7 ヒュ―ロック国の戦いⅡ
ヒュ―ロック国北部、防衛の要マストラ砦陥落から5日後。
ブルーリア川を渡河した魔族の大軍10万はヒュ―ロック国の首都 エリドスに迫っていた。
エリドスは広大な平野部に建設されており、城壁はあるが防衛能力は高くない。
ただ騎兵が中心のヒュ―ロック国軍の士気は未だ高いものがあった。
これは1日前に駆けつけたバスカを始めとする指揮官たちが混乱する国軍をまとめ上げ何とか防衛体制を整えたためである。
独立側の政治家はと言うと、バスカの予想通り裏では魔族と通じていたが予想外の軍の士気の高さと国民の手前、魔族に降伏することが出来ないでいたのだった。
「バスカ様、何とか防衛体制は整いましたね」
「ああ。だが整えたと言ってもこちらは1万にも満たぬ数。10万の魔族相手にどこまでやれるか」
「ですが連合諸国には魔通信によりこのことを伝えてあります。いずれ援軍も参りましょう」
「そうだといいがな」
首都の北側の平野部に陣取るバスカは、目の前に現れ始めた魔族の大軍から目を離さなかった。
ヒュ―ロック国の兵力は騎兵7500、歩兵1000、魔導士300、グリフォン部隊100。
対して魔族は目に入るだけでも小鬼、人食鬼、豚頭族、牛人族、魔狼。空には無数の翼竜が飛び交っていた。
これだけの魔族を相手に連合の名の下援軍を出す国がどれだけいようか。
バスカはそう考えつつも、部下の手前不安を表情に出さずにいた。
「バスカ殿、バスカ殿!」
「これはエオリア卿。どうなされましたか?」
バスカは顔を青白く変え自分の元へとやってきた初老の男性に視線を移す。
彼はエオリア・ヒル。ヒュ―ロック国で議会議長を務める男だが、独立派の1人でもあった。
ヒュ―ロック国は今は民主国となってはいるが50年ほど前までは貴族が政治を独占しており、彼のヒル家も元は貴族である。
「これほどの大軍、我らには到底勝ち目はない! 今の内に降伏を申し出るのが得策ではないか? 貴官のような信頼厚い武人が兵士に申せば皆納得してくれると思うのだが……」
「何を仰いますか!! 魔族が人間を対等に扱うとでも?? 降伏したところで待つのは死、であるなら一戦交え民間人を逃がす時間を稼ぐか連合の増援が来るまで持ちこたえるのが得策であるでしょう!」
「ここだけの話、我らは魔族とのパイプがある。協力してくれれば貴官も仲間になれるよう取り計らうが?」
「……この恥知らずが!」
バスカは側まで近づき笑みを浮かべるエオリアの言葉に、彼を突き飛ばし持っていた槍先を彼へと向けた。
「な、何をするか!」
「血迷ったかこの売国奴め! 自分達が生き残るために国民を売るか!?」
「な、なにを申すか! 私はただいらぬ犠牲を出さないように……」
「では他になすべきことが多々あろう。すぐにこの場を去り成すべきことを成さぬのなら叩き切るぞ!」
「貴様、血迷うたか……」
そこでエオリアはようやく気が付いた。
周りの兵士達が自分に向ける敵意の目に。
エオリアは一度バスカを睨みつけると馬にまたがり逃げるようにその場を去っていくのだった。
「あのような者が政治を司る者とはな」
「そうですね。ですが全ての政治家があのような者ではありません。連合派の方々は今も他国へ援軍を懸命に働きかけていると聞きます」
「……では我らも自分達の役目を果たさなければいかぬな」
「最後までお供いたします、バスカ様」
バスカは部下の言葉に笑みを浮かべると、兜を身に着け馬にまたがった。
そして手に持つ槍を空に掲げ全軍に声を上げる。
「全軍、突撃!! 国民の盾となり、魔族共にこの地へ来たことを後悔させてやれ!!」
『オォォォォォォ!!!!!』
バスカの言葉で7500の騎兵部隊が一斉に突撃を開始。
更にグリフォン部隊も飛び立ち、魔導士部隊は魔法による遠距離攻撃を開始した。
火球は魔族の前衛に展開していた小鬼に次々と命中し、小鬼達は断末魔を上げ逃げまどう。
そこへバスカ率いる騎兵部隊の攻撃が重なり、魔族前衛部隊は大混乱に陥ったのだった。
「行けぇぇぇ!! 敵を全て蹴散らせ!!」
バスカの指揮の元、ヒュ―ロック国軍は小鬼だけでなく巧みな騎兵運用で人の体の倍はある人食鬼をも次々と倒していった。
更に士気の上がるヒュ―ロック国軍。だがバスカだけはどこか出ごたえの無いことに気が付き、そして悟った。
「……まずいこれは罠だ!! 全軍、いったん下がれ!!!」
だがヒュ―ロック国軍が後退を開始してすぐ、その場で突如大爆発が起き辺りは土煙で完全に視界を失ったのだった。
「ぐっ、、な、何が起きたのだ……」
バスカは何とか立ち上がり辺りを見渡す。
周りからは兵士達のうめき声や叫び声が広がり、血液の匂いが充満していた。
それでもまだ無事な兵士達を見つけると、バスカは肩を貸し後方へと下げるように命じる。
更に爆発に気を取られた上空のグリフォン部隊は、高高度から現れた翼竜の別動隊の急襲を受け次々と落されていったのだ。
「くそ、全て魔族共の罠だったということか……」
「ギャハハハハッ!! 今だ、残りを全て食い殺せ!!」
「久しぶりの人の肉だ、俺に食わせろ!!」
爆発の土煙が晴れ始めると、この機会を狙っていた魔族達が姿を現し生き残ったヒュ―ロック国軍へと進軍を開始した。
ここに来てバスカは悟った。自分たちの完全な敗北を。
ただそれでも首都には15万の民間人がいる。彼らの為にも時間を稼ぐ必要があった。
「戦えるものは武器を取れ! それと首都に避難宣言を出させるよう伝えろ!!」
「りょ、了解しました!!」
バスカは迫りくる魔族に最後の戦いを挑むため、単身突撃を開始するのだった。
ヒュ―ロック国首都北部、魔族本陣。
今回魔族の指揮を執る十将と呼ばれる魔族の1人、ガムリは笑みを浮かべ戦況を眺めていた。
彼は魔族でも上位種の人狼である。
「ハハハハッ、見ろ! 人間どもめ街の中に閉じこもっていれば長生きできたものを」
「ですがガムリ様、あのように味方もろとも攻撃をせずとも……グハッ」
「我に指図するのか? 小鬼や人食鬼如き下等種いくらでも替えがきく。奴らを餌に敵をおびき寄せ、地面に仕込んだ爆発魔法で蹴散らす。我の作戦のたまものであろうが!」
ガムリは意見を言った豚頭族の腹部を手刀で貫き、その体を投げ捨てた。
ガムリは人間の2倍はある体躯にその爪は鉄をも切り裂く鋭利さを誇る。
更に十将の中でも1・2を争う気性の荒さに部下達は恐怖で何も言えなくなった。
「これでようやく戦況が動く。人間共も妖精族や岩窟族と手を組み持ちこたえていたがこれで終わりだ。魔王様の喜ばれる様が目に浮かぶぞ」
「ガムリ様、敵は混乱しております。今こそ本隊に攻撃を命じられますか?」
「ハハハハッ、そうだな!! 全軍に攻撃を命じよ! 歯向かうもの、いや視界に入る人間は全て殺すのだ、一匹残さずな」
「ヒヒヒッ、承知いたしました」
ヒュ―ロック国の老人共は我らに内応すると言っているらしいがそんなことはもうどうでもいい。
奴らの助けがなくとも軍の無い街など容易く落とせるわ。
ガムリはそう考えると勝利を確信し笑みが崩れることがなかった。
しかし彼、いや魔族全てがある存在を忘れていた。
数か月前、牛人族を容易く屠った存在を。ハナベル王国の首都を襲撃した翼竜、そして上位豚頭族の部隊を全滅させた存在を。
ドォォォォォン!!!!!
ガムリは突如大気を震わせた爆音に驚き本陣を飛び出した。
そこには確かに今まで居たはずの、勝利を確信したはずの部隊がいたはず。
だがいまやその姿は見る影もなく、無数の屍があるだけだった。
「な、何が起きたのだ!! おい、これはどういうことだ!!!」
「わ、分かりません! このような事が人間にできるとは到底……」
『ギィィィィィ!!』
「今度は何だ!?」
ガムリは上空に視線を向ける。
そこからは次々と地上へと落されていく翼竜の姿があった。
彼らは無数の高速の火の球、そして後を追う奇妙な火の玉により逃げる暇もなく全滅したのだった。
だがそれでも魔族の兵力は8万近く残っている。気を取り直したガムリは全軍に突撃を再度命じた。
「くそ、意味が分からぬ! だがここで引くわけにはいかん。それにこれまでの戦いで敵にも損害は与えているのだ、全軍一気に突撃せよ!!!」
『オォォォォォォ!!』
ガムリの言葉で突撃を再開した魔族軍。
その目の前に、彼らが今まで目にしたことがない異形な姿をした鉄の塊が大地を震わせながら現れ、上空には大気を切り裂き轟音を響かせる巨大な鳥。そして形は違うが突風を巻き起こしながら近づいてくる鳥が現れたのだった。
「全車両、標的を捕捉次第自由射撃を開始せよ。撃っ!!」
「こちらコブラ1。対地攻撃を開始する」
「了解、敵を殲滅せよ」
次の瞬間、魔族達が最後に見たもの聞いたものは轟音と共に爆炎と火柱、そして仲間が吹き飛んでいく姿だった。