもあるが、そいつは難しい。訓練をしている冒険者は多いが、他人を教えられる人は少ねぇし、何より高い。まともな奴に頼むとなりゃぁそれなりに金がかかる。ダグは常識は知ってはいるんだが、剣技の成長以外はあまり重視していないから、こんなばかみたいに安い金で教えてくれてんだよな。飯も寝るのも限界まで切り詰めるくれぇだから、常識を知ってるだけとも言えんだけど。
戦闘方法の初心者用の講座もあるが、それはとっくに受けた。勉強にゃなったが、それじゃそこまで強くなれるわけじゃねぇし。つーか、内容の大半はまさに基本ってやつだからな。めちゃくちゃ助かったけど。
まあ、基本は教わったんだ。あとは自主訓練でなんとかすりゃあ良い。村にいたころから考えりゃ桁違いに恵まれてる。あの頃は、木の棒を振り回しているだけだったし。
ダグは呆れたように肩をすくめた。
「いや、一緒に行くか聞いているんだが」
「はあ?行くわきゃねぇだろうが。……面白れぇ話じゃあるが、な。
お前に行くべき理由があるように、俺にゃここでやるべきことがあるんだ。まだまだ他所へは行けねぇよ」
「そうか。……何年かかるかはわからないが、俺は必ず戻ってくる。そのとき、また会おう!」
「……はぁ。馬鹿かお前は。そんな年単位先ならここにゃいねぇよ。ま、お前が名を上げりゃあ、そのうち俺から会いに行くさ」
「ふむ。なら、お前が有名になったら俺が向かうとしよう。どちらが先に有名になるか、競争だな」
「……別に、俺ぁ有名になんかなりてぇなんて思っちゃいないが」
「お前のことだ。やるべきことをやっていたら自然と有名になるだろうさ」
買い被ってんなぁ。まあ、俺が目指してるもんをダグに教えた気がするから、それを覚えてるんだろうなぁ、こいつ。
あんときは、ダグと一緒になぜか盛り上がって、お互いの目標を語り合っちまったんだよな。あれは思い出しても恥ずかしかった。ま、まだ実現の目星もついてねぇからな。
魔術師としてポンコツだった俺は、夢にまで見た冒険者を諦めきれず、ほぼ一から学んでる。今やってる剣の訓練はそのメインだ。だが、森の歩き方、草原での動き、地下道や洞窟での戦い方。薬草類の探し方から解体の仕方まで、各種ギルドがやってる色んな講座を片っ端から受けまくった。どうにも覚えられず、2、3回受けたやつまである。初心者としちゃぁまあ知識があって小器用だって評価されるレベルかな。
そこまでしての夢。そいつは、剣と魔術――俺の場合は土魔術の穴掘りだけだが――を融合させた、一流の冒険者になることだ。魔術師として一人前にゃなれなかった俺でも、冒険者として一流になれるってことを示したい。……ま、夢を忘れられないガキの意地だ。
穴掘りの魔術以外はほとんど使えねぇ俺だから、やれることは全部やる。その気持ちで既に1年近く。旅とダンジョンも経験してぇから、そのうちここを出て行こうとは思っちゃいるが、まだまだ勉強中の身だ。正直言やぁ、旅の途中で死にたかねぇ。学院にいたバケモンどもとまではいかなくても、ある程度戦えるレベルにはしてぇ。
ふいに、ダグがこちらを向く。おい、歩きながら横向くのはあぶねぇぞ。
「そろそろ、訓練に魔術を取り入れるか?魔剣士になるんだろ?」
「嫌味かコラ。身体強化がまともに発動できねぇのにできるわきゃねぇだろうが」
「纏は?お前もできるだろ」
ちっ。よく見てやがる。でも、そう簡単じゃねぇんだよ。全身を魔力のベールで被う纏は、防御力に欠ける魔術師には必須の技術……なんだが、魔力を消費するは、やってる間は動きにくいはで、慣れねぇと実用性には欠ける。少しばかり丈夫になるし、魔術耐性も上がるから有用なんだがな。
纏で一番使われてんのが、実は、老練の剣士が剣を魔力で被う、纏の応用だってんだから、笑っちまう。魔術師の大半はそんなことよりも先に倒せばいいって認識だ。
「纏も魔力を使って能力を上げるからには身体強化の一種だろ。それができるのだから、身体強化もできるんじゃないのか?」
「……はぁ。どっちかしかできねぇのはたくさんいるぞ。剣士にも魔術師にも。その理屈だと、おんなじ武術だから剣士が槍を使えるかってのと変わんねぇぞ。
だが、違うだろうが。できるやつはいるだろうが、全員が全員大丈夫なわけじゃねぇだろ。
装備も含めて魔力で保護する纏と、体を強くする身体強化は違うんだよ、俺にとっても、お前にとっても、誰にとっても。
それに、纏ができたのはついこないだ、それも短時間だ。自在に使えるわけじゃねぇ。色々足りてねぇ」
「自らを省みれば、身体強化ができず、纏も右手だけ。剣までどころか防具にも届かん。
……ふむ。修業が足らんな、お互い」
「……それで解決するなら良いんだがな。才能ってやつが大手を振るってる分野だしな。
さて。ようやっと着いたぜ。腹もこなれた。今日こそ、お前ぇに一本ぶち当てるぜ」
「ふっ」
「あぁ?鼻で笑いやがったな!」
その後、滅茶苦茶修業をした。
あ?結果?聞くんじゃねぇよ。あー痛ぇ。