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4話:冬バラと王女の話

 むかし、むかし――。

 ある国のお城に病弱な王女さまがいました。

 王女さまは末っ子で二人のお兄さまがいました。

 体の弱い王女さまは、丈夫なお兄さま達のように外で遊ぶことを医者から禁じられていました。

 そんな王女さまをかわいそうに思ったお父上である王さまは、大工と庭師をお城に呼ぶと「外を歩くのとかわらない部屋をつくれ」とお命じになりました。

 大工はどんな部屋をつくればいいか大変なやみましたが、やがてお城の日当りのよい南側に、庭に面した壁一面をガラス窓にした部屋を苦心してつくりました。

 庭師は大工がガラスの壁をつくっているのを見て、部屋からよく見えるように花園をつくりました。

 こうしてできあがったお部屋は、まるで外のようにお日様が明るく、窓のそばを歩けば部屋のなかにいるのにまるで花園を歩くような気持ちになれるのでした。

 王さまは大工と庭師にたくさんの褒美を与えて、病弱な王女さまは大きくふかふかしたベッドごとガラスの部屋に移されました。

 

 それから何年かが過ぎました。

 王女さまは十三歳になりました。

 病弱なのはそのままで、それまでのほとんどをお部屋の中で過ごしていました。

 王女さまはガラス窓の向こうに咲き誇る花々を眺めてはその美しさに心慰められ、外で風に揺れる花々に憧れのため息を吐くのでした。

 ある日のこと、王女さまはスープを飲んでいる最中にコンコンと咳をしました。

 まあ大変だ、王女さまが風邪をおひきになったと、そばにいた侍女は一生懸命お世話をしましたが王女さまの咳は何日たっても止みません。

 王女さまは熱を出して、窓のそばを歩くこともなくすっかり床についてしまいました。

 最初、王さまもお妃さまも王子さま達もみんな心配して王女さまのお部屋にお見舞いにきました。

 けれども王女さまの看病をしていた侍女も咳をするようになり、王女さまと同じように熱を出ししばらくして死んでしまうと、王さまは医者と王女さまのお世話をする新しい侍女以外に王女さまのいる南側の建物に入ることを禁じました。

 医者は侍女に王女さまと話しをすることを禁じました。

 誰もお見舞いにこなくなり、侍女とおしゃべりもできなくなった王女さまは、お部屋でさみしい日々を過ごすようになりました。

 花の季節も終わり、緑の葉も枯れ落ちて、寒い冬がやってきました。

 空は灰色にくもって冷たい風が吹き、窓から見える風景も花園の枝ばかりが目立つさびしいものになりました。

 王女さまは大きなベッドにたくさん重ねたおふとんから、小さなかわいらしい顔をちょこんと出して冬枯れの庭をみつめていました。

 生まれてからずっとお城のなかにいるため肌は雪のように白く、かすかな熱のために潤んだ瞳は磨いたエメラルドのように光り、頬はうっすらと赤く、長く伸びた髪は蜂蜜の色をしていました。

 医者が三日置きに王女さまをたずねて手当をし、毎日お薬を飲んで栄養のある食事もとっていましたが、かわいそうに王女さまの咳は止まらず、ふわふわした熱がすっかり下がることはありません。

 王女さまのお世話をする侍女は普段はとなりの小部屋にひかえていて、用事があるときに枕元においた小さなベルを鳴らして呼ぶことになっていました。

 けれども王女さまは死んでしまった侍女のように自分の病気をうつしてはいけないと、口を閉ざし、なるべく自分でできることは自分でするので侍女が呼ばれることはあまりありませんでした。

 もう長い間、王さま達家族とも王女さまは会っていませんでした。

 どうしてこんな病気になってしまったのだろう。

 王女さまは悲しい気持ちで考えました。

 きっとみんなそのうちにわたしのことを忘れてしまって、このままひとりぼっちで死んでしまうのだわ。

 さみしくてたまらなくなった王女さまの頬を涙がつうつうと流れていきました。

 そんな時、コツコツと何者かが外から窓のガラスを小さく叩く音が聞こえて王女さまは枕にうつぶせていた顔を上げました。

 

 だあれ。


 王女さまがベッドのなかから小さな声でたずねながら庭を見れば、小さくつやつやした黒曜石を磨いたような黒い小鳥が壁からすぐそばのバラの垣根に止まっていました。

 黒い小鳥は寒空の下、耐えるようにじっとしていて王女さまのいる部屋の中を見つめていました。

 きっとこのお部屋にはいろうと思ったのね。

 王女さまがそう呟くと、まるで返事をするように黒い小鳥が美しい声で鳴いたのがかすかに聞こえました。

 かわいそうに、外は寒いでしょうに。

 窓といっても鉄でできた枠にガラスがしっかりはまっているガラスの壁です。黒い小鳥が部屋に入る隙間はありません。

 黒い小鳥をお部屋のなかにいれてあげたいと思った王女さまはふらふらする体に力を込めてベッドから下りると、外の風を入れるために一箇所だけ普通の窓と同じようにひらくように造られている場所に近づきました。

 

 おいで。


 そうっと窓をあけて王女さまが黒い小鳥を招くと、人に驚いたのか断るようにまた美しい声で鳴いて飛び去っていきました。

 悲しい気持ちで窓をしめようとした王女さまは、ふと黒い小鳥が止まっていたバラの枝に小さなつぼみがあることに気がつきました。

 濃い緑色のつぼみはまだかたく、とがった先にだけ淡い色がついていました。

  

 まあ、あの鳥はきっとこれを教えにきてくれたのだわ。

 

 それから毎日、王女さまは一日に一度は窓にむかいバラのつぼみを見ました。

 少しずつバラのつぼみはゆるんでいきました。

 王女さまは他にもつぼみがついている枝はないかと探してみましたが、つぼみがついているのはその一枝きりでした。

 少しずつ開いていく花びらの色はとても不思議でした。

 毎日、色が変わるのです。

 ある日は白、ある日は赤、蜂蜜のような色の日もあれば、透き通るような淡い緑の日もあります。

 まるでガラスを透してきらめくお日様の光のようにたくさんの色をみせるバラのつぼみに王女さまは夢中になって、それまでさみしかったことをすっかり忘れてしまいました。

 

 不思議なことがあるものです、もしかするとご病気が治るかもしれません。


 咳も熱もまだなくなってはいませんでしたが、日に日に顔色が良くなっていく王女さまに医者はおどろきながらそのご様子を王様に伝えると、王様だけでなくお妃様や王子様もたいそうよろこびました。

 病気がうつってはいけないため会いにはいけなかっただけで、みな王女さまのことを心配し忘れてはいなかったのです。

 王女さまのほかに不思議なバラのつぼみに気がついている人は誰もいませんでした。

 王女さまの着替えの手伝いをするときと、食事のお世話をするときのほかには部屋にいない侍女もバラのことを知りませんでした。

 侍女に教えてあげたい王女さまは庭を指さしたりしてみるのですが、侍女は王女さまの指が示す先を見てもバラのつぼみがそこにあることがわからないのか首をかしげるばかりで、三度目にはなぐさめるように王女さまの髪を少し撫でるだけでした。

 侍女は王女さまが枯れ枝ばかりのお庭がつまらないのだろう、それだけが唯一の楽しみであるのにおいたわしいと思っていたのです。

 医者にも同じように王女さまは庭を指さしてみたのですが、やはり気がつきません。

 バラのつぼみがあることを知っているのは王女さま一人きりなのでした。

 王女さまは、庭を眺めながら花になって外にいられたらと羨ましく思ったことを思い出しました。

 だんだんと王女さまは、枯れた枝ばかりのなかで一輪だけで誰も気がつかないバラのつぼみを、お部屋に一人きりでいる自分だと考えるようになりました。

 その日は、前の晩から雪がしんしんと降り積もり、なにもかもが白く染められた寒い日でした。

 きらきらと積もった雪を銀色に輝かせる朝日のなかで、とうとうバラは大きく花びらを広げて咲きました。

 早起きな王女さまはまっさきにバラが咲いたことに気がついて窓に近寄りました。

 バラはとても可憐に美しく咲いていました。

 まるでバラをみつめている王女様のようでした。

 蜂蜜色の朝の光を浴びる花びらは白くて、うっすらと淡い紅色がかかっていて、花びらの中心に濃い緑に金色の花粉をまぶした芯がみえました。

 そうして朝日がきらめくたびに、少しずつ花びらの色がちがった色に見えるのでした。

 長い時間起き上がっていることができない王女さまは、このバラをベッドのそばに飾ってずっと見ていたいと思いました。

 そうだ、そうすればわたしもこのバラの花も一人ぼっちではなくなる。

 以前、小鳥を招き入れようとした窓をあけて王女さまは腕をのばしました。

 もう何年も外の空気にじかに触れることのなかった王女さまのやわらかい手に、冬の冷たい空気がまるで針のように突き刺さりました。

 王女さまは一生懸命に手をのばしましたが、窓から一番美しく見えるようにつくられている花園は、王女さまが思っていたよりも窓から離れていて小さな手はバラには届きません。

 だんだんと指先が凍えてあきらめかけたとき、美しい鳥の鳴き声が遠くから聞こえました。

 それはいつかの、王女様にバラのことを教えた黒い小鳥でした。

 咲き誇るバラのすぐ側の枝に止まった鳥に、王女さまは頼みました。


 おねがい、そのバラをわたしのところまで運んでちょうだい。


 黒い小鳥はつややかな羽根を少しだけ持ち上げて、だめだと言うように小さな頭を横にふるふるとふりました。

 そして周りの枝にぴょんぴょん飛び移っては、わずかに枯葉の残る枝を折ってはまた頭を振ってぱらぱらと葉を落としました。

 まるで枝を折ってしまったらバラの花はすぐに散ってしまうよと忠告しているようでしたが、王女さまはもうどうしてもバラの花を手元に置きたかったのでした。

 王女さまは冷え切ってうまく指が曲がらない手を胸元で組み合わせ、神様にお祈りをするように黒い小鳥にもう一度頼みました。


 おねがい、どうかそのバラをわたしに届けて。


 すると黒い小鳥は羽を広げて、天に向かって鳴きました。

 高く澄んだ、すこしだけ哀しそうな美しい鳴き声でした。 

 ばさばさと黒い羽根がバラの垣根の上に舞い、ぱきりと小さな音をたてて黒いくちばしが枝を折り、バラの花をくわえた黒い小鳥がひらいた窓の隙間に止まって、王女さまの手元に花をぽとりと落としました。

 

 ありがとう。


 王女様はにっこりとほほえんで、黒い小鳥にお礼を言いました。

 黒い小鳥はもう一度だけ美しい声で鳴いて、ばさりと大きく翼を広げ飛び去っていきました。

 王女様はバラの花をとても大切そうにそっと抱きしめ、花びらからこぼれるよい香りにゆっくりと目をとじ、心からうれしそうにもう一度だけほほえみました。


 最初に気がついたのは朝につかうお湯を運んだ侍女でした。

 それからあわてた様子で医者がやってきて、医者と一緒に王さまやお妃さまやお兄さまの王子さま達、家来達までもが次から次へと王女さまのお部屋にやってきました。

 やがてお妃さまがそのお美しい顔を両手でおおうと、やって来た人々は次々と泣きだしました。

 王女さまは大きなベッドにたくさん重ねたおふとんから、小さなかわいらしい顔をちょこんと出して目をとじていました。

 そしてその目はもう二度とひらくことはないのでした。

 

 とても安らかなお顔をしておられます。


 なげき悲しむ王さまをなぐさめた医者が、おやと首をかしげました。

 王女さまは両腕をおふとんの上にだして胸元でまるでお祈りをするように手を組み合わせていました。

 そこには美しい真っ白な冬バラが一輪、とてもよい香りを漂わせていました。

 王女さまはまるで冬バラの香りを楽しむように、うれしそうにほほえんで目をとじているのでした。

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