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手入れされている森は、奥に進んでも深くなったとは感じない。歩きやすく、少しばかり秩序だった生え方をしている。慣れている者にとっては見通しがとても良い。そのため、違和感や異変に気付きやすいのだろう、狩人とダグが同時に立ち止まった。
数歩先行していた狩人が右手でゴブリン、2の符丁を示すと、ダグがこちらに任せろと返す。
ゴブリンが2体。これは、朗報だ。
ゴブリンは弱い。だから群れる。そのことは良く知られちゃいるが、冒険者ギルドじゃもっと詳しく教えてくれる講習がある。
単体ははぐれ。群れから追い出されたか、討伐時の逃亡個体。
群れが10未満なら2体で動き、30未満は3体、4体は100未満。5体で集まってうろついている場合は100を超える集落が出来上がっている証拠であり、早急に近くの冒険者ギルドへの連絡が義務付けられている。これは、村長などの有力者にも伝えられている事柄らしい。上位種、それも強力な個体が生まれている可能性が高いからのようだ。
その点、今回の2体と言う事実は、多くても二桁に届かず、今回この2体を首尾よく倒せれば、あとはたかが知れている。
ダグがこちらを向いて俺を呼ぶから、できる限り静かに近寄ると耳に口を寄せてきた。
「ディグ。おあつらえ向きだ。
一体回すぞ」
「わかった」
「ま、落ち着けば問題ない。
耳を澄ましてみろ。ここからでもわかるだろ?」
「……聞こえるな」
「ああ。
声を抑えることも、物音を隠すこともできないレベルのゴブリンだ。単体なら角兎にすら勝てないやつだ」
ゴブリンは弱い。まず、体が小さく、細い。頭も悪く、訳もなくわめきながらウロウロとするから不意打ちし放題だ。道具は使えるものの、錆びた剣などを持っていれば良い方で、こん棒と呼べないほどの枝や落ちている石で攻撃する始末。総じて、単体では脅威ではない。
まあ、上位種にならないまでも、長く生きた個体は悪知恵が働くらしく油断は禁物なんだが、ここまで遠くでも声が聞こえてくるんだから、まだ若い個体だろう。数も少ないし問題ない。
ダグに頷き返すと、あいつは狩人の肩を叩いて合図をしてから、大きな音を立てながら足を前に進めた。ゆっくりと俺も、できるだけ音をたてないようにしつつ、後に続く。入れ替わりで、狩人が音も立てずに藪の中へと姿を隠した。
あらかじめ打ち合わせてあった動きだけど、さすがは森に生きる狩人。風の方が煩いくらいにしか音がしない。彼の仕事はバックアップ。案内人である。そもそも狩人は直接的な戦闘力は乏しい。なにせ、武器を持っているとはいえ、村人。いくら戦い慣れていても、一般人の部類だ。魔物退治が本業じゃない。奇襲。待ち伏せ。罠に弓。遠距離こそが狩人の立ち位置だし。直接戦闘は冒険者の仕事だ。
危ない場面やゴブリンの逃亡、追加が来た場合の予備戦力として周りに注意してもらう。だから、離れてもらったんだ。そんなことにまで気を配れるダグをすげぇなって思う反面、いつかは俺もと思いつつ、勉強になるなって感心する。最初は、穴掘りも使ってみたらどうかと検討もしたが、最初は剣だけにしようと昨晩のうちに決めてある。
ぶっつけ本番で初っ端に試すほどの度胸はない。
そんなことを考えているうちに、2体のゴブリンが邪魔な木の枝をこん棒――実際は太めの枝で払いながら近づいてくる。つーか、そんなことしてたら無駄な動きばかりで、弓に射られてお終いじゃね?
微妙に木が邪魔をするので、ゴブリンは連携も取れず、別々に襲い掛かってきた。器用に1体をこちらへと抜けさせながら、ダグが俺に対応を促す。
「さっ、来たぞ!」
「おうっ!」
「ギャギャッ」
思ったよりも小さい。が、大きい。
矛盾したようだけど、それが初めてゴブリンに相対した感想だ。
頭の位置は胸よりも下。腰よりは上だが、正直、村のチビどもを相手している気分だ。振り被っちゃいるが、俺の頭をきちんと狙えるほどじゃない。腰を落として相手してても、ちょっと低いから想像よりもやりづらい。気を抜くと周囲の木々に紛れてしまうような汚れた緑の肌も、鼻を焼く臭い匂いと耳に残る喧しい叫び声も、頭で知ってはいても集中力を削る。そして、全身からほとばしる明確な殺意。
“初心者殺し”と言われるだけはある。最も多くの冒険者を殺した魔物と謳われるだけのことはある。
……まあ、初心者限定だけどな。
落ち着いて戦えば、確かに攻撃の軌道は下段からだから戦いにくいっちゃぁ戦いにくいが、身体が小さい分威力は弱い。そもそも武器が太めの枝。丸太やこん棒ですらない。俺が持つ金属製の剣とは硬さが違う。奇襲や多対一だったら危ないだろうが、一対一なら問題ない。
斜めに振り下ろされる攻撃を一歩下がりながら避け、下がった反動を利用してゴブリンへと突っ込んだ。軽々とゴブリンが吹き飛び、フラフラと立ち上がる。
そこを目掛けて、練習の通りに剣を振れば、簡単にゴブリンの首が落ちた。勢いと角度が悪かったのか、左の肩に少し食い込んでしまい、ちょっとだけ取るのに苦労する。剣を取り返して一息ついていたら、ダグから怒られた。
「何、ぼさっとしている。次が行くぞ!」
「えっ?ぅお、おう!こい!」
「ギャギャッ」
倒して気を抜いていた俺に向かって、ダグが相手をしていたゴブリンを蹴り飛ばしてきた。荒っぽいな、おい。
バランスを崩しているゴブリンを前にして、俺は一歩下がる。下の方を見たら、足元にさっき倒したゴブリンが転がってたからな。あのままじゃ、躓いてすっ転がっていたに違いない。
戦闘中にバランスを崩すという絶好のチャンスに俺が攻撃しなかったから、ゴブリンはなんとか態勢を整えて、今度は俺に躍りかかってきた。殺意を込めて、良い感じに削られた枝を素早く振りぬいて……こけた。
ギラギラとした殺気に満ちた顔が、一瞬呆ける。予想していた俺は、丁寧に、ただし素早く首を飛ばした。
まあ、そうなるよな。身体のサイズが小さいんだから、足も短く、矮小な仲間の身体ですら行く先を阻む障壁になる。
大して苦も無くゴブリンを討伐した俺に、安心したようにダグが声をかけてきた。
「なんだ。思ったよりも落ち着いているな」
「ん?……ああ、ルーキーがなるって話の、初戦闘後か?都会っ子じゃねぇんだからよ」
「いや。厳しい教育を受ける貴族や騎士の子でもなる者がいる。戦場が合う合わないでしかない」
「じゃあ、俺には合ってたんだな。冒険者としては嬉しい限りだな」




