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第45話 アイナの引越し

「シローさん、今日からお世話になりますね。さあ、アイナもご挨拶なさい」


「はい! えと……は、ははともどもこれからおせわになります」


 アイナちゃんがぺこりと頭を下げる。

 きっとたくさん練習してきたんだろうな。

 アイナちゃんの顔が真剣だった。


「あはは、こちらこそよろしくね」


 今日はアイナちゃん親子の引っ越しの日。

 お店は臨時休業にし、荷馬車で二人の荷物を運び込む。


「それじゃあ部屋に案内しますね」


 俺は階段をのぼり、寝室の扉の前に立つ。

 そしてドアノブに手をかけ、後ろの2人を振り返る。


「ここがアイナちゃんとステラさんの寝室になります」


 そう前置きしてから扉を開ける。

 瞬間、アイナちゃんの瞳がキラッキラに輝いた。


「ふわぁぁぁぁぁっ!! シローお兄ちゃん、これおかーさんとアイナのお部屋?」


「そうだよ。このベッドもアイナちゃんとステラさんのために用意したんだ。どう? すごいでしょ?」


 寝室には、注文しておいたダブルベッドとドレッサーが置いてある。

 どちらもばーちゃんの家に届いたものを空間収納に入れ、この部屋まで運んできたものだ。


 寝室は北欧調にまとめ、まるで小洒落たホテルのようになっている。

 俺なりにおしゃれな部屋の勉強をした結果だった。


「アイナ、こんなにおおきいベッド見たのはじめて」


「ならさっそくベッドで横になってみる? このベッド、すっごく寝心地がいいんだよ」


「え? いいの?」


「もちろんだよ。このベッドはもうアイナちゃんたちのものなんだからね」


「ありがとうシローお兄ちゃん。じゃ、じゃあ……ちょっとだけ」


 そう言うとアイナちゃんは、人差し指を伸ばしてベッドを上からツンツンと。


「ふわぁ~……。やわらかぁい」


 蕩けそうな顔のアイナちゃん。

 それも見て俺もほっこりだ。


「アイナちゃん、そんな指先だけじゃなくて全身で体感してみてよ。もうベッドに飛び込んじゃう感じで」


 俺がベッドに飛び込むジェスチャーをすると、


「う、うん。わかった」


 アイナちゃんは拳をギュッと握った。

 そして両足に力をため――


「えい」


 遠慮がちにベッドへと倒れ込んだ。

 小さな体がベッドに沈み、ぽすんと音がする。


 俺としては、それはもうぽよんぽよんとベッドのスプリングを堪能してほしかったんだけどね。


「すごい。ベッドがいきてるみたい」


 それでもアイナちゃんは満足そうだった。

 何度もベッドに顔をうずめては、幸せそうな笑顔を浮かべている。


 まあ、これはこれで喜んでくれてるからいいのかな?

 俺は次にステラさんへと顔を向ける。


「ステラさんも横になってみます?」


 せっかく買ったダブルベッドだ。

 この寝心地を親子で堪能してほしい。

 そう思って訊いてみたんだけど、なぜかステラさんの表情はすぐれない。


「あの……シローさん」


「はい。なんでしょう?」


「このお部屋の家具は……その、わたしたちのためにわざわざ?」


「そうですよ」


「こんな高価なものを……」


 ステラさんの表情がすぐれない理由がわかった。

 俺が用意した家具の数々に対し、恐縮してしまっているのだ。


「気にしないでください。それに、そこまで高価なものでもないんですよ」


 日本の庶民感覚だと十分に高いのかもしれないけれど、それでもあくまで『庶民の感覚』では、だ。

 このベッドだって、『ちょっとお高い』ぐらいでしかない。

 対応してくれた店員さんの話では、結婚や引っ越しを機に買う人が多いそうだしね。


「ですが……このシーツの刺繍……一流の職人によるものですよね? それにそこの――」


 ステラさんが北欧調のドレッサ―を指差し、続ける。


「こ、これ『鏡』ですよね?」


「え? ええ。鏡ですよ」


「こんなにも大きくて綺麗に映す鏡なんて……あのっ、ひょっとしてシローさんはどこかの貴族様なのでしょうか?」


「やだなー。ただの商人ですって。でもそっか、俺の故郷だとそんなに珍しくないものなんですが、この国では鏡は貴重なものなんですね?」


「はい。こんなにも大きな鏡となると、王族やそれに連なる貴族しか持っていないと思います」


 おー、これはいいことを聞いたぞ。

 さっそく鏡を商品のラインナップに加えてもいいかもしれないな。


「なるほど」


「もし割ってしまったら大変ですし……他の高価な家具も傷をつけてしまうかも――」


「ああ、そのへんはホント気にしないでください。この部屋にあるものはアイナちゃんへのボーナス――じゃなくて、俺が望む以上の仕事を毎日してくれているアイナちゃんへの特別報酬なんですから」


「アイナへの……報酬?」


「そうです。商人にとって、頑張ってくれる店員はなによりの宝です。そして店員の働きに正しく報いるのが、いい商人なんです。だからステラさん、俺をダメ商人にしないでくださいよ?」


「でも……本当にいいのですか? 本当にこの部屋をわたしたちに?」


「本当ですよ。そもそも俺はアイナちゃんと出逢えたからこそ、この町で店を開くことができました。この町でたくさん儲けさせてもらいました。アイナちゃんが俺にしてくれたことに比べたら、この部屋にある家具なんてどれも霞んでしまいます。だから遠慮なく使ってほしいです。もちろん、壊しても弁償しろなんて言いません。まあ、大切に使ってほしいなとは思いますけどね」


 そう冗談めかして言うと、


「当たり前です!」


 突然ステラさんが俺の手を握ってきた。

 それも、力いっぱい。


「シローさんがわたしたちのために用意してくれたんです。ずっと――ずっと大切にします!」


 と真剣な顔でステラさん。

 

「ならよかった。改めて、今日からよろしくお願いしますね」


 そう言うとステラさんは、


「……はい」


 やっと嬉しそうに微笑んでくれた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 家具の他にキッチン用品を¥100ショで買いましょう 皿や深鉢やトングヘラも鍋は直火なのでキッチンダッチで フライパンは黒鉄製で中華の片手鍋も丈夫で使い易いです中華のお玉も直火の調整に使います…
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