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5 束の間の平穏……?

 ハナベル国王都ブルリリア。

 上位豚頭族ハイオーク襲撃より数ヶ月が経過した王都内を一台の軽装甲機動車が走っていた。


 「王都も既に元通りと言った感じですね」


 日向は隣に座る轟に笑みを浮かべながら話しかけた。


 「ハハハッ、そうですね。正式にハナベル王国との国交が結ばれましたので多くの技術者がこの国に派遣されました。重機などこの世界では百人力、いや千人力と言ったところでしょうしハナベル王国の人々も復興に尽力され予定よりも早く作業を終えることが出来たと聞いていますよ」


 日本とハナベル王国との国交樹立は一部の野党の反対を除き国民の殆どが賛成し上位豚頭族ハイオーク襲撃の一月後には調印式が行われ正式に結ばれることになった。

 ハナベル王国には広大な国土と日本が一番必要とする穀物を始め食料が多く生産されている。

 食料不足が迫る中、これに反対する者は殆どいなかったことが調印の追い風になったのだ。


 さらにハナベル王国への復興支援、インフラなどの技術支援などにより国内の企業の多くが進出。

 そのお陰か破綻しかけていた日本経済も何とか持ち直しつつあった。

 

 「ですが政府が輸出を許可したのは道路や上下水などのインフラ、あとは機械類などを除く、日用品などの製品だけです。日本は機械産業の輸出が貿易額の大部分を占めていますからね、まだまだ経済の立て直しは大きな課題となりそうです」


 轟は苦笑いを浮かべながらも、どこか疲れた様子だった。

 日本がハナベル王国を救ったという情報は一気に広まり、魔族からの脅威に晒されている多くの国が国交を望み王都ブルリリアに使者を送ってきている。

 外務省も増員を決定し轟の他にも外交官を派遣してきてはいるが、先任者である轟が彼らに指示を出している状態であり、多い日では5か国もの大使と面会を行っている。

 その事を知っている日向は、轟に同情するとともに政治とは無縁の自衛官であったことに少なからず安堵した。


 「轟さん、仕事に熱心なのはいいですがあまり無理はなさらないで下さい。あなたは今や日本とハナベル王国、更に他の国との間に立つ重要な人なんですから」


 「そう言ってもらえると嬉しいです。ですが今は休んでもいられない状況ですからね、落ち着いたらたっぷりと休暇を頂くことにします」


 「ハハハッ、そうして下さい」


 「ですが日向さんも同じですよ? あなたもこの国との間には必要な人だ。だからこそ上位豚頭族ハイオーク襲撃の際の独断行動も殆ど処罰されなかったんですよ?」


 「……その節はありがとうございました」


 上位豚頭族ハイオーク襲撃の際の独断行動は政府で多少の非難はあったが、既にハナベル王国との国交は既定路線であったことから減給3か月という軽いもので済まされた。

 だがこれもその時の事情を轟が説明し、日向の処分を軽くするよう働きかけていたことも大きい。

 そのため事情を知る自衛官達は轟の人柄も相まって彼に大きな信頼を抱いている。


 「僕なんて自衛隊を首になるんじゃないかと冷や冷やしてましたよ! 本当に日向一尉のすることにはいつも驚かされるんですから」


 話を聞いていた軽装甲機動車を運転する野方賢のがたけん三曹が口を開く。


 「ハハハハッ、そんなことにはなりませんよ。自衛隊の方々の重要性は以前とは比べ物にならないものです。政府もそのことを承知しているんでしょう」


 「ですが日向一尉はあの後陸将にこっぴどく怒られたって聞きましたよ?」


 「……もうお前黙れ。はぁ、思い出したくないのにまた頭が痛くなってきた」


 「流石の日向さんも陸将には敵わないのですね」


 「からかわないで下さい轟さん。陸将に勝てる奴はそれこそ以前遭遇した牛人族ミノタウロス位……、いや下手したら陸将が勝つかも」


 「……一尉、それ冗談に聞こえないっすよ」


 日向の言葉に陸将を知る野方三曹は苦笑いを浮かべた。

 日向達は自衛隊に新設された新地駐屯部隊に所属している。

 ここには陸上自衛隊3000名、航空自衛隊150名が所属しておりそのトップには権田川龍三ごんだがわりゅうぞう陸将が着任している。

 彼は人格、指揮能力共に優れているが190cmを超える体格から陸上自衛隊では鬼と言われ恐れられているのだった。


 日向は陸将からの説教を思い出し背筋が寒くなったのを感じるが、何とか気を取り直した。

 その後軽装甲機動車はしばらく王都を走り街を後にすると、ハナベル王国より移譲された土地に建設された王都すぐ近くの駐屯地に到着したのだった。

 駐屯地内には自衛隊の他、復興やインフラ整備に携わる民間人、彼らを相手にした店、更にハナベル王国民を始めとするこの世界の人々が少なからず生活している。

 移譲された土地の広さは138ha、東京ドーム30個分に相当する広大なものであった。


 「あれは確か87式対空自走高射機関砲でしたっけ?」


 駐屯地内で訓練を行っている自衛隊を見つめていた轟が日向に尋ねる。


 「よくご存じですね。あれがあったお陰で翼竜ワイバーンに対処することが出来ました」


 「それは私も聞きましたよ! 何でも陸将がゴリ押しで日向さん達先遣隊に同行させたとか」


 轟の言葉に日向は大きく頷いた。

 87式対空自走高射機関砲の様なものを同行すれば整備や人員の増加、更に進行速度を遅くなる。

 そのため先遣隊には必要ないのでは?という意見が多かったが、権田川陸将は素早い情報収集から未知の飛行生物の可能性を予見し同行を命じたのだ。

 結果、その行動はハナベル王国を魔族から救うこととなり彼の有能が証明されることになった。


 「……到着しました!」


 野方三曹がそう言うと、軽装甲機動車が停車した。

 

 「ありがとうございました。では日向さん、私はここで失礼します」


 「はい、任務の成功を祈っています」


 「ハハハッ、任務なんて大げさですよ。ではこれで」


 笑みを浮かべ敬礼を行う日向に、轟もなれない敬礼を返し外交官達のいる建物へと向かい去っていった。

 しばらくすると、日向がの元に1人の人物が近づいて来た。

 

 「よぉ、ハナベル王国を救った英雄さん」


 「……なんだ遠藤か、驚かすなよな」


 「かぁ~、これでも俺はお前よりも階級上の三佐なんだぞ? もう少し言葉遣いにはさぁ」


 「これはこれは申し訳ありませんでした遠・藤・三・佐!」


 ハハハハッ。二人はそう言い合うと笑い声を上げた。

 彼は遠藤修一えんどうしゅういち三等陸佐。日向とは防衛大学の同期である。

 

 「それでなんの用だ?」


 「ああ、そうだった。実はな陸将がお呼びなんだ、すぐに来てくれ」


 「り、陸将が? 俺なんかしたか??」


 「さぁ、どうだろうな。……とまぁ冗談は置いておいて、何でもお前に特命があるらしい」


 「特命か、嫌な気がするなぁ」


 「ハハハハ! 全く、お前も陸将の前では借りて来た猫みたいになるんだな」


 うるさい、俺だけじゃなくお前を含めた自衛官皆だろうが! 

 そう思いつつもこれ以上遠藤と時間を潰し陸将を待たせるわけにもいかず、日向は遠藤を睨みつけると小さく息を吐き陸将のいる建物へと歩き始めるのだった。








 駐屯地中央。

 陸将を始め、幹部たちのいる新地司令部のある建物、その一室の前で日向は息を吸うと扉をノック。ドアノブに手をかけた。


 「日向一等陸尉であります」


 「入れ」


 「失礼致します!」


 日向が中に入ると、権田川陸将は一番奥の椅子に腰かけ、目の前に詰まれた書類に目を通していたが、立ち上がり日向に自分の近くまで来るように促した。


 「久しぶりだな日向」


 「はっ!」


 「そう硬くなるな。それでだ、今回お前を呼んだのは政府よりこんな通達が来たのだ」


 「……拝読させていただきます」


 日向は陸将から手渡された書類に目を通した。


 「なるほど、地下資源の調査ですか」


 「ああ。ハナベル王国内でも国王から許可をもらい調査を実施したのだが良い結果は出なかったらしい。だがハナベル王国の書物によると王国の北東に燃える水があるというものがあった」


 「……つまり石油ですね?」


 「恐らくな。だがそこはハナベル王国とは長年敵対関係にあったヒュ―ロック国と言う国の領地でな」


 「は、はぁ」 


 ここまで聞いて日向の心の中には一抹の不安がよぎった。

 しかもそれは現実のものになる。


 「そこでだ! お前にはヒュ―ロック国へ向かってもらいたい!」


 「い、いやいや無理ですよ! つまり敵地に行けって言ってるようなものではありませんか」


 「ハハハハッ、心配するな。敵対関係にあったのは魔族が攻めてくる以前の事。今では多少は交流もあるらしい」


 「ですが何故私なんです?! 他に適任者も階級も上の方もいるでしょう??」


 「お前の名はかなり広まっているらしいからな、何かと役に立つだろう。魔族から王都を救った英雄、羨ましい限りだ。それにこれは相談しているのではない。命令は絶対なのでは??」


 権田川陸将はそう言うと真剣な面持ちで日向を見据えた。

 これ以上拒否すれば、それは抗命ということになる。しかも陸将があの目をするときは何を言っても覆ることは無いだろう。


 日向は心の中で小さく息を吐くと、姿勢を正した。


 「謹んでお受けいたします!」


 「うむ。では準備を整え5日後出発するように。必要な物は全て用意するので後で提出せよ」 

  

 「はっ! では失礼いたします!!」


 「ああ、下がってよろしい」


 日向は敬礼を行うと、部屋を後にした。

 するとすぐ側の階段の踊り場で、こちらを見つめる遠藤を見つける。


 「お前、こうなることを知ってたな?」


 「まぁな。政府からにあの通達を陸将に持っていたのは俺だからな」


 「くそっ、覚えてろよ?」


 「……真剣な話、気を付けろよ日向」


 悪態を付きつつも笑みを浮かべ遠藤の側を通り過ぎようとした日向だが、いつになく真剣な彼の表情に足を止めた。


 「そのつもりだ。部下を危険に晒すわけにはいかないからな」


 「それは分かっている。だが聞いた話では衛星が大陸北部で大規模な動きを捉えたらしい。すぐにどうこうなることじゃないだろうが、ヒュ―ロックはここから遠い。何かあればすぐに援軍要請を出すんだ」


 「しかしそれでは……」


 「心配するな、これは陸将も了承している。まぁ多少は国内からの反発はあるだろうが、近々自衛隊法も改正されるみたいだしな」


 「そうか……。肝に銘じておくよ」


 日向はそう言うと階段を下りていくのだった。


 「無事に帰れよ、日向」


 遠藤は建物を出ていく日向の後姿に言いしれない不安を抱くが、これが現実のものになるとはこの時には予想だにしていなかった。

 

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