第56話 宴の後
冒険者ギルドでお酒を出してから、10日が経った。
日本から持ってきたお酒はどれも好評で、恐ろしいことにいまじゃスピリタスも人気銘柄の一つになっていたりする。
英雄と呼ばれているエルドスさんを初めて倒した存在がスピリタスだったことから、『英雄殺し』の名を冠し、一杯飲めば英雄をも倒す力を得られる、と実しやかに囁かれているんだとか。
当初はお酒を直接売って大儲けをしようと企んでいた俺だけど、冒険者たちの個性に直で触れ、方針を変更。
冒険者ギルドと、町に一つだけある酒場にお酒を卸すことにしたのだ。
これには理由がいくつかある。
まず1つ目は、『銀月の使徒』所属の冒険者にはお金持ちが多いからだ。
お金持ちの冒険者たちが町の酒場にもお金をチャリンと落とすと、酒場の他にも料理の仕入れ先である農家や狩人にもお金が入る。
当然、お酒の仕入先である俺にもね。
そして2つ目は、町の酒場が元から住んでた住民と、他所から来た冒険者たちの交流の場になればと思ったからだ。
住民にとって、冒険者へ抱くイメージは決していいものばかりではない。
なんせ切った張ったの世界で生活している人たちだ。
のどかな田舎町で育った住民には、やはり別世界の住人に映るのだろう。
そこで俺は、市場の他にも酒場が接点になればと考えたのだ。
結果から言えば、この目論見は大当たりした。
もともと銀月の使徒は規律が厳しいこともあったんだろう。
冒険者たちは住民たちへ礼節を欠くことなく接し、最近じゃ冒険者と住民が同じテーブルで飲む姿も見かけるようになった。
こうやってコミュニティが広がっていくのを見ると、なんか嬉しいよね。
そんな俺の考えに賛同してくれたのが、ギルドマスターのバッシュさんだ。
バッシュさんは、ギルドの酒場を住民にも開放。
お酒の種類を絞り、ギルドと町の酒場で違う銘柄を卸していたこともあり、お酒好きの住民がギルドへ呑みに来るようになったのだ。
屈強な冒険者たちに混じって住民のおじさんもお酒を飲んでいる光景は、どこか微笑ましかった。
他にもご飯を食べに、親子連れも来るようになった。
ギルドの受付嬢をやってるエミーユさんなんかは、
「ギルドの酒場に町の人が食べに来るなんて、この町ぐらいなものですよぅ」
と言っていた。
田舎ならではの光景ってやつだろう。
どこか嬉しそうに話していたから、エミーユさんも今の状況が楽しいのかもしれないな。
そして直接お酒を販売しない最大にして最後の理由が――
「おっしゃエミィ! 大森林の東南をマッピングしてきたぜ! 遺跡の類いはなかったが、周辺に生息してるモンスターと歩けそうな獣道をいくつか見つけることができた。ほらコレだ。コレ」
青年冒険者が、ギルドの受付カウンターに手書きの地図を広げる。
ドヤァって顔だ。
エミーユさんは地図を受け取り、
「ご苦労さまですよぅ。まずはこっちが報酬で……」
冒険者に積み上がった銀貨を渡す。
続いて取り出したのは木彫りのプレートだ。
「こっちがお酒の『購入許可証』ですよぅ」
「おおっ! 待ってました。今日はどっちの酒場で酒飲むかなぁ」
冒険者はしばし悩んだ後、ウキウキとした足取りでギルドの酒場へ。
――購入許可証。
そうなのだ。
俺が日本から持ってきたお酒に魅了されてしまった冒険者たち。
その結果なにが起きたかというと……
「エミーユさん、冒険者たちにやる気が戻ってきてよかったですね」
「あ、シローさん」
俺が声をかけると、営業スマイルだったエミーユさんの頬がぷくーと膨らむ。
「ホントですよぅ。ちょっと前までは、どこかの誰かさんが持ち込んだお酒のせいで、みんな酒場から離れなくなったもんだから、あたしもギルドマスターも大慌てしていたんですからね?」
「あはは、……その節はすみませんでした」
「嘘ですよぅ。もう怒ってないですよぅ。それどころか今は感謝してるんですからね」
エミーユさんがカラカラと笑う。
「そりゃ最初は焦りましたよ? 大森林を攻略しないといけないのに冒険者たちったら――英雄殺し……でしたね――英雄殺しを飲んだせいで、みんなゲロまみれになってるんですもん」
「スピリタスがあそこまで流行るとは思わなかったんです」
「あのときは途方にくれましたよぅ。でも、シローさんが考案したこの『購入許可証』のおかげで、みんな前以上にやる気を出してるから万事オッケーなんですよぅ」
遺跡探しもせず、朝から晩まで酒場に入り浸る冒険者たち。
予期せぬ問題に頭を抱えるギルドマスターのバッシュさんと、エミーユさん。
それを見てただひたすらに胸が痛い俺。
いっそ酒の販売を止めようかとも思ったけれど、ときすでに遅し。
日本から持ってきたお酒の数々はすでに冒険者たちを虜にしており、販売を止めようものなら暴動が起きかねないほどにまで浸透していた。
このままではいろいろとまずい。
具体的にはエミーユさんとステラさんの視線が痛い。
そこで俺は、ギルドマスターのバッシュさんにこう提案してみたのだ。
――お仕事をした冒険者にのみ、お酒の購入を許可するようにしましょう。
バッシュさんはこれを即採用。
さらに成果に応じて購入できる数が変わるようにしたのだ。
ちょっとの働きだとちょっとのお酒しか買えず、大きな働きだとたくさんのお酒を買える、というように。
翌日には施行され、それを聞いた冒険者たちは奮起した。
お酒欲しさに我先へと森へ入っていき、凄い勢いで空白だった地図が埋められていっているそうだ。
この分だと、古代なんちゃら文明の遺跡が見つかるのも時間の問題かもしれないな。
そんないろんなことがあったこともあり、俺はお酒の販売に関しては卸し業のみすることにしたのだった。
「そうだシローさん、そういえばさっき町長がシローさんを探してましたよぅ」
「カレンさんが俺を? なんの用だろ」
思い当たることは……ない。
となれば――
「ありがとうございます。俺、ちょっとカレンさんを探してきますね」
「いってらっしゃいですよぅ。それとお酒の納品ご苦労さまでしたー」
「はーい。ではまたー」
俺はエミーユさんと、売店のステラさんに挨拶してから、冒険者ギルドを後にするのだった。
異世界行商人本日発売です。
大変な時期ですが、見かけたときはお手にとってもらえると嬉しいです(´;ω;`)




