6話
視点 リリア
椅子に縛られている私の目には、力尽きて倒れ込んだラルクの姿が写っていた。
「ラルク……さん……」
体には、剣によって斬られた傷、刺された傷など、目を背けたくなる程の傷が付けられている。
「そんな……嫌、そんなの……ラルクさん……」
頬を涙が流れるのを感じる。
「流石にこれで死んだだろ」
「ああ。それにしてもしぶとかったな。何度刺しても、斬っても、俺達に殴りかかろうとしてくるものだからさ、正直怖かったよ」
「こんな奴の為に命を張らなけりゃ、もっと長生きできたのにな」
私の、せいで。私が……彼を、殺した。
「はぁ。どんな強い奴かと思ったら、めちゃくちゃに弱かったな。よくこんな奴が森にいられたな」
「まあそんな事はどうでもいいわよ。後はこいつを殺すだけ。そしたら、捕まらない為にずらかるよ」
ナーラはそう言うと、私の喉に剣を向ける。
「これでようやく。貴方を殺せる」
いい。もう殺して。私の存在が、彼を殺してしまった。償うには、私の命しか……?
その時、窓から月の光が差し込んだ。
「な、なあ。ウェッジ。ナーラ」
「なんだ?」
男は、ナーラを止め、ウェッジを呼ぶ。
そして、既に死んでいると思われるラルクに指を刺した。
「あ、あいつの傷」
「はあ?」
月の光で、よく見えやすくなったラルクの体を見る。
すると、ある変化に気づいた。
「ッ⁉︎ ……傷が」
なんと、ラルクの体にさっきまで付いていた傷が、消えていっているのだ。いや、消えているのではなく、治っていっている。
「なんだ? あれ……魔法か?」
「いや、今のあいつが生きていたとしても、あの状態で魔法なんか使える筈がない」
確かにその通りだ。
では、あれはなんなんだ。
それに、人間にあのような重症な傷を治癒出来る筈がない。
それじゃあ一体……ッ⁉︎ まさか⁉︎
「ヴゥ、ウゥゥゥ」
倒れているラルクは唸り始める。
この声は、聞き覚えがある。あの、オオカミだ。
「あ、あぁ」
すると、ラルクの体中の毛が伸び始めだす。
それと同時に、口が尖っていき、頭からは耳が、お尻の上からは尻尾が生えだす。
指の爪も伸び、目が光りだす。
「ヴォォォ」
服が、膨張する筋肉に耐えられず、千切れる。
「な、なんなんだよこれは?」
ウェッジは、怯えながらそう言う。
そして、とうとう彼の変身は完了した。
目の前にいたラルクは、人型のオオカミへと、姿を変えた。
「ヴァァァァァァァァ!」
鼓膜が破壊されそうな程の雄叫びが上げだす。
「ヒッ、ヒィィ!」
「な、なんだよあれは⁉︎」
「人が、魔獣になるだと⁉︎」
そのオオカミに、その場にいた全員が震え上がる。
「ヴァゥ!」
オオカミは、固まっている彼らに近づく。
そして、尖っている爪で、1人の男の腹部を引き裂いた。
傷口から飛び出してくる血は、宙を舞い、私の頬に付着する。
「ウギャァァァァ!」
悲鳴が上がる。
恐らく、こんなに叫び上げたところで、助けなど来ないだろう。理由としては、周りには建物が無いからだ。つまり、人も滅多にいない。
「ヴゥゥ」
オオカミは、倒れ込んだ男にトドメを刺そうとする。
「くらえ化け物!」
しかし、それを阻止しようと、近くにいた男が、オオカミの背中を剣で斬り裂いた。
「ヴゥ」
「へっ! どうだ化け物! いや魔獣さんよ!」
背中に傷を負ったオオカミを煽る。
「ッ⁉︎ 何⁉︎」
すると、オオカミは、顔だけ後ろに向ける。
その時、背中の傷は、まるで魔法のように消え去った。
「嘘……だろ」
「ガァウ!」
オオカミは、背中を斬った男の顔に噛み付く。
そして、噛み砕き、床に放り投げた。
噛み砕かれた男の顔は、見るに堪えない有様であった。
自我が無い! ダメだ! ラルクさんを止めなきゃ!
「やめてください! ラルクさん!」
しかし、私の声に、オオカミは一切耳を貸さない。
無理だ。なら。
私は縛られている腕に力を入れ、外そうとする。
手さえ、抜ければ。
しかし、その間に、もう1人が切り殺された。
「おい、ナーラ! 火の魔法だ!」
ウェッジは、ナーラに命令する。
「は? ちょっと待ってよ。やったら家が燃えるかもしれない」
「そんな事言ってる場合か⁉︎ すぐに奴は俺達を」
その時、ウェッジに、オオカミが飛び込んだ。
ウェッジは倒れ込み、オオカミはその上にまたがる。
「ウッ⁉︎ は、はは早くやれ! ッ⁉︎」
「ギャウ!」
そして、ウェッジの右肩に噛みつき、砕いた。
「ウァ! グァッ⁉︎ ギャァァァ! ごべんなざい! ゆるじで! ヤァだぁぁぁぁ!」
ウェッジは泣き叫ぶ。
オオカミは、肩を噛んだまま、ウェッジの体を抑え、
「ヴゥン!」
引きちぎった。
「イダぁぁぁい!」
急がないと! これ以上は嫌だ! 早く取れて!
手の平がつっかえて潰れそうだが、そんな事には一切構わず、力を入れ続ける。
「こ、こっちを見ろ魔獣!」
私が縛ららている手を取ろうとしている時、ナーラは、ウェッジを殺そうとするオオカミの注意を引いた。
オオカミは、叫んだナーラの方向を向く。
「ファイアーアロー!」
その瞬間、ナーラ手の平から、炎によって形作られた、矢が現れた、射出された。
魔法だ。
「ヴゥッ⁉︎」
放たれた矢は、オオカミに刺さり、小さな爆発を起こす。
その一瞬の間に、片腕を失ったウェッジは、オオカミから離れる。
「ど、どうだ? ナーラ、やったのか?」
「分かるわけないでしょそんなの」
オオカミの体の周りは、炎に包まれている。
しかし、
「ヴゥゥ」
効いていない。
恐らく、あの黒い毛には、火が付かないのだ。
「……そんな……」
まずい! また人が殺される! 取れろ! 取れろ!
「ヴゥゥ!」
オオカミは、ナーラに高速で近づいていく。
そして、半泣きになっているナーラの顔半分を引き裂いた。
「イヤァァァァ!」
ナーラは痛みのあまり、叫びだす。
その時だった。
「取れた!」
縛られている腕を、どうにか引き抜けた。
私は、椅子から立ち上がり、ナーラとオオカミの間に、腕を横に広げて立った。
「ラルクさん! もうやめてください!」
「ヴゥッ⁉︎」
オオカミの動きが止まる。
「お願いです。目を覚ましてください。もうこれ以上、人を殺さないで」
「ヴゥゥ」
オオカミは、私が喋っている間は、動く事はなかった。
今だ。今のうちに生きている2人を。
「2人とも、逃げてください」
恐怖で固まってしまっているナーラとウェッジにそう言う。
「え? あ……」
「クッ、早く!」
私が叫ぶと、2人は我に帰り、走って建物の外に逃げだす。
「ヴゥゥ」
オオカミは未だに殺意を剥き出している。
私が、貴方を止める。
ここで切ります