2-5
「無事に戻って何よりだ!話はダグから聞かせてもらおう。まずは、ディグ。君は休んでくれ」
「そんなに疲れちゃいねぇよ。倒したのはゴブリン6体だけだ」
「その6体で森のゴブリンは全部だったがな」
「……てめぇが1体残らず俺の方に飛ばしやがったんだろうが」
「巣も潰した。この村の狩人が周りを見てくれたから残りはいないだろう」
「そうか。ならなおのこと。ディグは休んでくれ」
夕方になる前に村に戻れた俺達は、商売を終わりにしたジーナに討伐の報告をした。村長との交渉は彼女に一任してるし、そもそもこの旅の責任者だからな。俺は休んで良いってことだったんで、それほど疲れちゃいないが身体を拭き、さっぱりとしてから宿のベッドに横になると、一瞬で意識が飛んだ。
目を開けると、すでに外は暗くなっていた。外からは、鋭く風を切る音と、村人の夕食の匂いが漂ってきている。そこまで寝ていたつもりはないんだが、思った以上に疲れていたらしい。慌てて起きあがる。
借りている宿――とは名ばかりの空き家――にも良い香りが漂っていた。居間に行くと、横の竈でジーナが食事を煮込んでいた。
「おはよう。
ダグは外で素振りしてるよ。そろそろ夕食が完成する。呼んできてくれるかい?」
「……悪かった、手伝いもせず。
どれくらい寝てた?」
「ははっ。初めての魔物との戦闘だ。疲れて当然さ。興奮してその疲れが判らないのもね。
寝ていたのは2時間ほどかな?」
「村長への報告は?」
「狩人さんがしているさ。どちらにせよ明日会うからね。私からはそれで十分だ。
討伐できたんだ。急ぐことでもない」
「……そうか。ダグ呼んでくる」
「一緒に訓練始めないようにね」
余計な一言をジーナから背中に受けて、ダグを呼びに行く。強くなることに執着心があるダグは、時に周りを気にせず訓練に没頭することがあるのだ。3人での旅路だから、基本巻き込まれるのは俺だ。強くなれるのは嬉しいんだがなぁ。
裏の空き地にいたダグは、さっきまでと違ってゆっくりとした動きで剣を振っていた。あー、見たことないが、剣舞ってやつか?決して一所に止まらず、流れるような動き。攻めから受け、受けから避け、避けから攻め、そしてまた受けへと、居もしないのに、別の誰かと一緒に踊っているように見えた。
みるみるうちにダグの全身が湿っていく。滂沱に流れ出る汗。激しい動きじゃない。誰にだってできるようなゆっくりとした動きなのに、ダグは汗まみれになっていた。
ふいにダグの動きが乱れる。動きを止め、荒い息をしながら額の汗をぬぐった。
「まだまだだな」
「初めて見たが、すげぇじゃねぇか。剣舞か?」
「俺が修めた流派は、この剣舞が1時間できて一人前。それまでは初伝扱いだ。
今の俺では精々半人前だ」
「お前のレベルで初心者の一歩先かよ。ふざけた流派だな」
「ふっふっふっ……確かにふざけた流派だな。ふっふっふっ。
……夕食に呼びに来てくれたんだろう?さあ行こうか」
「先に汗を拭けよ。ほら」
「そうしよう。先に行ってくれ。すぐに行くから」
ダグが修練を終えたので、一足先に宿に入った。今日の夕食はなんだろうな。野営の時は半分俺が作っていたけど、今回は寝ちまっていたからな。村だから新鮮な野菜なんかがあると嬉しんだが。
テーブルに並んでいたのは、ベタ芋と葉物の炒め物、芋と肉を煮込んだスープ、硬そうなパンだった。この辺りじゃどこでも採れるベタ芋は、栄養もあり腹が膨れるし、作りやすいのでどこの家でも植えているが、自家消費がほとんどなので街じゃ見かけなかった。ちょっと懐かしいな。
味付けは塩とちょっとだけ香草。どこの村でも野菜を煮込んで作る調味料があるはずなんだが、あまり日持ちしないので旅していると食事が味気ないのが困ったところだ。作ったジーナ自体も、食べながらちょっとばかり不満げな表情だ。
聞いてみると、北の地だとこっちほど香辛料も高くなく、肉類も豊富だとか。全部ダンジョン、魔物由来の物なんだが、豊富とまではいかなくてもある程度はドロップするそうな。でも、小麦とか葉物野菜は少なく、高い。そこをきちんと領主が采配しないと、飢えによる死者や暴動がおこるのだとか。
迷宮崩壊だけじゃねぇのかよ。想像していたよりも、ずっと厳しいんだな。
「昔は、魔物と迷宮、飢えと暴動が北で死ぬ理由とされていたんだ。
もちろん、今は違う。どれも大変だが、きちんと対策されている。死因の半分は老衰と病気になったのさ」
「それでも半分かよ。こっちじゃそんなこたぁねえぞ」
「口調。
まだまだ道半ばなのさ。どうしても時間がかかる。
一番の問題は場所さ」
「北だから寒い?」
「ははっ。それは間違いじゃないが、正解じゃないな。住むにも畑を作るにも広い平らな地面が必要なのに、山が多くて難しいのさ。地形とそこに住む魔物や迷宮が問題で、森を切り開くのも魔術師を使ってさえも時間がかかる。
何年もかけて迷宮を攻略し、時には森を開き、山を崩して、脅威に対抗して生存圏を広げてるんだ」
「その一つが、俺が領主になる村って訳か」
「そうさ。
引退する冒険者、耕作地がない農民、商家の3男4男。そういった者を、今、集中して教育している。それが開拓村や町の中心になる」
「残りは?」
「領地から広く募集してるさ。……まあ、足らないから王都の貧民街からもそれなりの人数引っ張っていくけれど」
「……それはちょっと……」
「問題ないさ。王都には伝手があってね。そこで希望者にみっちり教育している。そこをクリアしなければ北へは行けないよ。そう遠くなく我が故郷は雪に埋もれるのでね。常識を叩き込み、選別する時間はたっぷりあるのさ」
「なんでわざわざそんな手をかけてまで王都の貧民を?」
「そうやって他所の苦労を引き受けないと。思わぬ妨害をされても面白くないしね。
それに、北だと貧民街なんてほとんどないんだ」
「裕福……じゃないよな?」
「最近はそうでもないけれど、まだまだみんな貧しいし、冬の寒さは厳しいからね。薪を十分用意できないと凍えて死んでしまうのさ。
領主もある程度の援助をしたり対策は取っているけれど、厳しい地だからね」
「ほんとに開拓できんのかよ。やだぜ、すぐに死ぬのは」
「……少しはその気になってくれたのかい?
大丈夫さ。通常の開拓だと、最初の年は決めた場所の周辺の木を伐って広い空間を作り、次の年に柵と家を建て、畑を耕し、順調にいくと三年目から生活が始まるのさ」
「建てた家にすぐ住まないのか?」
「ひと冬の雪の重みで全ての建物が壊れるようじゃ、住むには適さない地と言える。その場合は、別の候補地を探すのさ。
ま、潰れた家は建て直す方が人を育てなおすよりもよっぽど簡単だからね」




