第53話 いつもと違うシロー
この日、この夜、この時だけは『いつもの俺』と違った。
――なにが違うの?
と問われれば、俺を知る誰もがこう答えるだろう。
「あの日のシローはいつもと違った。具体的には装いが違った」
そうなのだ。冒険者ギルドでお酒を振舞うことになった俺。
お酒を飲むにはまず雰囲気づくりが大切だ。
ならばとばかりに真っ白なシャツに袖を通し、黒のスラックスを穿き、黒のベストを身に着ける。
足元は革靴で固め、首元には蝶ネクタイ。整髪料で髪をオールバックにキメるのも忘れてはいけない。
いまの俺を見た誰もがこう思うだろう。「あ、バーテンダーさんだ」と。
バーテンダーに必要なのは、お酒とバーカウンター。
というわけで、急遽冒険者ギルドの酒場に設置したバーカウンターの中に俺は立っていた。
まあ、カウンターと言っても、木の板と木箱で作った簡単なやつだけどね。
「今日のシローお兄ちゃん、なんかかっこいいな」
「フッ、ありがとうアイナちゃん。アイナちゃんも似合ってるよ」
「えへへ、うれしい」
「よかったわねアイナ」
「うん」
「ステラさんも似合ってますよ。なんか『仕事出来る』オーラが凄いです」
「ふふ、そうですか? ありがとうございます」
アイナちゃんとステラさんも手伝ってくれるとのことなので、白シャツと黒のエプロンを着てもらっている。
二人とも、まるでカフェの店員のようだ。
いまだけは、シロー商店から『BARシロー』となっていたのだった。
「………………シロー、準備できた」
手伝ってくれるのは二人だけではない。
「桶にいれたお酒、ぜんぶ冷たくなってるにゃ」
「おー、ありがとうございます」
「うんうん。ボクたちに感謝するといいにゃ」
えっへんとするキキさんの後ろには、水を張った桶がいくつも並べられいて、中に瓶ビールが入れられている。
この桶はクーラーボックスの代用品として借りてきたもので、ネスカさんが魔法で作った氷もぷかぷかと浮いていた。
きっといまごろ、キンキンに冷えてやがることだろう。
手伝ってくれた報酬は、『お酒のボトルをどれかひとつ』。
キキさんは『くだもののお酒』をちょーだいと言い、ネスカさんはやっぱり『ちょこのお酒』を所望する。
そしてステラさんは『赤ワイン』で、アイナちゃんは大いに悩んだ末、「えと……んと……ぶ、『ぶどうジュース!』」ということになった。
「さて、準備が整ったところで……」
酒場の一角に作ったBARシロー。
カウンター越しに酒場を見渡せば、
「まだか? まだ飲めないのか!?」
「見ろよあの酒の数。あんだけあるのにどれも中身が違うって話だぜ」
「ねぇねぇ。ほら、樽じゃなく硝子の瓶に入っているわっ。い、い、い、一本いくらするのかしら?」
「おカネ足りるかなぁ……」
「見たこともない文字が書かれていますね。いったいどこの国のものなんでしょう」
「下手すりゃ海を渡った大陸の酒かもしれんぞ」
「海ノ向コウノ酒ヲ飲メル。俺タチ、幸運」
大勢の冒険者たちの姿が。
椅子が足りないのか、立っている冒険者もかなり多い。
たぶんだけど、これもう銀月の使徒に所属している冒険者全員集合してるよね?
「「「「…………」」」」
冒険者たちの視線が俺に――というか並べたお酒に集中する。
なんかもう、真剣さが振り切れて殺気放ってませんか? って勢いだ。
そんな雰囲気がちょっとだけ怖かったのか、
「……」
アイナちゃんが俺の手を握ってきた。
反対の手には、ステラさんの手が握られている。
準備もできたし、そろそろいいか。
俺はコホンと咳払い。
「えー……それでは、」
「「「ッ!?」」」
「これから~」
「「「「ッッ!?」」」」
「俺の故郷のお酒を~」
「「「「「ッッッ!?」」」」」
「みなさんにご馳走したいと思います!」
「「「「「「うおぉぉぉぉぉおおおぉぉぉぉ――――――ッッ!!!!!」」」」」」
咆哮が上がった。
椅子を蹴倒して立ちあがった冒険者たち。
みな、拳を突き上げて歓喜の叫びをあげていた。
どんだけお酒飲みたいんだよ。
「でもその前に注意事項があります。よく聞いてくださいね?」
俺の言葉に、冒険者たちが「はーい」と答える。
「まず、ご馳走するのは一人一杯だけです。二杯目が欲しい人は、その都度おカネを払ってくださいね。ちなみにお値段は、一番安いお酒で銅貨5枚。高いお酒だと銅貨10枚になります」
ここで一度区切る。
ドリンク銅貨5枚は日本円で500円。
BARやライブハウスでいうところの、ワンコインドリンクってやつだ。
ちなみに、以前俺が酒場で飲んだエールが銅貨3枚だから、ちょっとだけお値段が張ることになる。
さて、冒険者たちの反応はいかに?
「銅貨5枚だってよ」
「ここのエールよりマシな酒が飲めるなら、多少高くても構わねぇぜ」
「逆に高い酒でも銅貨10枚ぽっちでいいんだろ? 中央に比べたらずいぶんとお優しい値段だぜ」
「リーダー……今日の酒代、いくらまでいいの?」
「……ここを逃したら二度と異国の酒を飲めないかもしれないからな。……銀貨5枚までなら許可しよう」
「やった!」
「お姉さま、異国の果物から作ったお酒もあるそうですわよ?」
「興味深いわねぇ。私はそれを頂こうかしら」
「……美味イ酒、飲ム」
「フンッ。酒はワシらドワーフの血液じゃ。強ければ強いほど滾るというもんじゃわい!」
よしよし。
価格設定は問題なさそうだな。
むしろ、冒険者たちにとっては格安だったみたいだ。
「それでは、これより俺の故郷のお酒をご馳走します! じゃあまずは一列に――わぷっ」
言い終わるよりも早く、冒険者たちは一斉に群がってくるのでした。
……(´;ω;`)
…………(´;ω;`)
………………「書籍化おめでとう!」の温かいお言葉、ありがとうございました(´;ω;`)
活動報告にて詳細を書かせていただきました(´;ω;`)
よかったら覗きに来てね来てね(´;ω;`)ノシ




